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部屋にいた幽霊

作者: 雉白書屋

「うあっ!」


 夜、とあるアパートの一室。寝ようと部屋の電気を消した瞬間、彼は驚きの声を上げた。突然、見知らぬ男が部屋の中に現れたのだ。

 反射的にスイッチを押し直す。するとその瞬間、男の姿が消えた。隠れたわけではない。音もなく、まるで煙のように跡形もなく消え失せていた。

 見間違いか……? 相当疲れてるな……。

 彼は自分にそう言い聞かせた。しかし、もう一度電気を消すと、またあの男が現れた。慌てて電気をつける。するとまた消え、また電気を消すと現れ、またつけると消え、また――


「これは、幽霊だな……」


 呆然としたまま、彼はそう結論付けた。だが、わかったところで恐怖が消えるわけではない。壁際に立つ、ぼんやりと淡い光をまとった幽霊。うつむいたまま動かないが、ホラー映画の演出のように、次に電気を消したらすぐ目の前に移動しているなんてことがあるかもしれない。そんな想像に、全身の毛が逆立った。

 今夜は電気をつけたまま寝よう。だが、明るくてもいることには変わりない。不気味だ。どこかへ消えてくれればいいのに……。


 ――ん?


 そう思い、じっと見つめていると彼はふと、その幽霊に見覚えがあることに気づいた。そして、記憶を辿るうち、胸が冷たくなった。


「あ、あんた……あのときの空き巣か?」


 数週間前の昼間。仕事から帰宅すると、部屋に見知らぬ男がいた。ジャージ姿にマスクを着け、帽子をかぶり、手にはリュックサック。荒らされた形跡があり、明らかに空き巣だ。

 驚いて「おい!」と怒鳴ると、泥棒は窓から飛び出し、彼は反射的に後を追った。正義感というより、何を盗られたのか気になったのと単純に勢いだった。

 だが追跡中、泥棒が角を曲がろうとした瞬間だった。後ろに気を取られていたのだろう。泥棒は車の存在に気づかず、撥ねられた。即死だった。

 彼が罪に問われることはなかったが、心に重いものが残った。社会の悪を排除した――そんなふうに割り切ることなどできなかった。泥棒は確かに犯罪者だった。だが、本当の『悪』だったのか?

 狡猾に動き、社会的制裁を受けない者こそ悪であり、強者ではないか。むしろ、あの男は弱者の一人だったのでは。仕事に就けず、食うにも困り、犯罪に手を染めたのかもしれない。日々捕まる恐怖に怯え、あの日すぐに逃げたのも、きっと小心者だったからだ。

 彼がそんなふうに好意的に解釈してしまうのは、かつて彼も追い詰められ、犯罪を考えたことがあったからだった。もちろん、実行はしなかったが。


「おれを恨んでいるのか……?」


 彼は震える声で問いかけた。しかし、幽霊は何も答えない。


「いや、あれは事故だったし、そもそも、あんたが盗みに入らなければ……いや、責めたいわけじゃなくて、その……」


 彼は自分が何を言いたいのかわからなくなり、頭を掻いた。

 どうすればこの幽霊は消えてくれるのか。これほどはっきり見える相手だ。お経や塩で追い払えるとは思えない。

 それにしても、なぜここに現れたのか……いや、決まっている。おれを恨んでいるのだ。厳密には死なせたのは運転手だし、そもそも逆恨みだ。しかし、そう言ったところで納得するはずがない。まさか同じ目に遭うまで、つまり死ぬまで付きまとうつもりなのか……。

 ああ、こんなことなら、あの日、家に帰らなければよかったのだ。いつものように会社で寝るか、ネットカフェに行けばよかった。カード類は手元にあるし、部屋に置いてある現金もたかが知れている。どうしたらいいんだ……どうしたら……。


「……いや、あの、もしもーし……? あの、寝てもいいですか? 明日も仕事なんで……」


 しばらく思い悩んだが、幽霊に動きがなかったので、彼はひとまずベッドに入ることにした。襲われるのではないかとビクビクしていたのは最初だけ。疲れており、すぐに眠りに落ちた。

 そして翌朝、いつも通り出勤した。

 それから数日が経ち、彼は「あれは夢だったのかもしれない」と思い始めた。仕事中も夜道を歩いているときも、幽霊を見かけることはなく、特に異常もない。

 しかし、アパートに帰ると、そこに幽霊はいた。前と同じ場所、同じ姿勢、同じ表情で。もしかすると、あの朝は明るくて見えなかっただけで、ずっとそこにいたのかもしれない。


 ――でも、動かないのなら、怖がる必要はないかもしれないな。


 彼はそう考えた。疲れており、それ以上深く考えるのが面倒だっただけだが。

 その後も、幽霊がいること以外、変わらない日々が続いた。働き、働き、働き、働き、家に帰り、働き、働き……。

 そして、ある夜。帰宅した彼は幽霊に訊ねた。


「あの、聞いてもいいですか……? あの――」


 幽霊は静かに答えた。いつも通り、穏やかな顔で。


 それからしばらくして、彼の部屋は空っぽになった。





『あの、幽霊になるって、そんなに気分がいいんですかね……?』


『……いいよ。少なくとも、前の生活よりはね』

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