雇い主の我がまま? 応えます。3
「女に二言は無いよな菊子?」
まるで心を読まれたかの様な台詞。
挑戦状でも送るかのような雨の視線が菊子を捉える。
菊子はその目から視線を逸らせない、いや逸らさないでいた。
ああ、何だろう。
胸が、どきどきする。
このゲーム。
ここで抜けたら、をんなが廃る。
「見くびらないで下さい」
菊子は不敵にそう言った。
「決まりだな。口約束じゃ、話しにならん。日向、紙とペンを持って来いよ」
雨に言われて日向は神妙な顔で、すぐさまダイニングスペースの戸棚の引出しの中から紙とペンを持って来た。
雨は日向が持って来た紙に何やら書き込み、そして「菊子、これにサインしろよ」と言う。
菊子は雨の側に寄って行って、紙とボールペンを受け取り、紙に書いてある文書を読んでみる。
紙にはこう書いてあった。
私、野宮菊子は目黒雨に雇われた家政婦の仕事を、音を上げて止める際は、頂いたお給料の全てを目黒雨に返す事を約束します。
念書だ。
菊子は息を呑む。
菊子の額にうっすらと汗がにじむ。
「日付も書いておいて」
雨の台詞に菊子は目を瞑り「分かりました」と答える。
菊子は目を開いて、静かに息を吸うと念書にペンを走らせる。
○○〇〇年四月一日
野宮菊子
「これで?」
菊子が念書を雨に見せると雨は、うん、と頷く。
「これは日向が持っておけよ」
そう言って雨は念書を日向に渡す。
日向は渡された念書を凝視してから四つ折りにしてパーカーの大きなポケットにしまった。
「さあ、食事の続きをしようか」
手品師の様に両手を広げて何事も無かったかの様に雨は笑ってそう言った。
菊子は一人、キッチンで夕食の片付けをしていた。
雨は今、入浴中で日向は雨の入浴を手伝っている。
食後、三人で、菊子の入れたお茶を、雨以外の二人が醸し出す気まずい空気の中飲んだ後、雨がバスルームを使うと聞いて、菊子は急いで風呂を沸かす際に壁に吹きかけたカビ除去剤を落としにバスルームへ行ったのだった。
今、家の中は、とても静かだった。
そんな静かな家のキッチンに菊子のため息の音が漏れる。
何度目かのため息だった。
疲れた顔をして食器を洗剤で泡だらけにして洗う菊子。
ふと、手を止め、「あーっ!」と菊子は頭を後ろに反らして叫ぶ。
思い出されるのは夕食の食卓での事。




