雇い主の我がまま? 応えます。10
雨が菊子に頭を下げる。
菊子は何故自分が手にドライヤーと櫛を持っているのか、その理由を改めて思い出しながら、「お願いされました」と雨に向かってお辞儀をした。
髪を乾かすってこんなに仰々しいものなのか? と菊子は思ったが、まぁ良いか、で流す。
「コンセントはどこですか?」
きょろきょろしながら菊子は言う。
ドライヤーを使う為に必要だ。
「コンセントはそこ」
雨の指さす方を見れば壁の中央に鎮座する大型テレビの隣にコンセントがあった。
コンセントは床よりもやや高い位置に付いていた。
何かおかしいなと菊子は思う。
この位置にコンセントがあるのは違う気がする、と菊子は首を傾げる。
しかし、直ぐに車椅子の雨の為か、と思い至る。
普通の家みたいにコンセントが低い位置にあれば目黒さんが使いにくいのかも知れない。
だから少し高い位置にあるんだ。
そう菊子は考えた。
この家ってバリアフリーだったり、色々目黒さんの為に考えられてるって訳だ。
ふむふむ、と一人納得の菊子だった。
「プラグの紐が伸びる所まで移動してもらえます?」
菊子がそう言うと雨が、するすると車椅子を動かしてテレビの近くに寄った。
「ありがとうございます」と菊子。
「どういたしまして」と雨。
菊子はコンセントにドライヤーのプラグを差し込み、「じゃあ、始めますから」そう言うと雨の後ろに立つ。
雨の頭を見下ろしながら、ちょっとの緊張を菊子は味わう。
「改めてよろしくお願いします」
雨が後ろを振り向いて言った。
黒い雨の髪を見つめて菊子は思う。
男の髪を乾かす、とか未経験だけどやるしかない。
ようは自分でやる時と一緒。
失敗なんてしない。
「はい」
一言言って、菊子はまず、雨が肩に掛けている青いフェイスタオルを拝借すると、雨の髪をわしゃわしゃと拭いた。
「何か乱暴」と雨が不満気に言う。
「優しくして欲しかったですか?」
菊子が訊くと、「そりゃもう」と雨。
「じゃあ、目黒さんに彼女が出来たら優しくしてもらって下さい」
そう素っ気なく言って菊子は濡れたタオルを雨の肩に掛けた。
雨が「冷たい」と声を上げる。
タオルが?
私が?
考えたが、菊子はすまし顔で雨を無視した。
次に菊子は櫛で雨の髪を梳かす。
優しくして欲しい、との事なので、今度は丁寧に。
雨は何も言わずにされるがままでいる。
何だかな、と菊子は思う。
櫛に髪が引っ掛かる事も無く、スムーズに髪が梳かされてゆく。
これくらいで良いか、と菊子は櫛をエプロンのポケットにしまう。
いよいよドライヤーの登場だ。




