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帝国との交渉

ヘスペレオスの町

使者として派遣されたワイバーン騎士の使者は、アトム騎士と会談していた。

「それでは、すでに土星城は卿の管理下にないといわれるか」

「ええ。ヘリック殿が空中ダンジョンを攻略し、女神ガイア様を解放していただいた時点で、彼個人に譲渡しております」

そういって、アトム騎士は土星城の所有権を証明する公文書を見せる。そこには、所有者の名前がヘリックに書き換えられていた。

「卿はそれでよいのか?」

「実際に土星城を支配しているのはヘリック殿でございます。実力で支配もできていないのに、無理に所有権を主張しても反抗されるだけでしょう。くっくっく」

アトム騎士は、おかしそうに笑う。

「ならば、彼が土星城を支配する名目が立つように書類を整え、恩を売っておくべきです。さらに娘の一人でも嫁にやれば、これからもずっと友好的な関係を結び続けることができます」

「ううむ……」

冷静な判断をするアトム騎士に、使者も考え込む。

「もし彼との和解を望むなら、私が仲介させていただきますが?」

「……いたし方あるまい。アトム騎士にお願いする」

使者はアトム騎士に頭を下げる。こうして、土星城で会談が行われることになった。



土星城に上がった使者は、ハーピー族に出迎えられる。

「ようこそいらっしゃいました。こちらにおいでください」

バーピー族の族長ボレアスに招かれて、アトム騎士と使者は何十もの巨大な竹が林立するエリアに入る。その竹は彼らの住居になっているようで、高い空中にある何十もの入口ではハーピー族が出入りしていた。

「これが卿らが新たに作られた町か?変わっておるな?」

「ええ。大地神ガイア様のおかげをもちまして、我々は快適に過ごしております。この町を「ハピネスブルグ」と名付けました」

ボレアスは誇らしそうにそう告げた。

使者とアトム騎士は、ハピネスブルグの中央にあるひときわ大きな竹の建物に案内される。

そこには正装したヘリックと、彼に付き従う二人のメイドが待っていた。

「……ようこそ来られた。私は……」

そこまで言いかけて、ヘリックは自分に何の肩書もないことに気づく。

「……ただの平民のヘリックだ」

「パルテノン帝国の使者、ワイバーン騎士ガルㇺである」

ガルㇺは帝国の威信を示そうと、胸を張って名乗る。

こうして帝国との会談が始まるのだった。


「アテナイ。私はコーヒーを頼む」

「俺も同じもので」

「はい」

アトム騎士とヘリックがそう告げると、片方の黄色い髪のメイドが頷く。

「エウロス。私はギョクロ―茶で」

「承知しました。使者様は?」

「私もそれでいい」

もう一方の黒髪ポニーテールも注文を受けて、アテナイと共に下がっていく。その姿を見送ると、ガルムはアトムとボレアスに問いかけた。

「もしかして、あの二人は?」

「はい。われらの娘でございます」

「従者としてヘリック殿に仕えさせておりますが、いずれ嫁として迎えてもらいたいものですな」

アトムとボレアスはそういって豪快に笑う。その様子を見て、ガルㇺは考え込んだ。

(ううむ……すでに二人の豪族から嫁をとっているのか。もはやヘリックとやらはただの平民とは言えぬな)

ガルムはそう思って、気を引き締めるのだった。

お茶とコーヒーが運ばれ、交渉の場が整ったところでガルムが口を開く。

「この度の騒動、皇帝陛下は誠に遺憾に思っておられる。そももそ自らの領土でもないのに、魔石目当てに土星城に兵を派遣したジュピター子爵に非がある」

まず第一に、この争いで誰が非難されるべきかを明確にする。

「当然だな。我々は一方的に攻め込まれた被害者だ」

ヘリックの言葉にうなずき、金貨の入った袋をとりだした。

「帝国はヘリック殿が出した身代金要求を、正当なものとして認め、ジュピター子爵に支払うように命じる」

ガルムが新たにとりだした一万枚の金貨を見て、ヘリックは首を振った。

「ケルセウスとジュピター子爵家の騎士たちの身代金はすでに受け取っている。だが、ハーピー族の身代金は不要だ」

「なぜだ?」

「すでにハーピー族はジュピター子爵家を離れ、わが元にいるからだ」

その言葉を聞いて、バーピー族の族長ボレアスは深くうなずいた。

「よって、身代金を支払うまでもなく、ハーピー族の姫であるエウロスは解放されている。彼女が俺の従者をしているのは、自由意志によるものだ」

それを聞いて、メイドの恰好をしているエウロスは嬉しそうに頷いた。

「……では、帝国との争いはすでに終わっているという認識でよろしいか?」

「もともと俺は帝国と争うつもりはない。敵対関係を仕掛けたのは、あくまでジュピター子爵家だ。それも身代金を支払えば終わりだ」

こうして、帝国との和解は成立するのだった。

「では次に、ハーピー族が帝国の通信使者の役目から離れた件であるが……」

ガルㇺが次の議題に話を進めると、ヘリックは首を振った。

「そちらは俺にはかかわりないことだ。族長であるボレアスと話をつけるがいい」

そういわれて、ガルㇺはボレアスの方を見る。しかし、ボレアスはゆっくりと首を振った。

「元々我々が帝国の使者を務めていたのは、元主であるジュピター子爵からの命令であった。しかし、その主から見捨てらた以上、我らは彼から離反する。当然そうなれば、帝国との関係も切れたと思っている」

そういわれて、ガルムは焦ってしまう。

「なら、改めて帝国と契約を結んでほしい」

「どうかな?我々は帝国の重要な役目を果たしながら、爵位の一つも与えられず、平民の蛮族扱いされてきた。今更新たな契約と言われてもな……」

ボレアスの発言に、ガレムは困ってしまう。そして助けをもとめるように、アトム騎士に声をかけた。

「アトム騎士。卿も帝国から叙爵されて騎士位を持つ身。なんとかボレアス殿を説得してくださらぬか?」

「……残念だが、積極的に擁護する気は起きぬ。そもそも我らドワーフも、お情けの騎士位を与えられたぐらいで、廉く土の魔石の提供を求められて搾取されてきたからな」

冷たい目を向けられ、ガルムの額に汗がにじんだ。

「だが、今後はジュピター子爵家を含む帝国に対しての土の魔石の提供は控えさせていただこう。他所に輸出するより、まずは自領の発展に使うべきだからな」

「……ぐっ」

そこまで言われて、ガルムは真っ青になる。改めて農業の肥料と通信という重要な産業を握られているのに、彼らを厚遇してこなかった帝国の不手際を後悔した。

しばらく考え込んだ末に、ガルムはヘリックに向き直る。

「……卿らの言い分はわかった。どうやらボレアス殿とアトム殿は、帝国よりヘリック殿に忠誠心が向いているようだ。ならば、改めてヘリック殿を帝国の貴族として迎え入れたい」

その提案を聞いて、ヘリックもうなずく。

「いいだろう。俺も帝国と敵対する気はない。そちらから相応の敬意を払われるのなら、忠誠を誓うこともやぶさかではない」

ヘリックはそういって、彼の提案を受け入れる。

ガルㇺはヘリックを貴族にするべく、帝国に戻って皇帝に訴えるのだった。


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