雇い主の我がまま? 応えます。7
「じゃあ、こうしよう」
閃いた、とばかりに雨が手を打つ音が響く。
菊子は少し顔を上げて雨の方を見た。
雨と目が合って菊子は慌てて目を逸らした。
それには構わず雨は話を始めた。
「菊子の今日の給料を皿の弁償の代金として差し引くっていうのはどうだ?」
菊子の家政婦の仕事の一日の給料十万円をそのまま皿の弁償の代金にする。
菊子はすっかり顔を上げた。
「それで……目黒さんがそれで良いなら」
「うん、全然いいよ。菊子は今日の分、ただ働きになるけど大丈夫?」
「はい! それはもう大丈夫です!」
菊子は、はっきりと言った。
ただ働き上等!
菊子の体に抜けていた力が戻る。
枯れかかった草木が水を与えらえたように菊子の背筋は伸びた。
「それじゃあ、そういう事で。この件はお終い」
笑顔の雨に菊子は笑顔で、「はい」と答えた。
気持ちが落ち着いたところで菊子が改めて雨を見てみると雨の髪は濡れていた。
水も滴る良い男、と言うのか、濡れた髪の雨はどこか色気が醸し出されていた。
しかし、そんな雨に見惚れる様な付き合いでも無い菊子なのであった。
「目黒さん、髪が濡れたままですが」
菊子が指摘すると、雨が、「ああ、乾かすのが面倒でさ。じきに乾くだろうし、このまま」と答える。
菊子は顔を顰めて、「だめですよ、ちゃんと乾かさないと。湯冷めして風邪でも引いたらどうするんですか」と言う。
「大丈夫だよ。心配性だな、菊子は。今までもこれからも俺は湯上りに風邪何か引かないんだよ」と雨。
「その自信はどこから来るんですか。兎に角、乾かして下さい」
「ええー、面倒くさいな」
「面倒な事にこそ価値があるんです。濡れた髪をそのままにしておくのは良く無いって美容雑誌にも書いてありましたから。面倒くさいが祟って禿げても知りませんよ、目黒さん」
「禿げるのは嫌だな」
「でしょ! ほら、髪、乾かして!」
「なら、菊子がやってくれよ」
「え」
菊子は口を、え、の形にしたまま固まる。
そして素早く一歩後ずさった。
「ななななっ、何を言ってるんですか! そんなのだめに決まってます!」
おーっと、落ち着け、私。
菊子は直ぐに冷静さを装う。
「何で?」
ここでお決まりの雨スマイル。
「何でっていう質問が何で? 目黒さん、私の事、からかってるんですか?」
目を細め、雨を見る菊子。
「いや、全く」
そう言う雨の顔は素だった。
ほ、本気か?
この男の頭の中はどうなってる?
一体何を考えてるの?
軽く頭痛を覚える菊子。
菊子は、「そういうのは家政婦の仕事には入らないんじゃないですか? ともすればセクハラですよ」ともっともらしいことを言ってみる。
雨は、ふむ、と考え、「そうだな」と言う。




