メロンに始る7
「さっき、雨さんの前でお話したパーティーの事なんですけど」
そう聞いて菊子はピンと来る。
「ああ。柚李さん、目黒さんにそのパーティーに来て欲しかったんですよね」
ずばり言う菊子。
柚李は大いに動揺する。
「な、何で分かったんですか?」
焦りながら言う柚李に菊子は、「そりゃ、見れば分かりますよ」と言う。
「雨さんも分かったんでしょうか?」
心配なのか、柚李の眉間に似合わない皺が寄る。
菊子は少し考えて、「さあ。分かりません」と答える。
「そうですか……」
柚李の声が落ちた。
「取り敢えず、目黒さんに会いに来ただけでも、偉い事じゃ、ないでしょうか?」
菊子は本心からそう思う。
柚李には相当勇気が必用だったに違いない。
柚李は寂し気に笑い、「ありがとう」と言う。
「それで、そのパーティーに目黒さんが行く様に私に仕向けて欲しい、と言う訳ですね」
菊子の台詞に柚李は驚きを隠せなかった。
「ど、どうして分かるんですか」
いや、この場合、それしか無いでしょ。
とは言わず「何となく」と菊子。
「そうなんです。今回のパーティーは、有名店のシェフを呼んでのビュッフェスタイルのもので。雨さん、美味しいものが好きだから、来て下さるかなって。でも、誘えなかった……」
実に無念と言った風に柚李は言う。
「有名店って、何処です?」
思わず訊いた菊子。
「野木咲です」と、さらっと答える柚李。
「の、野木咲って、あの五つ星のレストランの?」
前のめりになり、声を高くして菊子は言う。
超、高級レストラン、野木咲。
大胆な創作料理は、ばえると好評で、おしゃれ女子のSNSでよく見かける。
知らない誰かが発信するその美食映像に菊子はいつもうっとりとしていた。
野木咲の予約は二年先まで埋まっているらしく、しかし、それは高級故に予約を取ろうとすら思わない菊子には関係の無い話だった。
「ええ。そうですけど……」
興奮気味の菊子を怪しげに見つめる柚李。
「今回、ミューズホテルのシェフと野木咲のシェフがコラボレートしてメニューを考えて下さったんです。父とミューズホテルのオーナーは友人関係にありまして。父がミューズホテルを良く利用するので、そのお礼にと、ホテルのオーナーが野木咲さんと企画して下さったんです」
「そ、そうなんですか……」
う、羨ましいパーティーだわ。
まさに贅沢三昧。
目黒さんの代わりに私が行きたい。
と、思う菊子だが、菊子には眩し過ぎる世界。
菊子から見れば雨は竜宮城に招待された様なものだ。
そして菊子が柚李に求められているのは、さしずめ、竜宮城まで浦島太郎を運ぶ亀の役割。
自分の現実を垣間見て、何だか虚しい菊子なのだった。
菊子は大人しくソファーに身を沈める。
そんな菊子に幻の様な声が掛かった。
「あの……野宮さんもいらっしゃいます?」
柚李の台詞に菊子の思考は止まる。
呼吸すら止まっている。
一瞬、何を言われたのか分からず、菊子は、「はぁ?」と言う。
「いえ、ご迷惑なら良いんですけど」
「めめめめっ、滅相もありません! え、良いの?」
「野宮さん、顔が近いです」
「ご、ごめんなさい」
知らずに柚李に詰め寄っていた菊子はすぐさま柚李から離れる。
「野宮さんが雨さんを一緒に誘って下さるんなら安心です。お願いできますか?」
「ええ、勿論! 勿論引き受けます! 私、目黒さんを引きずってでもパーティーに連れて行きます!」
ガッツポーズの菊子に柚李は引き気味だが、「ありがとうございます」と声を弾ませた。
「ところで……」
うきうき気分の菊子に柚李は声を潜めて話し掛ける。
「何でしょう?」と菊子。
もう何でも言ってちょうだい!
菊子は前のめりになって柚李の話を聞く体制を作る。
柚李は頬を赤めながら、「あの……私、実は雨さんと連絡先の交換をしていないんです」と語る。
ふむっ、と菊子は聞き手らしく頷いた。
柚李は身をよじった。
「それで、今回のパーティーをきっかけにして雨さんと連絡先の交換が出来たらな、って思ってるんですけど……」
「はい」
「勇気が出せなくて自分から雨さんに連絡先を交換して欲しい、だなんてとても言えなくて……」
「なるほど。で、私に目黒さんが柚李さんと連絡先を交換する流れを作って欲しい、と」
「……はい」
そう言って柚李はもじもじと右手を左手の手を絡めて動かす。
「任せて下さい!」
菊子は胸を拳で叩いた。
「きっと目黒さんに連絡先を交換させます!」
もう、何でもありの菊子だった。
「ありがとうございます!」
柚李は頬を赤く染めながら歓喜の声を漏らす。
「兎に角、全て任せて下さい!」
その自信は何処から湧いて来るのか。
全く不明だか菊子はやる気満々だ。
柚李が何処に隠し持っていたのか、白い封筒を菊子に差しだした。
「これ、パーティーの招待状です。一枚しか無いんですが、受付にはこれで二人で入れるように私からお願いしておきます」
菊子は柚李から封筒を受け取ると「分かりました」と言ってエプロンのポケットにそれをしまう。
菊子がポケットに招待状をしまい終えるのを見届けて、柚李は、「あの、じゃあ私パーティーの準備とかあるのでこれで」と菊子に言うとソファーから腰を浮かせた。
菊子も同じ様にしてソファーから立ち上がる。
そして柚李と共に応接間を出た。
そのまま柚李と玄関まで一緒に行く。
玄関で靴を履きながら柚李は、「あの、どうぞよろしくお願いします」と菊子に頭を下げた。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」と菊子。
菊子は家を出て門まで柚李を見送った。
最後に柚李が、「メロン、早めに召し上がって下さい」と言ったのを秒で忘れた菊子は鼻歌でも歌い出しそうな風で門を閉めて、スキップの足取りで家へと戻った。
最早、菊子の頭の中はパーティーの事でいっぱいである。
まさに能天気。
「よし、やるぞ!」
拳を天に向かって突き上げると菊子は廊下を踏み鳴らして進む。
目指すは雨の部屋だ。




