31. 三人の心残りは
リュシエンヌは騎士団長であるミカエルの妻となって少しずつ新しい生活にも慣れてきた。
ミカエルとリュシエンヌの住む邸に使用人は最低限の者しか置いておらず、友の幽霊たちと遠慮なくリュシエンヌが過ごせるように配慮されていた。
ミカエルが騎士団に出仕している間、リュシエンヌは幽霊たちとおしゃべりをしたり家事を一緒にしたりして過ごしていた。
「ねえ、ローランは心残りがなくなって天国へ行ったでしょう? 貴方たちは天国へ行きたくはないの?」
リュシエンヌはお茶とお菓子を楽しみながらファブリス、エミール、マリアに尋ねた。
「我らの心残りをなくすことは不可能だからな」
ファブリスが困ったような表情で、傍にいたエミールとマリアと顔を見合わせた。
「そんなに? 貴方たちの心残りは一体何なの?」
リュシエンヌはこの幽霊の友たちと過ごす時間はとても楽しかったが、いつまでもこの世で彷徨っていても良いものなのかと心配でもあった。
「我の心残りは、国王であった時になお一層威厳ある王であれば良かったと(そうすれば愚かな民どもに反逆されることもなく、他国への戦争と侵略によってより国を偉大なものにできたであろう。それに貢献した我も、愚鈍で腰抜けの民どもに斬首刑によって処刑されることはなかったはずだ)」
ファブリスの言葉を聞いて、リュシエンヌは死してなおより良い国王であろうとしているファブリスに尊敬の念を抱いた。
「私の心残りは、もっともっと美しい姿を長く保ちたかったということね(美しい娘たちの生き血を飲み啜り、血の風呂に入ることを人々に知られることがなければ、魔女として火炙りになることもなかったのかしら。まだまだ続けることができていればもっと美しくあれたのに惜しいことね)」
若いうちに亡くなったマリアは気の毒だと、美しい姿でもっと生きたかったと言っているのだと思ったリュシエンヌはマリアの理不尽な死に憐憫の情を抱いた。
「僕はね、もう一度お母さんに会いたかったな(あの母親は僕が加虐性愛者だと知ると、罪を重ねる前に自分の手で終わらせようと僕を殺したんだよね。もう一度会うことができれば、そうだなぁ……どんな酷い目に合わせてやろうかな)」
まだ幼く可愛らしいエミールが何故亡くならなければならなかったのか、リュシエンヌは病死だと思い込んでいたので幼いうちに死に別れた母親に会いたいと思うことは当然だと思って胸が苦しくなった。
「我らの心残りはもはや叶えることはできんのだ。治めるべき国ももう我のものではないし、死んだ限りはこれ以上の若さを保つこともできん。会いたい者も随分前に死んだ」
「でも、天国なんか行かなくても僕らは結構この生活を気に入ってるから別に今のままで良いかな」
「そうねえ。リュシエンヌとミカエルを見守ることをローランから頼まれているしね」
三人の幽霊たちは生前非道で残虐なことをしてきた者たちであった。
本来であればミカエルに初めて会った時に祓われてもおかしくはなかったが、たまたま孤独感に苛まれていたミカエルは彼らに友になることを求め、それを彼らが了承したから赦されているに過ぎないのだ。
「そうなの。それではこれからも一緒にいられるのね。嬉しいわ」
何も知らないリュシエンヌは、彼らとこれからもずっと過ごせることを喜んだ。




