クロエ、暴走1
柚李を見送り、玄関先に戻った菊子を笑顔の雨が出迎えた。
菊子は、むすっとした顔で雨を見て「聞こえてました?」と訊ねる。
雨は「一部ね」と話す。
「その一部を聞いてどう思われました?」
意地悪のつもりで菊子は雨にそう訊いた。
菊子の問いに雨は「菊子も大変だなって思った」と答える。
菊子は、はあっ、とため息一つ。
「何だよ菊子」と雨。
「いやー、目黒さんは良いな、と思って」
嫌味を込めて菊子は言うが「何が?」と雨には通用しない。
菊子は再びため息をついて、「だって、そうやって傍観者を決め込んでいますけど目黒さんの事ですよ。もっと真剣な感じになれないですかね?」と言った。
「一応、真剣なつもりなんだけど」
そんな台詞が雨から返って来る。
「そうなんですか?」
菊子は疑わし気に目を細くして雨を見た。
雨は、心外、と言う表情をする。
「そりゃあ、見合い話なんか持ってこられたらふざけてなんかいられないよ」と雨が言う。
た、確かに。
「ですよね」
「ですよ」
「…………」
「さあ、家の中に入ろうか」
「はい」
菊子が玄関扉を開く。
雨が、開いた扉から中へと入ると、その後に菊子が続く。
家の中でクロエの笑い声が微かに聞こえる。
菊子は玄関扉を閉じながら「柚李さんとのお見合い、お断りされたんですよね。どうしてです?」と雨に訊いた。
確か柚李が、雨には柚李は勿体ないから、という理由で断られた、と聞いていた。
しかし、菊子は雨の口から理由を聞いてみたかった。
柚李は美人だし、Jフラッシュ会長の娘という折り紙付きのお嬢様だ。
そして何より雨の事が好きだ。
性格については菊子には何も言えないが雨の事を大切にしてくれるに決まっている。
結婚相手としては申し分ないはずだ。
「そんな事を聞いてどうするんだ?」との雨の問い。
どうするんだろう?
「ただの好奇心です」と菊子は答えておく。
「好奇心は猫を殺すって言うぞ」
「きゃー、怖い」
わざと震えて見せる菊子を笑って雨は「柚李さんは良いお嬢さんだと思うけど、俺には過ぎた人だし、俺なんかと結婚して柚李さんが苦労するのは目に見えてるだろ。それに、俺はまだ結婚とか考えて無いし」と言う。
「目黒さん、結婚考えて無いんだ」
言いながら、菊子は玄関の飾り棚の上に置いてあったウェットティッシュで雨の車椅子の車輪を拭く。
日向は布で拭いていたが、そんな用意を菊子はしていなかった。
クロエが来た時、さりげなく棚の上のウエットティッシュで日向が雨の車椅子の車輪を拭いていた事を思い出してやってみたのだ。
「結婚なんて、全く考えて無いな」
腰を曲げて車輪を拭く菊子を見ずに雨は言う。
「どうして?」
と訊いて菊子は、あっ、と思う。




