第3話 変化
「すまない……本当に……すまなかった。オレは……あの時本当に取り返しのつかない事を……ごめん、ごめん!ごめん」
ネイションはそのまま地に手足を付けて顔を下げたままごめんとしか言わなくなってしまった。そして涙をポロポロと溢す。ユーザはそれを見て最初は笑いを堪えるのに必死だったが次第に恐怖を感じ始めた。先程からの行動言動全てから彼の様々な混ざり合ったどす黒い物が涙から溢れ出んばかりに叩きつけられたのだ。それはあまりにも強くユーザは声を掛けるのも憚られる程だった。
「…………」
ネイションを地面を濡らすのをユーザが拳を開いたら閉じたりしながら見ているのがしばらく続いたが
「いつまでこのまま何だよウスノロ!」
「うわっ!」
ユーザネイションに集中していたあまり手に槍の付喪神を持っていた事をすっかり忘れていた。手から離れた槍はユーザに向かって襲い掛かるがユーザをそれを受け止める。
「さっさと殺りゃいいだろうよ!気持ち悪ぃな……死ねよマジで!」
その後も槍はユーザを貶す発言ばかりしていた。ユーザは罵倒を浴びせられた事よりネイションとの流れを断ち切られた事に怒る。
「何だよコイツ……口汚いにも程があるだろ!てかこっちは集中してんだ!流れ勝手に折るなよ!」
「はあ?」
絶句したように一瞬付喪神は黙り出すがすぐに罵倒は再開する。
「道具が好き勝手言ってんじゃねぇよボケ!付喪神に尽くすしかない能のないテメェらを使ってやってるてのが分からねーのかこのド低脳はよ!」
「道具……どういう事だ?」
ユーザは彼が何を言っているのか訳がわからなかった。
「ほうほう?耳も頭も腐ってんだなお前。そりゃそうかド低脳が付喪神のお言葉を理解することなんぞ到底不可能だもんなギャハハハ!」
「違うな。」
ユーザは槍を睨みつける。その迫力に槍はのされる。
「人間は付喪神の動画じゃない、逆も然りだ。」
「じゃあなんなっ、ぐわっ!」
ユーザは槍を地面に叩きつける。
「オレもまだ胸張って言えるような物は無い。だが少なくともお前みたいな品性は腐ってるようなモンじゃない。それだけは言える。」
ユーザはネイションに向き直る。
「この世界の事色々聞かせてくれないか?まぁお前がそうなってる時点で色々おかしくなってるんだろうけどさ。」
「はぁ?」
その後ユーザはネイションの拠点に向かい雅之と共に自分達は別の世界の人間である事を説明する。
「なるほど。お前らはそれぞれ別の世界からこの世界に来たと。だがホントにそんな事が?」
「頼む信じてくれ!オレもよく分かってないし荒唐無稽な話だったのは十二分に分かってるし感じてるけどさぁ、まぁ一旦そういう物として飲み込んでくれ!」
ユーザは手を合わせて信じてくれるよう懇願する。ネイションはあまり信じられなかったが渋々受け入れた。
「じゃあその世界はどうなってるんだ?」
「どうなってるって?」
「その………付喪神とかオレ達怪人とかがどうなってるか知りたいんだ。」
ネイションは見たこともないような懇願の眼差しをしていた。ユーザをその時ネイションの顔を初めてしっかり見たがとても窶れており、疲労の色が濃い事に気づく。
「オレの世界じゃ………付喪神は世界から増え始めてるって感じなのかな?まぁ世界各地で色々出てきててさ、それで困ってる人もいる訳で……そういう人達から依頼を受けて解決に向けて色々やってるんだ。付喪神専門の何でも屋ってトコかな?」
ネイションはそれを聞いて信じられないような顔になった。
「まるで違うな。オレ達の世界じゃ、付喪神はわんさかいる。世界中どこ行っても付喪神がいない場所なんて存在しない。」
「へぇ〜わんさかねぇ。」
(そんな世界じゃ依頼だらけで体持ちそうにねぇなぁ。キンノミヤの無茶振りも酷くなってそうだし。)
ユーザは腕を組んでそんな呑気な事を想像しているとそれを見透かしたようにネイションは語り出す。
「……そっちのお前は楽しそうだな。そんな顔してる人間久しぶりに見た。」
「いやオレだって色々キツかったぜ?海だの金だのガリガリ君だのもう考えだけで………まぁその代わり充実仕切ってて飽きないけどさ。てか人間単位で見てないってどゆこと?」
ユーザはネイションが先程、「人間」なんていう大きい言葉を使った今年に引っかかりを感じる。
「この世界はな……付喪神と一部の怪人によって支配されてるんだよ。」
「支配?付喪神がぁ?」
ユーザは想像した。
「ハーッハッハッハ!我が支配者になった暁には全世界の人間に一日100匹の魚を釣る事を義務化!子供の教育は海の知識と釣りの極意のみ!毎日海の男オーディション開催!魚以外の動物を育てる事を一切禁ずる!破った物は我直々に海に男にしてやろう!ハーッハッハッハ!」
「オレッチの作る国は自転車以外での移動は禁止!最低でもギア50は出せ!それで事故ってもヘタクソの自己責任っしょ!アッハッハ!あと二輪の錬金術師見つけたら1兆カレンあげます!」
(ヤバいヤバいヤバい!特にあの2人には権力を持しちゃイカン!)
想像したらユーザは身震いした。それを見ていたネイションは少し呆れた視線を向ける。わざとらしい咳払いしてユーザの意識を向けさせる。
「お前が何を想像してるか知らんがこの世界の人間は一言でいって滅亡寸前だ。何年も前にキンガルイスの暗躍で世界中が怪人に埋め尽くされ人間と怪人の戦争が怒った。世界の人口は爆発的に減少していき、そこでその当時の人類は付喪神を軍事利用する手段を選んだ。付喪神ってのは絶大かつ無限の可能性を秘めている。その力は怪人を押し切り形勢逆転する程にな。」
「確かに……付喪神はすげえ奴らばかりなのはその通りだ。」
ユーザが頷くとネイションは顔を背け眉を顰める。
「何とか怪人達を倒す為にキョクアの技術者達は強制的に付喪神を作り出す装置を開発した。」
「強制的に?」
「あぁ、だがこれが終わりの始まりだった。怪人の猛威に対抗する為人類は付喪神をこれでもかと作り出し戦った。おかげで怪人達は超常大陸以外の国から姿を消し、大陸に残った怪人も半分以下になり、少なくとも人類の居場所を取り戻す戦いは終わりを告げた。」
「えぇ?やったじゃん!」
だがネイションの表情はより一層曇る。
「問題はここからだ。戦いが終わった後の人類は数を大幅に減らし、戦争が起こる前から約半分になってしまった。だが付喪神は戦争が起こる前の人類の約3倍の量もいたんだ。」
「どんだけ作ったんだよ………」
ユーザは途方もない数に空いた口が塞がらなかった。
「そして、付喪神達はこう考え始めた。怪人を退け人類よりも数を増やした自分達はこの星の支配者なのではと?一方で人類は今の付喪神は戦いのために作り出したものだから今となっては不要という事で排除する事を考えていた。今度は付喪神と人間の戦争が始まったが、結果は付喪神の圧勝。それから付喪神は人間の大部分を自らの命を維持するための奴隷にした。奴隷になった人間達は生気を失い、命令に従順な道具となってしまった。」
「え?じゃあさっきの人間達は……」
「今言った通りだ、アイツらに意思はない。たとえそれを示した所で待っているのは本当の死。まぁアイツらには死の恐怖を感じ取る感情も無いがな。」
ユーザは話を聞いているだけだった疲れて膝から崩れ落ちた。とても自分達が生きている世界では想像も出来ないとんでもない事態に陥っていた事に驚きを隠せない。
懐に入ったまま話を聞いていた雅之も
(とんでもねぇトコに転生しちまった….…ディストピアだ………もうヤダ……)
生きる事を諦めかけていた。
「じゃあさ、さっき付喪神を地面に叩きつけたんだけど………ヤバい?」
「あぁ、ヤバいなんてもんじゃない。オレは見ててお前おかしくなったのかと思ったぞ。」
「そっか……あぁそうそう!オレは?この世界のオレは何してるんだ?そもそもお前はどういう立ち位置なんだ。」
ユーザが尋ねるとネイションは遠い目なった。
「オレは残りの人類の助けをしている。人類もタダじゃ転ばない。必死に抗ってる奴もいる。数は少ないがな。この世界のお前は極々一部の人間の支配ではなく人間との共存を望む付喪神を囲ってた。ただオレは怪人でお前は敵を庇ってるからな。他の奴らからは迫害されてた。」
「オレ、この世界でも………それじゃあ」
ユーザは今まで出会ってきた付喪神の名前をあげて一緒にいたかどうか聞いたが、
「ハーズとレフレイドとスライトだけ?本当に極々一部なのか。」
(でもこっちでもそいつらなのか………)
ユーザはあまりの偶然に驚く。
「オレとユーザは協力しながらいかなる罵詈雑言を浴びせかけられても人間を助け、付喪神と、さらには怪人とも共存を呼びかけていた。だが….」
ネイションの表情が変わった。そしてまた目が潤み始める。
「折れてしまったんだ。どこまでも終わりの見えない戦いにいつまでも止まないどころか過熱する差別。オレは折れてしまって、守るべき人間達を………」
「やっちまったのか?」
だがユーザは話を聞いてネイションを責める気にはとてもじゃないがなれなかった。
「築く時は大変だが崩れる時は一瞬だ。僅かながらの信頼も尽く無くなった。その中でユーザともオレの関係も拗れてな……かれこれ2年以上会ってない。」
「じゃあ仲直りすればいいんじゃないか?」
「え?」
ユーザは当然のように言う。
「話聞いてる限りお前は悪くない。むしろ一回だけの失敗で縁切ったこの世界のオレの方がアレだと思うぜ。オレも色々協力するからさ、仲直りした方が色々良いだろ?」
「その前向きな感じは変わらないな。」
「そうか?」
ネイションの顔に僅かに笑みが戻る。だがユーザは程なくしてこの世界の洗礼を受ける事となる。