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第二章:歩くという祈り

どうしていいかわからないまま、初音(はつね)は歩き出した。

焼けた草履の片方を見つけて履き、もう片方は裸足のままで。

目に映るのは、全てが壊れた街だった。

途中で、倒れた人の足が見えた。

その人は、生きていた。

「う……うう……」

うめき声が、初音の鼓膜に刺さるように響いた。

男の人だった。

上半身が瓦礫の下に埋もれ、片手だけが震えていた。

「まって、いま、いまどかすから……!」

初音は夢中で瓦礫をどかした。

指の皮がめくれ、釘で手を切った。

それでも、小さな手で必死に引っ張った。

男の人が目を開けた。

少し、笑ったように見えた。

「……ありがとう……」

その声が最後だった。

次の瞬間、男の人の手はすっと力を失い、動かなくなった。

「やだ……! だめ……だめだよ……」

初音は震えながら、その場にしゃがみ込んだ。

「なんで……なんで……だれも、だれもいないの……」

遠くから、犬の遠吠えのような声が風に乗って届いた。

人の声かもしれないと思って、走り出した。

走るうちに、また人影を見つけた。

でも、すでに事切れていた。

顔の判別もつかないほど、焼け爛れていた。

世界がすべて、音をなくしていた。


時間の感覚が消えていく中、初音はふらふらと坂を下り、また上った。

喉は渇き、足が痛み、立ち止まると倒れそうだった。

それでも、歩き続けた。

歩くことだけが、何かを探す唯一の方法だった。

ふと、目の前に一筋の光が射した。

立ち上る煙の合間に、赤い柱が見えた。


――鳥居。


半分に折れ曲がり、片足を失っても、まだ立っていた。

あそこまで行けば、何かがあるかもしれない。

希望とは言えないほど小さな望みだった。

でも、それでもいいと思った。

初音は歯を食いしばって歩いた。

何度も転び、手を擦りむき、膝からは血が出ていた。

唇はひび割れ、声も出なかった。

ようやく鳥居の根元に辿り着いたとき、

目の前が揺れた。

地面がふわりと浮かび、全身の力が抜けた。


「……おかあ……さん……」


意識の奥で、誰かの笑い声が聞こえた気がした。

それは母の声だったのか、幻だったのか、わからない。

初音の身体は、地面に倒れた。


そして――


「おーい、大丈夫か! だれか、こっちに人がいるぞ!」

少年の声が、空の向こうから響いた。

誰かが、駆け寄ってくる足音。

温かい手が、額に触れる。

「水、あるからな。ちょっとずつ飲めよ……ほら」

水が、口元に流れ込む。

冷たい……

そして、優しい。

初音は目を開けた。

焦げた空の下で、見上げた少年は、笑っていた。

「よう、生きてたな。おれは西園誠司(さいおんせいじ)。お前の名前は?」

「……初音……たじま、はつね……」

「よし。大丈夫だ、もうひとりじゃない」

その言葉が、焼け焦げた世界のなかで、

なによりも確かだった。


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