美味しく捌かれた牛と馬
別のお話を考えている時、ふと思いついたお話です。
このお話は思いついた時に書くので、続きは気長にお待ち下さると有り難いです。
「なあ、姫華…」
「…はい。」
「どうして正座させられているか分かるか?」
開幕早々、お説教の現場を見せてしまって、申し訳ない。
だが、これには訳があるんだ。
訳を話す前にジコ紹介をしよう。
俺の名は小野遼真。
1年前に諸事情でぽっくり逝っちまった謂わば幽霊だ。
本当なら今年から高校に入って夢の男子高校生生活が待っていたっていうのに…そうなる前に逝っちまったのが今の俺の未練だ。
…で、今俺が説教をしている相手が、幼馴染の神崎 姫華。
どういうわけか、今の俺が視えているらしい。
姫華とは幼稚園の頃からの付き合いで、家もすぐ向かいってことでよく遊んでいた。
こいつは不思議なやつで、昔からドジばかり踏む。家が金持ち故の天然なのか、はたまたただのドジなのか、それとも俺が視えているように何か感じ取れているのか分からない。
が、そのドジや天然さが心配でよく付き添っていたせいか、そのドジに振り回されるのはいつも俺だった。
今もこいつのドジのせいで、ちょっとしたアクシデントが起きちまって、それで説教をしているのだ。
「なあ、答えてみろ、姫華。今お前はどうして俺に説教を受けている?」
「…茄子を…料理したから。」
「そうだ。正確に言えば、俺の茄子まで料理したからだ。ピリッと山椒が効いた麻婆茄子にな!」
「麻婆茄子、美味しいよ?」
「うん、お前の言いたいことも分かる。麻婆茄子、美味いよな。でも……なんで今日にした?」
「…食べたかったから。」
「そうか、食べたかったからか。じゃあしょうがないな。」
生前にこいつの気分に振り回されるのに慣れちまったのか、俺は食べたかったことに関して文句を言うのは辞めた。
まあ死人に口無しって言うし、今日の献立を何にするかに関して文句は言わない。
「でもさ…いくら何でも俺の茄子まで使うことは無いだろ!?」
「ごめん…」
「仕方ない。帰りは茄子でゆっくり帰りたかったけど、胡瓜で帰るしかないか。なあ姫華、俺の胡瓜はどこにある?」
「胡瓜?えっと、胡瓜は…こんな感じにした。」
そう言って姫華は冷蔵庫からタッパーを取り出し、蓋を開ける。
中からは香ばしい糠の香りを纏った胡瓜が綺麗に切り分けられていた。
「なあ、これは…何だ?」
「糠漬け。昨日の朝漬けた。」
「うん、糠漬けなのは分かる。そうじゃなくて、俺がこっちに来る時に使った胡瓜は?」
「これ。」
そう言って、タッパーの中の糠漬け胡瓜を指さす。
どうやら俺は、帰りの牛だけでなく、行きの馬まで捌かれて美味しく調理されていたようだ。
「はあ…もう俺帰れないじゃん。」
俺は深くため息を吐く。あっちに帰る…いや、還る術を失ったからだ。
「姫華…お前、相変わらずそのドジは治ってないんだな。」
「ごめんなさい。」
俺が居なくなってもう一年経つし、少しはマシになってるかなって思っていた。
でも、実際はむしろ酷くなっている。
このままだと、俺が帰れるか以前に、こいつがちゃんと生活できるかも心配になってくる。
「仕方ない。今日からここに住み込んで、いや、ここに取り憑いてお前の面倒を見てやる。」
「…本当に?」
「どのみち今年はもう帰れないしな。それに、ここでお前のドジを治してやらないと、来年の牛も美味しく調理されそうだしな。」
こうして俺は来年の盆までの約一年間、姫華の面倒を見てやることに決めた。
こいつのドジを治して、来年こそはちゃんと彼方へ還るために…