おれは街の自転車乗り
いい時代になったものだ。
何しろ、無料であふれるコンテンツを楽しめるのだから。
有料サービスもあるが、無料だけでも十分だ。
ただ、それには広告が付き物だったが。
おれはいわゆるフリーターで、気の向いたときだけアルバイトをして暮らしていた。
口の悪いやつは、いい年をしてなんだ、と言う。
おれに言わせれば、いつも他人の顔色をうかがっているやつらの表情は、本来の人間のものじゃないね。
自由に使える金はほとんどないが、無料コンテンツが山ほどある。
それに飽きたら、おれの唯一の財産、自転車に乗ってどこへでも行く。
近くにだってすばらしい景色はあるってのに、みんな気づかない。
今日は仕事が無い。ネットで動画を見て、小説を読む。それで十分だ。
それにしても最近広告が多くなってきた。動画でも、どんどん広告の時間が長くなる。
いずれ、動画の再生時間より、広告のほうが長くなるのではないだろうか。もはや広告自体をコンテンツとして楽しむか。
政府も、広告の効果が景気にプラスすると判断して、広告があふれるのを後押ししている。
今日は、何かアルバイトはないかと探していると、ふと目についた求人があった。モニター募集とのことだ。
近くの会社だから、自転車で訪ねてみることにした。
外へ出れば、街も広告であふれている。巨大な広告塔には、美女がほほ笑んでいた。
──
「簡単なお仕事ですよ。広告を身につけて行動していただくだけです。服、帽子、靴、等々。自転車にも広告を付けられますよ」
おれは二つ返事で受けた。さっそく、広告を身につけ、帰路についた。
街のみんなが、ジロジロと見るが、おれは気にしない。
政府の広報車が走っていた。何事かを拡声器でしゃべっている。
『本日より、広告をブロックすることは、法律で禁止されることになりました。みなさん、広告を見てください』
止まって聞いていると、街の人々が、ひとり、またひとりとおれを見た。通行人の全員に注目されると、さすがのおれもバツが悪くなって、さっさと帰宅した。
その日以来、おれは前より出不精になっていた。だが、とくに理由がない限り、日に一度は外に出ないといけない。
でないと金がもらえないんだ。
外に出ると、皆がおれを見る。嫌な気分だ。一度だけ金をもらって、もうモニターはやめようか。
いや、そんなこと気にしないのが、おれのモットーじゃないか。
ふと見上げると、広告塔の美女が、おれにほほ笑みかけていた。




