雇い主の我がまま? 応えます。9
「きゃっ!」
菊子は声を上げると目を閉じて、両手で顔を覆う。
日向は急いで脱いだ服を体に当てる。
「おま……お前、何してんだ家政婦!」
焦った風で言う日向。
「ごごごご、ごめんなさい。み、見てませんから。いや、見ましたけど、見てませんから!」
こちらも焦った菊子の声。
「何だよ、その絶妙な実は見た感! 扉を閉めろ、この変態女!」
そう怒鳴る日向に菊子は、むかっと来る。
顔を覆っていた菊子の手が、すっと動く。
「はぁ? 私が変態? 心外です!」
「馬鹿! 家政婦! 目を開けるな!」
「きゃぁ! ごめんなさい!」
菊子は、ぎゅっと目を閉じる。
「良いから扉を閉めろよ」
「は、はい!」
菊子は言われるまま素早く扉を閉めた。
「あの、日向さん、私、本当に……」
しょんぼりとした声で菊子は扉越しに日向に声を掛ける。
まさか中に日向がいるなんて思ってもみなかった菊子だった。
しかも裸だなんて。
考えもして無かったのよぅ。
「……分かったから。ここに何の用だよ、あほ家政婦」
扉越しの日向の声はどこか疲れている。
菊子は心の中で、すみません、と謝る。
「あの、ドライヤーと櫛を取りに……目黒さんからここにあるって聞いて。目黒さんが髪を乾かすんで、それで」
「ドライヤーと櫛? あにきのやつ、やっと風呂上がりに髪を乾かす気になったのか。ちょっと待ってろ」
日向がそう言った後、少し間が空き、脱衣室の扉が少し開く。
その扉の隙間から日向の腕が、すっと出て来る。
手にはドライヤーと櫛を持っている。
「ほら、持ってけ」
「あ、ありがとうございます」
菊子がドライヤーと櫛を受け取ると、日向の腕が引っ込み、扉は直ぐに閉まった。
「あの、日向さん、本当に申し訳ありませんでした」
静かなる扉の前で頭を下げる菊子。
扉の向こう側からは当然の如く返事は返って来ない。
教訓。
ノックはマジで大事。
菊子は複雑な思いを抱きながら脱衣室の前を後にした。
ダイニングまでの道のりが異様に長く感じた菊子。
まるで迷路をさ迷う子羊の様。
やっとの事で辿り着いたダイニングの扉の前で菊子は日向の裸姿を頭から振り払い、扉をノックする。
ややあって、雨の、「どうぞ」と言う声が聞こえ、菊子は扉を開けた。
雨が菊子の方を向いて車椅子に座っている。
その顔は相変わらず笑顔だった。
「何だか疲れた顔をしてるな。何かあった?」
雨にそう訊かれて菊子の脳裏に再び日向の裸姿が降臨する。
菊子は夢中でそれを払いのけて「別に」と答える。
「なら良いけど。じゃあ、よろしくお願いします」




