表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫とご主人様の異世界物語  作者: 宮凜猫
二章 追想の旅
22/31

二章十一話 その男、胡乱な者につき

「──アダム・クライネ……?」


 男──アダムの言葉を、カオルは心の中でなぞるように反芻し、訝しげに眉をひそめた。言葉だけを切り取れば、尊大で、浅薄な人物だと受け取られても不思議ではない。むしろ、そう思われることを承知の上で口にしているようにも見える。


 けれど、不思議とカオルの胸には違和感が残らなかった。彼は直感的に理解していたのだ。──アダムは、決してそのような人間ではない、と。


 その確信の理由は、言葉ではなく所作にあった。立ち振る舞いの一つ一つに滲む落ち着き。相手を値踏みするでもなく、軽んじるでもない視線。そこには、長い時間をかけて培われた知性と、失われていない礼節が、確かに宿っていた。


「──姿勢に人の性格は出るって、俺はそう思うんだけど……あまりにも言葉と雰囲気が釣り合ってなくて、なんか落ち着かない……」


「君の疑問は当然だ。何故なら、私は天才的であるが、礼節を重んじている。そして、私は今過去最高に累卵の危うきにあるのだ。言動をちぐはぐだと君が受け取ったのも、私の焦りが原因だろう」


 懇切丁寧に説明を終えると、アダムはボロボロの白衣の内側へ手を差し入れた。しばらくして取り出されたのは、小さな宝石だった。


 それを指先でつまみ、彼は何の気負いもない仕草で、カオルの手のひらへとそっと渡す。


「──これは?」


「魔晶石だ。これを──」


「──少しいいかい?」


 そんなアダムの言葉を遮るように、アウルが一歩前へ出た。宝石を握るカオルの手に、そっと自らの手のひらを重ねると、そのまま庇うように後ろへ引き寄せる。


 その仕草には迷いがなく、静かながらも確かな警戒が込められていた。


「──君が、かの有名なアダム・クライネだということは理解したよ。言動と、そのバッジを付けているんだ。完全に把握した」


「それは何よりだ。して、そのような果断な行動に出たのはなぜだ? 私はこれでも、友好に話していたつもりなのだが」


「友好的なのは理解しているよ。けれど、君の目的が、僕にはあまりに不透明だ。まずは、そこの説明をしてもらいたいところだね」


「──ふむ、確かに、先を急ぎすぎていたな。職業柄、時間感覚が人とは異なるのだ。それに、君がこんなところにいるとは思いもよらなかったものでな。失態を演じたこと、詫びよう」


 アダムは深く頭を下げると、白衣の下へ手を差し入れた。取り出したのは、折りたたまれた書類のようなものだ。


 それを指先で弾くように、アウルへ向けて軽く放る。


「これはなんだい?」


「見ての通りだ。実質、私は科学者とも呼べない状態にある」


「──追放?」


 アウルが書類を広げると、カオルはその横からそっと身を乗り出し、内容を覗き込んだ。そこには見覚えのない文字が整然と並んでいる。にもかかわらず、不思議なことに、その文章は自然と意味を結んで脳裏へと流れ込んできた。


「ご名答だ。明敏な私でも、コミュニティに属すことは必要事項でな。だが、ほんの数日前、私は、拭うことの出来ない失態により、追放されたというわけだ」


「──拭うことの出来ない、失態?」


 アダムは愁傷の様子すら見せず、ただ淡々と事実のみを口にする。

 カオルにはそれが不思議でならなかったが、アダムは懐から一枚の写真を取り出す。


「──アダムさんの、写真?」


「──不正解だ。よって、君には事実のみを伝えよう」


 写真を懐へとしまい、アダムは、その青く美しい髪を風に揺らし、アウルに軽く視線を流す。


「私の犯した罪はふたつ。ひとつ、死者蘇生の企み。ふたつ、クローンの生成だ」


「──?」


 カオルは、それに瞬発的に反応ができず、不思議そうな顔しかできなかった。だが、


「っ……何故、そんなことを!」


「──理由を言ったら、君は私の味方をしてくれたかい?」


 気づけばアウルは、アダムの胸ぐらを強く掴み、怒りを露わにしていた。その剣幕に、カオルは息を呑む。


 ──そこでようやく、頭の中の点と点が繋がった。


 死者を蘇生すること。それは禁忌だ。倫理や常識以前に、人として生きていれば、当然のように理解している一線。


 ──クローンについては、正直なところ、まだよく分からないが。


「──あ、アウルさん、やめてください! 暴力は……!」


 そのとき、アウルの手に込められた力の強さに気づき、カオルははっとして慌てて仲裁に入った。アダムは顔色ひとつ変えぬまま。一方のアウルは、なおも眉を顰めながらも、ゆっくりとその手の力を緩めていく。


「──すまないね」


「い、いえ……アウルさんは、この……アダムさんとは」


「──古い知り合いだよ」


「友人だ!」


「また君は……少し黙っていてくれないか」


 珍しく感情をあらわにするアウルの姿に、カオルは思わず目を瞬かせた。そして次の瞬間、「珍しいな」とでも言いたげに、ふっと頬を緩める。


 そこにあったのは、ただ穏やかで優しいだけの賢者ではない。怒り、照れ、微妙な心の機微――そんな、人間らしさが、確かに顔を覗かせていた。


「──こほん、ごめんねカオルくん。これとは、付き合いが長いんだ」


「本当に失礼なやつだな君は! すぐに気づかなかったのを怒っているのか?」


「──お前だと気づいた瞬間に認識阻害の魔法を使ったんだ。気づかなくて当然だよ」


「えっ、そんな魔法を!?」


 あまりにもさらりと突きつけられた衝撃の事実に、カオルは思考が追いつかず、がーんと口を開けたまま固まってしまう。その様子を見て、アダムは可笑しそうに、けらけらと楽しげな笑い声を立て、


「うんうん、アウルの友達がいい子そうで安心した。それで、話の続きなんだが」


「──構わないかい? カオルくん」


「は、はい! もちろん!」


「カオルくん、君にはアウルと一緒に、私の」


「──ご主人様ーっ!」


 二度あることは三度ある、とは言うが――さすがに続きすぎだろう。相次ぐ横槍に、アダムは笑顔を貼りつけたまま、ぴたりと動きを止めた。


 違和感にカオルが視線を向ける。そこに立っていたのは、血に濡れ、荒い息をつくココアの姿だった。


「──っ!? ココアちゃん!?」


 ──ココアの身体は、ひと目で無事ではないと分かった。


 脚は途中で力を失ったように歪み、片足は地面に着くたび、あり得ない揺れ方をしている。骨が折れているのは明白だった。まともに体重をかけられるはずもなく、それでも彼女は足を引きずりながら前へ進んでいる。


 さらに、呼吸がおかしい。息を吸うたびに胸が不自然に上下し、浅く、途切れ途切れだ。おそらく、折れた肋骨が肺を圧迫しているのだろう。深く息をしようとするたび、内側から鋭い痛みが走るはずなのに、ココアはそれを堪える素振りすら見せなかった。


 走るたび、胸の奥で何かが軋む、その衝撃に耐えきれず、喉から掠れた息が漏れる。顔色は血の気を失い、冷や汗が額を伝っていた。


 それでも彼女は止まらなかった。折れた脚で地面を蹴り、砕けた肋骨を抱え込むように上体を前へ倒し、それでもなお走る。身体が壊れる感覚よりも、「戻らなければならない」という意志の方が、はるかに強かったのだ。


 金色の瞳は、痛みに滲みながらも、ただ一人――カオルだけを捉えていた。


「──ココア、ちゃ」


「──ご主人様、変な男が来ませんでしたか。青髪の男が」


 ココアは荒い息を必死に整えながら、カオルのもとへと駆け寄った。折れた脚を引きずりつつも、その歩みには迷いがない。


 そして、アウルへと視線を向け――その隣に立つ、もう一人へと目を──


「──アラン」


「────」


 ココアが、静かに、声を置くように呟き、アダムが、その言葉に瞳を見開く。

 そして、


「──ご主人様、離れてください。此奴は、危険な……」


 ココアの身体から、はっきりとした殺意が迸るのを、カオルは否応なく感じ取った。それは錯覚ではない。視線を向けるだけで分かるほど、空気そのものが張り詰めていく。


 可愛らしいはずの顔は、今や鋭く険しく歪み、眉間には深い皺が刻まれている。そして、彼女の指が――ぱき、と乾いた音を立てた。


 その小さな仕草が、決定的だった。カオルの胸に、言いようのない焦燥感が一気に押し寄せる。


「──だ、だめだよココアちゃん! この人はたしかに怪しい見た目だしよくわかんない人なんだけど、殺したらダメだ!」


「──優しいご主人様は素敵です。ですが、それはすごく危険な存在なんです。私の足を折ったのもそいつです」


 カオルは咄嗟にココアの肩を掴み、慌てた様子でその動きを止めた。呼吸も整わないまま必死に制止する彼に、ココアは一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、慈しむような眼差しを向ける。


 だが、それはすぐに掻き消えた。次の瞬間、その表情は硬く引き締まり、警戒と、濃密な殺意が彼女の顔を覆い隠す。


「お前そんなことをしたのか」


「するわけないだろう!? アウル、分かっててからかうのはやめろ!」


「──アウルさん、その方とお知り合いで……」


 アダムがアウルと親しげに言葉を交わしている、その光景を、ココアは鋭い眼差しで見据えていた。刃物のように研ぎ澄まされた視線が、二人の間に流れる空気を切り裂く。


 やがて、彼女の視線はアダムの顔へと定まり――その瞬間、ココアは、彼の言葉を断ち切った。


「──────違う?」


 つかつかと歩み寄り、ココアは躊躇なくアダムの顎を掴み上げた。指先に込められた力は決して強くはない。だが、逃がさないという明確な意思だけが、冷たく伝わってくる。


 黄金色の瞳に射抜かれ、アダムは一瞬だけ息を詰める。次いで浮かべたのは、気まずさを誤魔化すような、薄い微笑だった。


 しかしココアは、それに取り合わない。彼の顔を、輪郭から目元、口元に至るまで、隅々までなぞるように視線で検分していく。


 やがて、わずかに眉がひそめられた。曖昧だった違和感が、形を持ち――疑問は、静かな確信へと変わっていった。


「──違う」


「え……っと、君はおそらく、私が探しているクローンに会っ……ぐっ!?」


「──ご、ごめんなさい!」


 ココアが、アダムの肩を勢いよくつかみ、慌てたような顔で頭を下げる。


「ただ顔が似ているだけ……気配も少し似てますが、とにかくごめんなさい! あとちょっと気づくのが遅かったら首を捻ってるところでした……!」


「勢いがすごいし言葉が物騒だな君! 可愛い顔でとんでもない子だ!」


「──いえ、本当にごめんなさい! アランという、性格の悪い男に間違えてしまい……! よく見たら、目付きが少し違うような気がします! 本当にごめんなさい!」


 謝罪の言葉を零しながら、ココアはアダムの肩をがくがくと揺さぶった。力加減など考える余裕はなく、ただ衝動のままに縋りついている。


 ココアにとって、アダムとアランの顔は――本当に、見分けがつかないほど瓜二つだった。輪郭も、目の形も、記憶に焼きついたそのままの姿だ。


 けれど、


 アウルは警戒を解いている。そして、間近で見ると、微かな違和感がある。表情の癖、立ち姿、漂う空気――決定的ではないが、確かに“何か”が違う。


 ならば、これは自分の思い違いなのだろう。


 ──そう、思いたい。


 そう思うことができれば。

 ココアは、この男を殺さずに済むのだから。


「──ココアちゃん、どうしてアダムが危ない奴だって思ったの?」


「──先ほど私の足を折った男と、顔が瓜二つだったんです。魔力の流れやいろいろなものがよく見たら違うので、別人だったようですが……」


「──顔?」


 アウルが、アダムの方へと目線を向ける。

 アダムもそれを感じ取り、静かに頷くと、


「──私が追放された原因の一つである、クローン生成。そのクローンだろうな、多分」


 そう、自らが作り上げた災厄を、悔悟混じりに口にしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ