壱章【1】
「ん……、ここはどこだ?」
ふと、目を開けるとそこは暗闇だった。
「あ、れ? 私、起きてるよなぁ?」
目を瞬せるが、一向に暗闇は晴れない。
――去レ……。
「ぬあ?」
どこからか声が聞こえ、悠希は間抜けな返事をする。
――貴様ハ、此処ニ来ル人間ジャナイ。
「誰だよ。姿を現せよ!」
耳触りな機械音に、悠希はひたすら辺りを見渡す。
精神を研ぎ澄ませ、気配を読み取ろうにも何も感じられない。
――時代ヲ歪マセル者ハ、去レ。
「なんだよ……、気味悪ぃな」
あまりの不気味さに、悠希は立ち止まってしまった。
この肌が浮き立つ感じ……身の毛が弥立っている。
これが、恐怖なのか?
――今スグニ、此処カラ去レ。サモナクバ……。
ピリッと、肌に電流が走る感じがし身構えた。
凄まじい殺気だ。
――貴様等ヲ殺ス!!
ぼぉぉっと辺り一面が炎の海と化す。
「う、わ……。やめろぉぉぉ!!!」
「――先輩! 悠希先輩!」
後輩の声に、がばっと飛び起きた。
辺りを見渡すと、先ほどと打って変わり、野花が咲く土手。近くには、大きな桜の木が自分の存在を主張してるかのように、溢れんほどの花を咲かせ、花弁を舞わせている。
「……は? なんだ、ここ」
あり得ない光景に、悠希は眉を顰めた。
自分は、あの薄汚い蔵にいたはずだ。しかも、季節はまだ秋だった。
「風! ここはどこだよ!」
思考回路がパンク寸前の悠希は、その苛立ちを隣の風にぶつける。
襟元を掴み上げられた風は、呻きながら悠希の手を解こうとするが、息苦しさになかなか力が入らない。
「うぅ……。悠、希先輩……苦、し……」
消え入りそうなか細い声に、悠希は我に返り手を離した。
風は、地に手をつき咳きこんだ。そして、勢いよく息を吸い、肺に酸素を送り込む。
その背中を悠希は優しく擦った。
「すまん。取り乱してしまって」
「いえ、気にしないで下さい。私だって、最初そうでしたから」
未だに、顔色が悪いのに笑ってみせる。
「取り敢えず、悠希先輩。ここは、どこなのか人に聞いてみましょう」
風の意見に同意して、二人は立ち上がった。
「ん? 風、お前スクバ忘れてるぞ」
「あぁ、ありがとうございます」
慌てて風は駆け寄り、地面に転がっているバックを拾う。
すると、バックの陰から二本の細長いものが現れた。
「悠希先輩っ!」
「どうした。……って、これは」
風が見つめる所を見て、悠希は愕然とした。
紅い鞘の太刀と蒼い鞘の小太刀がしゃんっと置かれてあった。
恐る恐る悠希は、紅の太刀を抜いてみた。
ギラリと太陽の光りを照り返す血のように染まった刃は、不気味なほどに美しかった。
「やべぇよ、風。これ銃刀法違反で捕まるぞ」
「ですよねー……」
風も、蒼の小太刀を抜き、紺碧の刃を見て絶句していた。
「置いていきましょう!」
刀を鞘に戻し地面に置くと、町の方へ歩き出した。
悠希も、太刀を置いて風を追いかけていった。
「早く帰りましょうね。悠希先輩」
追いついた悠希に微笑みかけ、ずり落ちたスクバを肩にかけ直す。
「そうだな。また、お前と稽古しなければならないしな」
不敵に笑うと、風はひくりと口元を引き攣らせた。
「あはは……、お手柔らかにお願いします。……あ! あそこに人がたくさんいますよ!」
肩を竦ませる風が、どこか頼もしく見える悠希であった。