八話 再会
「アウルさん、ご主じ……探してた方の気配を見つけました!」
「──! その人はどこに?」
「この街を下った先の森です!」
言い終わると、ココアは頭の中で魔法を起動したまま、アウルを担いで走り出す。アウルはまだ慣れないのか「えっ」と驚いたような声を漏らしていたが、今のココアには聞こえていない。
ココアがイメージした魔法は、『人間の気配を肥大化させる魔法』だ。猫であるココアは気配を気取るのに長けていたが、この魔法はその比ではない。普通ならそれなりに近づかないと分からない気配も、遠くから気取れるようになった。
とはいえ、会うまではカオルだと断言するのは難しい。そのためにも、ココアは早く向かわなければならないのだ。
「ココアちゃん、人目に触れないように裏路地から向かってもらってもいいかな……」
「? 構いませんよ!」
足に急ブレーキをかけ、裏路地に入る。壁を蹴ったり屋根を走ったりすることで道のショートカットをしながら走れば、思ったよりもずっと早く距離が縮まる。
「ご主人様、ご主人様……!!」
ヒールで走ると思ったよりもうるさい。でもそれ以上に高鳴る鼓動の方がうるさいから、気にせずに走る。
無事でいて欲しい。ココアがどれだけ痛い思いをしてもいいが、カオルが痛い思いをするのだけは嫌だ。今度こそは、優しいカオルが笑って生きていける世界にしてみせる。
「ココアちゃん!」
「はい、なんですか!」
「本当にごめんね! 多分、また魔物がいる!」
「えぇ!?」
何回ココアは魔物と戦えばいいのか。ココアがそんなことを考えるよりも先に、
「────!!」
「うるさいっ……! もう、またですか!? この国、魔物が多すぎじゃないですか!」
ココアが初撃を避けて魔法を打ち込もうと構えると、
「──?」
「僕たちを狙ってない……ね」
アウルの言葉に、ココアは瞳を細める。
ココアの魔力は、魔物にとって絶好の食い物なはずだ。それなのに、なぜココアを無視して森の中に入ったのか。
森の中──。
「──! ご主人様!」
ココアの顔が青く染まる。片手でアウルを担ぎ、勢いよく走り出す。
「でも、さっきの魔物はちゃんと倒して……」
考える、考える。どうしてなのか。
「──分かりませんが、ご主人様を傷つけるなら、何であろうが悪者です!」
その結論に帰結した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「──ぅ、ん……」
頭が、痛い。一度失った肉体が形作られていくような、奇妙な感覚を覚えた。気持ち悪い、気持ちが、悪い──。
「──あ、れ? ここ、は……?」
視界には、見たこともないような森が拡がっていた。木の匂いが嗅覚を刺激し、驚きのままに立ち上がる。辺りを見渡すが、見覚えはなくて、なんとなく耐え難い恐怖に支配される。
「──痛い……」
頭が痛い。失ってはいけないものを奪われたような感覚がする。暖かいものを、この手にあったものを。
「──とりあえず、歩いてみよう」
幸いなことに、服を着ている。誰かを探して、助けを求めよう。大丈夫、何とかなる。いつだって、そうだったから。
「森の中……なんでこんなところに? さっきまでこんな場所いなかったのに……」
ざくざくと葉をふむ音が鳴る。奇妙な倦怠感が体に絡まってくるが、今は見ないふりをしよう。とりあえず、人のいる場所まで──。
「──ぅ、えっ」
吐き気がする。なんだろう。思い出が起因しているのか。前にも、こんなことがあって──。
「──分からない……」
分からない、分かりたいのに。分からないことしか分からないのが、悔しかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「──風よ刻め!《エア・ピアース》!」
木々の枝を掴み、魔物の頭に重い蹴りを入れる。
が、なにしろ分裂して数が増えた。風魔法で矢のような一撃を射出しても、到底数に追いつけない。
「氷魔法なら何とか……でも、そうなると植物に影響が出てしまいます」
森の中であまり大きな魔法を使えば、生態系に影響が出るかもしれない。ココアには、それが気がかりだった。
「やはり、地道に行く他ありませんね」
「ココアちゃん、日が落ちてきたから僕も魔法がだいぶ使えるよ。援護するから下ろして」
「──あ、日がもう……? 分かりました、何かあればわたしが背負いますから、言ってくださいね」
ココアはアウルを下ろし、手足に魔力をまとう。そこから強力な風魔法を発動させ、殴った部分から抉りとっていく。結局、小細工するよりもこうするのがいちばん早いのだ。
「──《マインド・スレッド》」
アウルがそう囁くと、ココアが戦っていた魔物以外の動きが止まる。
「──えっ!?」
「思念操作……嫌われ者の魔法だけどね。これくらいはできるよ」
アウルの朗らかな笑顔にココアは満面の笑みを返し──、
「──舞い踊れ、《セレスティアル・ゲイル》」
ふわりとメイド服を翻しながらココアの体が宙に浮く。片手を優雅に掲げ、スカートと黒髪が風に靡く。
光り輝く魔力の粒子たちがココアの手のひらに集まり、小さな渦を作る。そして、ココアの詠唱を皮切りに、風の刃が魔物を的確に貫き、殲滅する。
「──ふぅ」
ココアは優雅に着地し、少し息を整えながらも笑顔を浮かべる。
「すごいね、ココアちゃん」
「アウルさん、ご無事でよかったです!」
ココアが元気いっぱいに腕にグッと力を込めれば、アウルは自然にスルーしながらココアの魔力処理をしてくれる。
「──そうだ、ご主人様を探さないと……!」
「そうだね、魔物に追われているのなら、それなりに危険な状態に……」
「──ぁ、」
ある、と言おうとしたアウルの声を遮るように、掠れた声が聞こえた。
声の主を視線で追えば、銀髪と赤い瞳が目立つ中性的な少年が立っていた。少年はこちらを伺うような視線のまま、
「──ごめんなさい、ここがどこか分かりますか? 俺、全く分からなくて……」
「──あぁ、えっと……」
アウルが何かを喋ろうとするのを遮るように、ココアが少年に向かって駆け出す。
わかる、わかる。見た目はすごく変わっているけれど、この声と、気配は。
「──ココアちゃん?」
「ご主人様ぁっ!!」
「わっ、えっ、なに!?」
ココアが少年に飛びつき、少年はそのまま後ろに倒れる。
「えっと、君は……?」
「忘れてしまわれたのですか!? ご主人様! わたしです! ココアです!」
「──えっと、」
「──ご主人様……?」
ココアが、嫌な予感に言葉を失う。瞳を見開いて、動揺に瞳を揺らしたまま、言葉が出てこなくて──、
「──ごめんね、俺、何も覚えてないんだ。記憶喪失ってやつ……かな」
「────ぇ、っ」
ココアの頑張りに全くなんの意味も無いわけではない。魔物を倒せば、それだけ民間人の安寧は守られる。
でも、それでも、
「──ご主人様……」
頑張る意味が、ココアには──。




