黒影始末人〜法で裁けぬ罪人は闇で裁いて仕置する〜
私の名前は田中ハルミ。どこにでもいるフツーの女、みたいな?
でも、私って特別なの。だって……人を殺してるんだよね、私。
「ぎゃははははは! なにそれー!? マジウケるんだけどー!」
私はこの日も、いつもと同じように彼氏のテツオと長電話していた。なんでも、テツオは最近バイト先に入ってきた根暗なオタク野郎に焼きを入れてやったとか。
「そういうのチー牛っていうの? 趣味はアニメとゲームです、みたいな? マジきもいんだよねー!」
「あ……おいおいハルミ! テレビつけてみ?」
「テレビ〜?」
「またお前が映ってるぜ!」
テツオに言われるがままに、私はテレビをつけた。ニュース番組で特集されていたのは……私の事件だ。
『実に凄惨な事件でした』
ヒョロガリのアナウンサーが、とってつけた神妙さでそう口にする。
『同僚の女性をスコップで殴打した上に、生きたままガソリンをかけて燃やす……これほどの残虐行為でありながら、「心身喪失者の罪は裁かれない」という法律……私にはなんだか、やるせない思いがします』
「……ふん」
私はそう鼻を鳴らしてテレビを消した。スマホの向こうからテツオの笑い声が響く。
「どした? 罪悪感、感じちゃった〜?」
「んふふっ! まさかぁ!」
私が殺したのは同僚の木村マサコだ。マサコなんてカビの生えてそうな名前のくせに、木村は上司に色目を使って調子に乗っていやがった。クソ部長の言葉は、今思い出してもムカつく。
「もう少し熱心に仕事をしてもらいたいね。君も木村君を見習いたまえ」
は? 私は言われた仕事を言われた通りにしてますけど? そんな時も、木村はムカつく笑みを浮かべてやがった。
(絶対に殺す!)
その後がどうなるかなんて、私は考えてなかったのだ。
「なあ、チー牛の金で今から焼肉食わね?」
とテツオ。
「カツアゲした金で焼肉とかマジ外道じゃーん!」
「おいおい人聞きが悪いな。それに、本当の悪党はお前の方じゃん」
「うーん……そうかも!」
心身喪失、よって無罪。判決後、木村の母親が遺影を抱えて、ブサイクな顔で叫んでいたっけ。
「人でなしぃいい!! 人でなしぃいいぃぃいっ!! 地獄に堕ちろおお!! お前も同じ苦しみを、味わえええええっっ!!」
「マジ、ウケる」
私はテツオと会うために服を着替えた。
「お待たせー」
テツオの車は赤いスポーツカーだ。私は車にあんまり詳しくないんだけど、90年代に流行った有名な車だ。漫画のイニシャルなんとかにもよく出てくるって、テツオは言ってたっけ。私はいつものように、助手席に乗り込んだ。
話題はすぐに、私の事件のことになった。
「でもハルミの弁護士ってスゲーらしいな」
「あー、そうなん?」
「これまで何人もよぉ。ハルミみたく人殺しを弁護して、キチガイ判定で無罪にしてきたらしいじゃん」
「ちょっとー、キチガイはやめてよ」
私はムッとしながらも、とある女性を思い出して目を細めた。
「でも、レイちゃんは本当、よくやってくれたよ。私の話も、親身に聞いてくれてさぁ……」
北沢レイ。それが私の弁護士の名前だ。弁護士代(?)なんていくらも用意できない私のために、一生懸命がんばってくれたんだよね。
「チッ!」
「はあ?」
テツオの突然の舌打ちに、私は腹が立った。だけどテツオは、眉間にシワを寄せたまま「ちがうちがう」と首を横に振る。
「ムカつくぜ……さっきから後ろの車、めっちゃ煽ってきやがってよぉ……!」
私も身をよじって後ろをふりかえった。たしかに、黒い車がピッタリとテツオの車に張りついている。この車も、有名なスポーツカーだったはずだ。高くて手が出ないこの車を雑誌で見ながら、テツオがため息をついていたのを知っている。テツオのイラつきの原因は、それも一つあるに違いない。
「わっ!?」
車が突然揺れてビビった。後ろの黒い車がオカマを掘ったのだ。
「マジふざけんなよ!!」
もちろんテツオはブチギレだ。黒いスポーツカーが路肩に停車すると、テツオもすぐに停車し、勢いよく外へ飛び出していった。
「ちょ〜ウケる〜!」
テツオには気の毒かもしれないが、私はこのトラブルに興味津々だった。テツオはケンカが強い。地元では負け知らずである。黒い車の持ち主は、まあ当然の報いだが、テツオに引きずり出されてボコられるだろう。
「撮っとこ〜」
私も車を降りて、スマホのカメラでそれを撮影することにした。後でペケッター(SNS)にあげてもいいかもしれない。きっとウケるはずだ。
「てめぇ、マジ、何してくれてんだこらああっ!!」
テツオは開口一発、そう言って黒い車のサイドウインドウを殴った。すると、サイドウインドウが下に降りて開いていく。
「てめえ……弁償できるんだろうなぁ!? 俺の車は有名な……!?」
ここでテツオの言葉が途切れた。
「えっ、なに!?」
テツオの顔がみるみる赤紫色に変わっていく。よく見ると、その首には黒いワイヤーのような物が巻きついていた。
「マジでなに!? なんなのぉ!? テツオ!!」
ついにテツオは口から泡を吹いて倒れた。生きているのか、死んでいるのかわからない。黒い車から誰かが降りてきたのを見た私は、自分を棚に上げて、思わず叫んだ。
「ひ、人殺しいいぃ!!」
その人殺し。黒いフルフェイスヘルメットを被った女は、ボウガンを片手にこっちに近づいて来た。そう、女なのだ。やはり黒のレーシングスーツを着ているが、胸に膨らみがあるのでわかる。
「あ、痛っ!? うわっ!? ぎゃああああ!!」
私は右脚にするどい痛みを感じて悲鳴をあげた。女のボウガンから放たれた矢が突き刺さったのだ。
「嘘でしょ! 嘘でしょ!?」
まさか、殺し屋!? 私は慌てて、テツオの赤いスポーツカーの運転席へ飛び込んだ。
「もおおお!! 何なのよマジで!?」
車の免許は持っていないが、テツオの見様見真似で動かすしかない。私はガムシャラにアクセルを踏み、ギヤを入れた。
「あああああああああ!?」
その途端、車が急発進をした。幸い、道は混んでいない。なんとかハンドルを操作して逃げる私だったけれど……
「ついてくるなああああ!!」
黒い車は、後ろからピッタリと追いかけてきた。マジで……マジで私を殺すつもりなの!? アクセルを踏み込むたびに、ボウガンの矢が突き刺さった右脚から血が吹き出るのを感じるが、痛みを我慢して逃げるしかない!!
「いやあああ!?」
少しでもアクセルを緩めると、黒い車は後ろから追突してきた。ヤバイヤバイヤバイ!!
「あっ!!」
気がついた時には、私の車はT字路の突き当たりに迫っていた。曲がりきれない!!
「やめてえええええ!!」
やがて衝撃と共に、全身がバラバラになったような激痛が私を襲った。しかも、それだけではない。
「ぎゃああああああああ!!いやああああああああ!!」
車内に火がついたのだ。体を動かすことができない私は、肉が燃える苦しみにただ悶えるしかなかった。意識がだんだんと遠くなり…………
気がついたのは、白いベッドの上だった。
「うっ…………あっ…………」
全身に包帯が巻かれて、口には呼吸器が当てられている。そうか、ここは病院だ。
(私……生きてる……!)
そんな私の顔を誰かがじっと見下ろしていることに今やっと気がついた。
「こんばんは、ハルミさん。とても不運でしたね」
誰なのかはすぐにわかった。北沢レイだ。木村のクソビッチを殺した私を無罪にしてくれた弁護士の先生。
「ああ、喋らなくてもいいですよ。どうぞ、そのままで」
そうか、私を心配してお見舞いに来てくれたんだ。すっげー嬉しい。レイちゃんはスマホを取り出すと、どこかへ電話をかけた。
「どうも、こんばんは。始末人です」
(……は?)
始末人? なにそれ? レイちゃんの口から出る異様な単語に、私は首を捻りたかった。もっとも、ギブスで固定されているらしく、動かせなかったが。
「田中ハルミは半死半生の重体です。あるいは、これで十分罰を受けたということにしてもいいのですよ? ……命を奪うというなら、依頼主であるあなたもまた、田中ハルミと同様、人殺しの罪を背負うことになる」
ちょ、ちょっとなに!? 何の話をしてるの!? 私の命を奪う? ……まさか!
「……わかりました。では、そのようにします」
電話を終えたレイちゃんは、冷たい氷のような表情で私を見下ろした。その顔を見て私は確信した。さっきの殺し屋の正体は、この弁護士の、北沢レイだ。
「本当に不運でしたね、ハルミさん。あの時死んでいれば、このような恐ろしい目にあわずに済んだものを…………お察しの通り、あなたの命を狙ったのは私です」
そんな……おかしいでしょ! だって、だったら何で私を無罪に……!?
「理由を知りたいでしょうね。仮にあなたを有罪にしても、せいぜい懲役で十数年……あるいは数年で仮釈放といったところでした。それではあまりにも刑が軽い。そう考える私の依頼主のために、私はあなたの無罪を勝ちとったのです。その方がこうして……」
私の息が急に苦しくなる。レイの野郎! 呼吸器の電源を切りやがったな!?
「あなたを始末しやすいですから。では、さようなら」
待って、嘘でしょ!! 私、こんなひどい目にあう筋合いなんかないよ!! 待って!! 戻ってきて!! ああ息が……!! 息が…………!!
……………
この世の法では裁けない
罪に這い寄る黒い影
仕掛けて追い詰め始末する
闇の裁きの裏稼業
人呼んで『始末人』
ただし、その存在を証明する物は何一つ存在しない
黒影始末人 完