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黒猫とご主人様の異世界物語  作者: 宮凜猫
一章 始まりの王国
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八話 再会

「アウルさん、ご主じ……探してた方の気配を見つけました!」


「──! その人はどこに?」


「この街を下った先の森です!」


 言い終わると、ココアは頭の中で魔法を起動したまま、アウルを担いで走り出す。アウルはまだ慣れないのか「えっ」と驚いたような声を漏らしていたが、今のココアには聞こえていない。


 ココアがイメージした魔法は、『人間の気配を肥大化させる魔法』だ。猫であるココアは気配を気取るのに長けていたが、この魔法はその比ではない。普通ならそれなりに近づかないと分からない気配も、遠くから気取れるようになった。


 とはいえ、会うまではカオルだと断言するのは難しい。そのためにも、ココアは早く向かわなければならないのだ。


「ココアちゃん、人目に触れないように裏路地から向かってもらってもいいかな……」


「? 構いませんよ!」


 足に急ブレーキをかけ、裏路地に入る。壁を蹴ったり屋根を走ったりすることで道のショートカットをしながら走れば、思ったよりもずっと早く距離が縮まる。


「ご主人様、ご主人様……!!」


 ヒールで走ると思ったよりもうるさい。でもそれ以上に高鳴る鼓動の方がうるさいから、気にせずに走る。


 無事でいて欲しい。ココアがどれだけ痛い思いをしてもいいが、カオルが痛い思いをするのだけは嫌だ。今度こそは、優しいカオルが笑って生きていける世界にしてみせる。


「ココアちゃん!」


「はい、なんですか!」


「本当にごめんね! 多分、また魔物がいる!」


「えぇ!?」


 何回ココアは魔物と戦えばいいのか。ココアがそんなことを考えるよりも先に、


「────!!」


「うるさいっ……! もう、またですか!? この国、魔物が多すぎじゃないですか!」


 ココアが初撃を避けて魔法を打ち込もうと構えると、


「──?」


「僕たちを狙ってない……ね」


 アウルの言葉に、ココアは瞳を細める。


 ココアの魔力は、魔物にとって絶好の食い物なはずだ。それなのに、なぜココアを無視して森の中に入ったのか。


 森の中──。


「──! ご主人様!」


 ココアの顔が青く染まる。片手でアウルを担ぎ、勢いよく走り出す。


「でも、さっきの魔物はちゃんと倒して……」


 考える、考える。どうしてなのか。


「──分かりませんが、ご主人様を傷つけるなら、何であろうが悪者です!」


 その結論に帰結した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「──ぅ、ん……」


 頭が、痛い。一度失った肉体が形作られていくような、奇妙な感覚を覚えた。気持ち悪い、気持ちが、悪い──。


「──あ、れ? ここ、は……?」


 視界には、見たこともないような森が拡がっていた。木の匂いが嗅覚を刺激し、驚きのままに立ち上がる。辺りを見渡すが、見覚えはなくて、なんとなく耐え難い恐怖に支配される。


「──痛い……」


 頭が痛い。失ってはいけないものを奪われたような感覚がする。暖かいものを、この手にあったものを。


「──とりあえず、歩いてみよう」


 幸いなことに、服を着ている。誰かを探して、助けを求めよう。大丈夫、何とかなる。いつだって、そうだったから。


「森の中……なんでこんなところに? さっきまでこんな場所いなかったのに……」


 ざくざくと葉をふむ音が鳴る。奇妙な倦怠感が体に絡まってくるが、今は見ないふりをしよう。とりあえず、人のいる場所まで──。


「──ぅ、えっ」


 吐き気がする。なんだろう。思い出が起因しているのか。前にも、こんなことがあって──。


「──分からない……」


 分からない、分かりたいのに。分からないことしか分からないのが、悔しかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「──風よ刻め!《エア・ピアース》!」


 木々の枝を掴み、魔物の頭に重い蹴りを入れる。


 が、なにしろ分裂して数が増えた。風魔法で矢のような一撃を射出しても、到底数に追いつけない。


「氷魔法なら何とか……でも、そうなると植物に影響が出てしまいます」


 森の中であまり大きな魔法を使えば、生態系に影響が出るかもしれない。ココアには、それが気がかりだった。


「やはり、地道に行く他ありませんね」


「ココアちゃん、日が落ちてきたから僕も魔法がだいぶ使えるよ。援護するから下ろして」


「──あ、日がもう……? 分かりました、何かあればわたしが背負いますから、言ってくださいね」


 ココアはアウルを下ろし、手足に魔力をまとう。そこから強力な風魔法を発動させ、殴った部分から抉りとっていく。結局、小細工するよりもこうするのがいちばん早いのだ。


「──《マインド・スレッド》」


 アウルがそう囁くと、ココアが戦っていた魔物以外の動きが止まる。


「──えっ!?」


「思念操作……嫌われ者の魔法だけどね。これくらいはできるよ」


 アウルの朗らかな笑顔にココアは満面の笑みを返し──、


「──舞い踊れ、《セレスティアル・ゲイル》」


 ふわりとメイド服を翻しながらココアの体が宙に浮く。片手を優雅に掲げ、スカートと黒髪が風に靡く。


 光り輝く魔力の粒子たちがココアの手のひらに集まり、小さな渦を作る。そして、ココアの詠唱を皮切りに、風の刃が魔物を的確に貫き、殲滅する。


「──ふぅ」


 ココアは優雅に着地し、少し息を整えながらも笑顔を浮かべる。


「すごいね、ココアちゃん」


「アウルさん、ご無事でよかったです!」


 ココアが元気いっぱいに腕にグッと力を込めれば、アウルは自然にスルーしながらココアの魔力処理をしてくれる。


「──そうだ、ご主人様を探さないと……!」


「そうだね、魔物に追われているのなら、それなりに危険な状態に……」


「──ぁ、」


 ある、と言おうとしたアウルの声を遮るように、掠れた声が聞こえた。


 声の主を視線で追えば、銀髪と赤い瞳が目立つ中性的な少年が立っていた。少年はこちらを伺うような視線のまま、


「──ごめんなさい、ここがどこか分かりますか? 俺、全く分からなくて……」


「──あぁ、えっと……」


 アウルが何かを喋ろうとするのを遮るように、ココアが少年に向かって駆け出す。


 わかる、わかる。見た目はすごく変わっているけれど、この声と、気配は。


「──ココアちゃん?」


「ご主人様ぁっ!!」


「わっ、えっ、なに!?」


 ココアが少年に飛びつき、少年はそのまま後ろに倒れる。


「えっと、君は……?」


「忘れてしまわれたのですか!? ご主人様! わたしです! ココアです!」


「──えっと、」


「──ご主人様……?」


 ココアが、嫌な予感に言葉を失う。瞳を見開いて、動揺に瞳を揺らしたまま、言葉が出てこなくて──、
































































「──ごめんね、俺、何も覚えてないんだ。記憶喪失ってやつ……かな」


「────ぇ、っ」


 ココアの頑張りに全くなんの意味も無いわけではない。魔物を倒せば、それだけ民間人の安寧は守られる。


 でも、それでも、


「──ご主人様……」


 頑張る意味が、ココアには──。

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― 新着の感想 ―
拝読いたしました! 黒猫ココアが愛するご主人様を追って異世界へ駆け抜ける姿は、一途でけなげで泣く。動物ものはダメだズルい。 異世界の理不尽さや魔物との死闘、痛みと恐怖を乗り越えて成長していく姿が鮮…
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