9. 強烈な令嬢の登場
そう言ってマルクがミカエルの返事も待たないままに部屋に入室した時には、リュシエンヌとミカエルはテーブルを挟んで向かい合わせにソファーに掛けており、お茶を飲んでいたところであった。
「……お楽しみのところ申し訳ありません」
想像した状況とは違った室内の様子に一瞬躊躇ったが、そんなマルクを押しのけてポーレットが二人の傍へと歩みを進めた。
「ミカエル様。お初にお目にかかります。クレメンティー伯爵が次女ポーレット・ド・クレメンティーと申します。実は私、『ミカエル様を応援する会』の幹部を務めていますのよ」
そう言ってポーレットはミカエルの傍へと近寄り、大きめのソファーに座るミカエルの隣に腰掛けた。
「ほう。そのような会が発足していることは知らなかったな」
紫目を細めて隣に座るポーレットを見やるミカエルに、ポーレットは自信を持って言葉を続けた。
「私はそれほどまでにミカエル様のことはずっと見守って参りました。此度は姉のリュシエンヌがマルク様のご紹介でお近づきになっているとお聞きしまして、私としては少しばかり納得がいきませんでしたのよ。だって私の方がミカエル様のことをお慕いしているのですから」
そう言って許しも得ずにミカエルの隣に座ったポーレットは、続けてミカエルの手にそっと自らの手を乗せた。
「成る程。パンザ、それでこの御令嬢をここに連れて来たのか?」
ミカエルの少し低い騎士団駐屯地での訓練中のような厳しい声音に、これはまずいとマルクは姿勢を正して大きく返事をした。
「はっ! ポーレット嬢がどうしても、と言うものですから……。自分は引き止めたのですが、強引に……」
「パンザ、お前は御令嬢一人止められないほどに非力な騎士なのか?」
美しく整った顔で、鋭い紫目を光らせてその剣の腕前はこの国一ではないかと言われる騎士団長の冷えた声音にマルクは足元が震えた。
「いえ、そのようなことはありません!」
「それでは、今この状況は好ましくないということは分かっているな? そして、お前は私の楽しい時間を邪魔したことも」
「はっ! 大変失礼いたしました! ただちに退室いたします」
そう言ってマルクはミカエルの隣に陣取るポーレットの手を引いて無理矢理立ち上がらせ、ギャアギャアと喚くポーレットを引っ張って部屋の扉の方へと向かっていった。
「ちょっと! マルク様! 私はミカエル様とまだお話ができていないわ! 痛いわね!」
「黙れ!」
「黙れですって? どういうつもりなの? ちょっと!」
二人でもみくちゃになりながらも退室していったところを、リュシエンヌは一言も言葉を発さないままに見守っていた。
「なかなかに強烈な令嬢だな」
扉が閉まった後にミカエルはフッと笑って、リュシエンヌの方へと穏やかな目を向けた。
「妹が失礼なことをして申し訳ありません」
「いや、パンザもよくあれほどまでに下衆なことができるものだ」
婚約者だけでなく、自分の愛人であるその妹までも上官に差し出して媚びへつらうとは救いようもない屑だなと、室内の一同は皆思ったのであった。