壱章【2】
町を歩く二人は、またしても愕然とした。
電柱やビル一つない木造の町並み。
周りの人々は、髪を結い上げていたり、丁髷で、着物か袴を着ている。
何より、信じられないのは、腰に刀を差して平然と歩く人がたくさんいることであった。
逆に、制服で歩いている風が浮いてしまうことになってしまっていた。
「なぁ、風。おかしくないか」
なんとか平静を保っていた悠希は、辺りを見渡しながら隣で項垂れている風に声をかける。
しかし、返事は返ってこなく、心配して様子を窺うとスクバを持つ手が震えていることに気付いた。
「ねぇ、悠希先輩……」
やっと、声を出したと思えば抑揚のないか細い声。
周りの騒音でかき消されそう声に、その一語一句を逃さまいと耳を澄ました。
「もしかして、私達……タイプスリップしたのでしょうか」
「そんな訳ないだろう。そんな非現実な。漫画じゃあるまいし」
風の不安を笑い飛ばして、悠希は前を見据えた。
「そこの二人」
不意に、肩を掴まれた。
「なんだ? 急に」
威風堂々と手を払う悠希と打って変わり、風は小さく肩を竦めびくびくしながらゆっくりと振り返る。
そこには、浅葱色の羽織に身を纏った青年が、人懐っこい笑みを浮かべて立っていた。
「珍しい恰好をしていますね。渡来してきた方ですか?」
しげしげと風を上から下を好奇の目で見られ、風は唇を噛み締めて俯いた。
「ちょっと、レディーに対するマナーがなってねぇな。パンダじゃあるまいし、そんなに見んじゃねぇよ」
遮るように、風と青年の間に立ちはだかり青年を睨みつける。
青年は、首を傾げた。
「れでぃ? まなあ? ぱん……なんですか、それ」
「はあ? そんなのも知らんの? レディーは女。マナーは礼儀。パンダは白と黒の熊! 常識でしょ」
「熊は真っ黒に決まってるじゃないですか。それよりも、あなた達怪しいですね。屯所に来ていただきましょうか」
笑顔を崩さない青年は、二人の腕を掴むと歩いていた方向と逆の方へ歩き出した。
「ちょ、ちょっと! 放せよ!!」
必死に手を振りほどこうとするが、びくともしない。
「嫌ですよ。放したら、逃げちゃうじゃないですか」
「あったりめーだろ!」
噛み付きそうな勢いの悠希を一瞥して、青年は歩みを早める。
そんな青年の対応に、文句を言おうと口を開いた時だった。
「悠希先輩……。私達、殺されるのでしょうか」
あまりにも唐突で不可解な言葉に、黙って風を見つめた。
涙が溢れそうな程に溜め、頬を赤くさせている。
「あの浅葱色の羽織……。新撰組のです」
「新撰組ぃ? なんだ、風大好きじゃん」
実のところ、臆病な風が強豪の剣道部に入部した理由は簡単。
新撰組が好きだから。であった。
普段は、びくびくしている風だが、新撰組の話をした途端、人が変わる程狂愛しているのだった。
「しかし、今、その新撰組に敵視されてるかもしれないんですよ」
「あ……」
悠希は唖然とした。それならば、なんとしてでも逃げなければ。
逃げる術を探そうと、思考を巡らす。
「着きましたよ」
三人の目の前には、でかでかと“壬生浪士組屯所”と書かれた木の板。
「えぇ!? 早っ」
考える前から、もう逃げることを断ち切られ絶句した。
「さぁ、早く行きましょう」
ずるずると引きずられるまま、悠希の抵抗は空しく屯所の門を潜っていった。