5. ろくでなし屑野郎の思惑
「パンザ、あとで騎士団長室に来てくれ」
「はっ! 承知しました!」
数日後騎士団駐屯地でマルクは騎士団長であるミカエルに呼び出された事で、先日図書館前のカフェでの出来事を思い浮かべた。
もしかしたらいたく気に入った様子であったリュシエンヌのことで話があるのかも知れないと心浮き立っていた。
「リュシエンヌはポーレットと違ってお高くとまっている女だが、騎士団長ほどの男に誘われたなら嫌な気はしないだろう。婚約者として、俺の立場の為にも少しは役立って貰わないとな」
マルクは自らがポーレットと不貞を働いているというだけあって、特にリュシエンヌに貞淑さは求めていなかった。
どちらかと言えば伯爵家の婿養子にさえなれれば、自分も好き勝手にポーレットや他の女と快楽に耽りたいし、それが出来るのであればリュシエンヌが誰と不貞を働こうが気にならなかった。
それどころか、騎士団長がリュシエンヌを求めてきた時には婚約者ならば自分の為に少しは役立てと、鼓舞して送り出すつもりであった。
「ミカエル団長。マルク・ル・パンザが参りました」
「入れ」
マルクは頬が緩むのを我慢しながら騎士団長室へと入室した。
この部屋に入る事さえ今までの自分ならばあり得ないことであったから、尚更のことこれからミカエルが話すことに期待したのである。
「パンザ、先日のリュシエンヌ嬢との語らいはとても有意義だったぞ」
「そうですか。それは良かったです」
「彼女はとても美しいし、興味深い女性だ。またリュシエンヌ嬢と語らう機会があればいいのだが……」
ほらきた、とマルクはとうとう頬を緩めた。
「ミカエル団長、実はリュシエンヌは美しく気高い女性であるが故にまだ自分とは清い関係なのです」
ここダリガード王国で婚姻前に男女が深い仲になることは市井では随分と当たり前のようになってきているが、高位貴族の中では依然として婚姻を結び初夜までは清い関係であることが多かった。
そんな中、自らは好色なマルクはどちらかと言えば市井の感覚に近いところがあり、それ故にリュシエンヌが乙女である事を強調しその貴重さを敢えて売り込んでいるのだ。
「そうか。それならばそのような女性と私が二人きりで会う事など難しいことであろうな」
ミカエルはわざと眉を寄せマルクに落胆の表情を見せた。
「いえ、もしやミカエル団長はリュシエンヌのことをお望みですか?」
「リュシエンヌ嬢は私にとっては稀有な存在で、もはや他の女性では替え難い存在になってはいるな。あのような女性を婚約者にできるなど、パンザは幸運だ」
「それならば、ミカエル団長にリュシエンヌをお貸ししますよ。ミカエル団長のような方であれば、リュシエンヌも喜んで受け入れるでしょう」
本当にこのろくでなしで屑の婚約者はリュシエンヌを自分の上官であるミカエルに平気で差し出そうとしているのだ。
そしてそれによって自分に利があるだろうと疑ってもいなかった。
「そうか。それならばリュシエンヌ嬢と会う機会をもってくれるか?」
「勿論です。お任せください」
「すまんな。私はとても嬉しいよ。パンザ」
心底嬉しそうな顔をしたミカエルを見たのは初めてで、普段は厳しい表情で騎士団を率いているミカエルがそこまでリュシエンヌにのめり込んでいるということをマルクは好都合に思った。
そして自分はこの上官に女を世話したのだと、どこか誇らしい気持ちにさえなるのであった。
さすがのろくでなし屑野郎である。




