「ちょっとだけスカートめくってもいい?」イケメンからのお願いでも、もちろんお断りです!!
「ちょっとだけ、スカートめくってもいい?」
ギョッとして見上げると、濃い金髪の整った顔の男がわたしを見下ろしていた。
パーティー会場で休憩用のソファーに座っていたわたしは、思わず足を後ろに引く。
「初めましてかしら? ミスター」
見覚えのないその男に、わたしは警戒心を露わにする。
座っていても彼の背が高く、服の上からでも引き締まった体躯がわかる。額にかかる金色の髪は彼の動きに合わせて揺れて、深い緑色の瞳が美しい。
額に鼻に頬に顎に目に口に、すべてが美しく配置された彫刻のようなこの男は一度見たら忘れられるはずもない。
間違いなく、わたしは彼とは初対面だ。
「これは、ご挨拶もせずに失礼した」
座ったままのわたしに目線を合わせ、柔らかに微笑む。
「エデック・ソルバータです。以後お見知りおきを」
キラキラと眩く輝く水面のように、直視することが難しいほど裏の無い笑顔に見える。
聞いたことがない家名だけれど、彼の身なりから低位ではないことが予想できた。
以後はきっとないでしょうけれど、そう思いながら自己紹介を返す。
「トリニティ・ダッデオですわ」
わたしの名前を聞いても、彼は表情を変えず穏やかに微笑んだままだ。
社交界では落ちぶれたダッデオ家として有名なはずだけれど、彼は噂にうといのかしら?
「これで僕らは知り合いだね。では、改めて」
エデックはキラキラとエフェクトを掛けたような笑顔をわたしに向ける。
「ちょっとだけスカート捲ってもらってもいいかな?」
いやいやいや、ダメに決まっている。
どこの嫁入り前の淑女が初対面の殿方に公衆の面前でスカートの裾をめくるというのか。
「ちょっと、本当にちらっと見せてくれるだけでいいんだ」
言葉も出ずに固まるわたしにエデックはたたみかける。
この国では女性は足首までの長いスカートを履いているのが一般的。
下町で足元が汚れるような仕事をしなければならない女性はスカートの下にズボンを重ねて、肌を出すことはしない。
足首を見せるのは子供のうちか家族にだけ、そういった風習に当てはまらないのは夜業の女性達くらい。
まさか、落ちぶれたダッデオ家の娘であれば、娼婦のように足をさらけ出すと思っているのか。
「わたしのスカートの中に何か?」
落ちぶれても淑女であることには変わりないと啖呵を切りそうになる衝動を抑えて、質問をする。
わたしの言葉に一瞬エデックは固まり、慌てて弁解をした。
「ち、違うんだ! きみのスカートの中身が見たいとかじゃなくて」
なんだ、違うのね。
わたしの家は没落した。
父が騙されて多額の借金を重ね、再建を手伝うと言ってくれた叔父にまた騙されて、明日には家族で慣れ親しんだ屋敷を出なければならない。
そんな落ちぶれた家の娘であれば、夜職のような扱いをしても良い、そう考えた失礼なご仁ではなかったようだ。
わたしにも失礼だけれど、夜職のお姉様方だって、無料で気軽に肌は見せたりしないはずだから、全方位に失礼だわ! と、怒りを口にする前に留まって良かった。
「きみの足元を確認させてほしいんだ」
エデックはそう言って、わたしの足元に目線を落とす。
なんだ、何か落とし物かしら。
「そう言ってくださればよろしいのに」
ついつい嫌味っぽい言い回しをしてしまいながら、わたしはスカートの裾がひらつかないように細心の注意を払いながら立ち上がる。
わたしが座っていた椅子のあたりをキョロキョロと見回し、エデックは「あれ?」と首を傾げる。
「どこに行ったんだろう……うわっ」
突然、彼の頭に茶色のモジャモジャが振ってきた。
「ディディ!」
そのモジャモジャに、エデックは嬉しそうに声を上げた。
やたら手の長いモジャモジャは彼のおサルさんのようだ。
「紹介するよ、僕の親友のディディ」
サルを親友とは。笑顔が可愛いくて見た目もとびっきり良いけれど、彼は少し変わっている人なのかもしれない。
随分前から参加を伝えていた今夜の夜会を最後に、わたし達一家は国を出る。父の友人を頼って遠い国へと船で渡る予定だ。
そこではおサルでもいいから、わたしにも友人が出来るかしら。
そう思うと、目の前のおサルさんに気に入られたいという願望が湧き上がってくるから不思議だ。
「初めまして、ディディ。よろしくね」
自分なりの最高の笑顔をおサルのディディに向ける
彼の下の人間の顔が赤く染まった気がするが、きっと気のせいだ。
「キィキィ」
ディディが高い声で返事をしてくれる。可愛いかもしれない。
けれど、今夜は早く帰宅して荷造りを完成させなければならないので、ここでゆっくりしている時間はない。
きっと今夜が貴族令嬢として最後の夜会だ。
最後に一曲くらいダンスを踊りたかったけれど、そうもいかない。
「可愛いディディ。いつかまた会えると嬉しいわ」
私はディディ(とエデック)に別れを告げて、その場を去ろうと足を進めた。
「キィキィー」
「きゃっ!」
立ち去ろうとするわたしに追いすがるかのように、ディディがわたしに飛びついてくる。それを受け止めきれず、わたしはディディもろとも床に倒れこんでしまった。
「トリニティ、大丈夫?」
倒れたわたしを助け起こそうと、すぐにエデックが駆け寄ってくる。
「ディディがきみとまだ別れたくないみたいで、ごめんね」と言いながらわたしに手を貸そうとしたその動きが止まった。
彼の視線の先を辿ると、スカートが捲れて露になったわたしの足首がある。
「見ないで!」
わたしは急いでスカートの裾で足を隠したが、きっともう遅い。
「その模様はいつから?」
エデックは、わたしの足首に模様があることを見てしまっていた。
この国では、罪人の足首に入れ墨を掘る習慣がある。
しかし、十数年前に罪を犯していないにも関わらず政治的な都合で罪人とされた一族があった。今は彼らの無実は証明されたけれど、足首の入れ墨は残ったまま。
社会貢献に熱心だったその一族への市民の同情は強く、彼らが罪人と言うレッテルを張られないよう、特に女性陣への配慮として国全体で女性が足首を隠す風習が残った。
わたしがあの有名な冤罪一族ではないことは周知の事実。
父が騙されはしたけれど罪は犯していないので、もちろん罪人でもない。
けれど、わたしの足首に模様があることを見た人は、わたしが罪人であると思うに違いない。
昨日、気が付いたら足首に模様が出ていたなんて、きっと誰も信じてくれない。
突然現れた花の模様は、石鹸で洗ってもこすっても、全然取れなかった。
今夜を乗り越えて他国に渡ってしまえば、きっと罪人だと思う者はいないだろうと考えていたけれど。
まさか、夜会のど真ん中で見られてしまうとは。
ダッデオ家は借金をして落ちぶれたのではなく、罪を犯して国外追放になったと後に言われてしまうのではないか。
わたしの顔面は蒼白だっただろう。
「これを見てくれ」
突然、シャツのボタンを外し始めたエデックに見せられた彼の胸元には、わたしの足首にある花と同じ模様が描かれていた。
「え?」
ただただ驚くわたしを、エデックは抱きしめる。
「見つけた! 僕の花嫁!!」
突然の抱擁に驚いて声も出ないわたしは、思わず彼の頬をぶった。
バチン!! といういい音がした頬を抑えながら、エデックは嬉しそうなまま。
どうしよう、抱き着きつき魔の変態さんかもしれない。
周囲に罪人と思われたかもしれない不安よりも、目の前の美しい顔の変態さんに激しく動揺する。
「僕の名前はエデック・ソルバータ・ダルバニオン。ダルバニオン国の第二王子だ」
ダルバニオンとは船を渡った先の大国。父の友人がいるという国だ。
彼の名乗りを聞いて、周囲がざわつく。
「ダルバニオンの王家では、運命の花が結婚相手を結び付けてくれるという伝承がある」
エデックはまっすぐにわたしを見つめて続ける。
「父の友人一家を迎えに昨日この国に入った。入国してから僕の胸には運命の花が咲いたんだ」
エデックは転んで座り込んだままのわたしの前に跪く。
「きみこそが、僕の運命だ」
彼が勝手にわたしのスカートをめくり、露になった足首に口付けを落とした。
(もちろん、抑えていたので足首以外は見えていない、はず!!)
足首の花が咲いたかのように赤く色づいた。
彼の胸元の花も、同じ色に染まっていく。
父の友人とは、なんとダルバニオン国の王であったらしい。エデックは父でもある王に、留学先で出会った古い友人を迎えに行ってくれと頼まれて、昨日この国に着いたとのこと。
入国早々、自分の胸元に運命の花が現われたことに驚き、国に帰ったら花嫁探しをしなければと周囲は浮かれていたそうだ。
本人はあまり自覚がないまま、交流のため急遽参加した夜会で迷子になったおサルのディディを捜していたところ、運命の花嫁であるところのわたしを見つけたというのだから驚きだ。
大国ダルバニオンの権力を使って父を騙した悪徳商社もお家乗っ取りの叔父も白日の下に罪に問われた。
けれど、ダルバニオン家にお嫁に行くことになったわたしに父も母もついて来るということで、結局、日程は少しズレたものの、当初の予定通り家族全員で国を出た。
「トリニティの笑顔があんまり可愛くて、国に帰って運命の花嫁を捜すの嫌だなって思っていたんだ」
わたしの耳元で恥ずかしそうに話すエデックに返事をせずにいると「本当だよ」と焦って弁解をしてくる。
「今まで恋愛とか興味なくって」
「綺麗かと言われればそうかも、とは思ったけど、だからって感じで」
「女の子と話したりするより男同士でバカやってるほうが楽しいし」
ずっとわたしの頭を撫でたり髪をいじくったり、腰に手をまわして密着しながら話す彼の仕草があまりに女慣れしているようでわたしは疑いの眼差しを向ける。
けれど、彼の隣に腰かけたディディが「うんうん」とばかりに頷く。
「こんなにカッコよくて笑顔が素敵で優しくてエスコート上手なのに?」
思わずディディに尋ねると「キィキィ!」(そうだよ! ただのエロ坊主だよ!)とばかりに大きく頷いてくれる。
隙さえあれば花の模様が出た足首を撫でてくるエデックに確かに、と思う。
女性慣れしていれば、人目も憚らず抱き着いたりキスしたり足首を撫でたりはしないだろう。
いまさらどんなに拒んだところで、この男は地の果てまで追ってきそうなほど愛情を降り注いてくれているので、わたしは観念することにした。
おサルのお友達も出来たことだし、きっと見知らぬ国でも楽しくやっていけるだろう。
彼のスキンシップにも早く慣れて、この胸の鼓動が落ち着いてくれればいいけれど。それはもっとずっと後のことかしら。
数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。
ブックマーク、評価、リアクション、どれもとても嬉しいです。




