そう言や、醤油が切れていた4
そう言って日向の顔を菊子が窺うと、日向の顔は真っ赤だった。
もしかして、照れました?
「しっかりしろよ、家政婦」
そう静かに言うと、日向は菊子のエプロンを玄関の飾り棚に置き、菊子の横をすり抜けて玄関扉から外へ出てしまった。
日向の新しい顔を見た気がして、菊子はしばらくその場でにやけていたが、雨を待たせている事を思い出し、外へ出た。
菊子が外へ出ると、雨と日向がもう門の前にいて、雨が菊子を、「おーい!」と呼んでいる。
「すみません、今行きます」
菊子は雨の下へと走る。
「そんなに急ぐと転ぶぞ菊子」
雨が言う。
「そこまでドジじゃありません」
全く、雨はいつも一言多いと菊子は心の中で不満を垂れ流す。
菊子が側まで来ると、日向が門を開ける。
開いた門から雨が車椅子を、するりと滑らせて出ると、その後に菊子が続いた。
「じゃあ、日向、行ってくるから」
「ああ、あにき、気を付けて」
日向の顔は不安そうだ。
私と二人で出掛けるのがそんなに心配ですか、と言ってやりたいのを堪えて、菊子は代わりに、日向に「日向さんは、何か買って来て欲しい物はありますか?」と訊ねた。
訊かれて、日向は少し考えた後、閃いたと言わんばかりに顔を輝かせて「醤油」と口にした。
「醤油、ですか?」
「ああ、醤油。醤油が切れていたんだ。買っといてくれ。一リットルのやつ」
「分かりました。他には?」
「他は別に良いよ」
「はい」
一リットルの醤油。
よりにもよって重たいやつか。
これは、日向さんからの挑戦状か?
「おい、何睨んでるんだよ?」
日向が怪訝な顔を菊子に向けて言う。
「別に何でもありません。行きましょう、目黒さん」
「え? ああ。じゃあな日向」
「ん、あにき。おい、家政婦、くれぐれも、しっかりな!」
「なっ。えーえー、そりゃもう、しっかり致しますとも!」
お約束の様に睨み合う二人。
雨は、やれやれと首を横に振る。
「おい、菊子、先に行くぞ!」
「え、目黒さん、ちょっと待ってください!」
もう、先へ進んでいる雨の背中を菊子は追い掛ける。
その二人の姿を、日向は複雑そうな顔をして見送った。




