雇い主の我がまま? 応えます。2
雨に急に話を振られ、ご飯を喉に詰まらせそうになる菊子。
味噌汁と共にご飯を飲み下し、「え、いえ、まだ何とも」と答える。
「直ぐに根を上げるんじゃないのか」とサラダに箸を伸ばしながら日向が言う。
菊子の眉間に皺が寄る。
「ええ。日向さんがあんまりいびると根を上げるかも知れませんねぇ」
ホルモン焼きのキャベツに箸を突き刺し、思いっきり口に中に入れる菊子。
「なっ、悪質な姑じゃあるまいし、誰がいびるよ!」
大皿のサラダを取ろうとしながら日向が言った。
菊子が素早く大皿のサラダを取るトングに手を伸ばし、最後のトマトを攫い、「まぁ、私の勘違いでした? 申し訳ございません」と言う。
「ちょ! お前、俺のトマト!」
日向が箸を菊子に向ける。
菊子は「早い者勝ちが世の常ですわ」と言って、トマトを一口で口に入れる。
食卓に日向の、ああっ、と言う切ない声が響いた。
一瞬の静けさが食卓を満たす。
「お前、家政婦……調子に乗るのもいい加減にしろよ」
低い声で日向が言った。
「別に、調子に何か乗ってませんが。何ですか、日向さん、怒ってるんです? トマトを取られたくらいで怒ってるんですか?」
「そんな事で怒るかあほ! お前、自分の立場、わきまえろよ!」
「はぁ、私の立場は家政婦ですが」
「分かってるならもう少し大人しくしてろ!」
「あら、騒いでいるのは日向さんの方ですけど?」
「はぁ? お前、強気にしていられるのも今のうちだぞ! お前みたいにガサツで気の利かないダメな女に住み込みの家政婦何て務まるか! 絶対に音を上げるぜ!」
菊子の耳に、サァーッと自分の頭に血が上る音が聞こえた。
「それはどうかしら? なら、賭けません?」
静かにそう言った菊子の台詞を聞いて日向が眉を、ぴくりと動かす。
「賭けるって何を?」
呆気に取られた顔で日向は言う。
菊子は、すっと立ち上がり「私が仕事を辞めるか辞めないかの賭けですよ! 私が音を上げてこの仕事を辞める様な事になったら、頂いたお給金は全てお返しいたします!」と言い放った。
「お前が辞めなかったらどうするんだよ」とたじろぎながらも日向が訊くと、「お給金はきっちり私の物です。誰にも文句は言わせません!」と菊子。
「そ、そんな賭け、ば……」
馬鹿らしい、と日向が続けようとした時、くくくっ、と笑い声が小さく響いた。
その声の方へ、菊子と日向は視線を向ける。
雨だ。
雨が笑っていた。
「くくっ。面白い。いいんじゃないか、それ」
雨は実に愉快そうだった。
「目黒さん?」
「あにき?」
菊子も日向も目が点になる。
「その賭け、面白いな。俺が立会人になるからやれよ」
笑いながら雨は言う。
な、何ですってー!
ひっそりと菊子は悲鳴を上げた。
勢いで言ってしまったものの、とんでもない賭けだ。
違うのよ!
ただの勢いなのよ!
冗談でしょ?
目黒さん!




