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19. どんな時もリュシエンヌのために


 伯爵からすれば、リュシエンヌの婚約破棄も、マルクの不貞も、ポーレットの裏切りも全てが驚きであった。

 しかし一番の驚きはこのミカエル・ディ・ペトラというこの国でも指折りの有名人が、不貞をされたリュシエンヌに求婚しているという事実であった。


「騎士団長殿が我が娘リュシエンヌに求婚し、そしてリュシエンヌは騎士団長殿のことを好いているということで間違いありませんか?」

「その通りです。リュシエンヌ嬢も揃って話せば良かったのですが……ひと足先に私から伯爵にきちんと話をしたかったのです」


 伯爵はこのミカエル・ディ・ペトラという男が本気でリュシエンヌのことを望んでいるのだということは理解した。

 リュシエンヌにとっても、マルクのような不埒な輩と婚約を続けても幸せにはなれぬだろうということも。


「騎士団長殿、リュシエンヌは私が愛した妻の忘れ形見なのです。必ず、大切にしていただけますか?」

「必ず。ミカエル・ディ・ペトラの名にかけてお約束いたします」


 伯爵はリュシエンヌにはこの伯爵家を継がせ、婿を取ってずっと家に居てもらいたいと思っていたが、それはこの騎士団長と婚姻を結べば叶わぬことだと分かっていた。

 しかし娘のことを考えれば、もはや答えは決まっていた。


「リュシエンヌをよろしくお願い申し上げます」


 伯爵はこの頼もしい騎士団長に娘を託すことを決めた。


「お父様! ミカエル様!」


 そこに珍しく声を張り上げたリュシエンヌが飛び込んできた。

 リュシエンヌはローランからミカエルが伯爵邸にいるということを聞いて急ぎサロンへと向かったのだった。


「リュシエンヌ。お前の苦悩に気づいてやれなくて本当にすまなかった。これからは安心して、騎士団長殿と幸せになりなさい」

「ミカエル様……?」


 婚約破棄の書類がここにあることを知らなかったリュシエンヌは、ミカエルに目を向けた。


「パンザから婚約破棄の書類にサインを貰った。今からこれを提出に行かないか? そしてリュシエンヌ嬢さえ良ければ、すぐに私との婚約を申請して欲しい」


 リュシエンヌはミカエルが、伯爵にきちんと話をしてくれたことに感謝した。

 ミカエルのことは愛していたが、まだ婚約破棄をしていない状況でこのような気持ちを持つことは、マルクとうまくいっていると信じる伯爵を裏切っているような気がして後ろめたかったことも事実であった。


「ありがとうございます。ミカエル様」


 その時ローランはサロンの片隅で控えつつ、目尻に涙を溜めて満足気に頷きながら微笑んでいた。




 そうして伯爵邸をあとにしたリュシエンヌとミカエルは婚約破棄と新たな婚約の申請を行いに、教会へ公爵家の馬車で出かけて行った。


「お父様! 先ほどミカエル様が来てたって本当なの?」

「ポーレット……」

「もう! どうして教えてくださらなかったの? 私がミカエル様のことをお慕いしているってご存知でしょう」

「お前、マルク殿と不貞を働いていたのか?」


 伯爵は常には邸におらず、ポーレットがマルクを部屋に呼び入れた時も不在だったから、まさか露呈するとは思わなかった為にひどく驚いて言葉をなくした。


「リュシエンヌが喋ったのね」

「何だと?」

「あの阿婆擦れがお父様に告げ口したんでしょう? 自分の婚約者を私に寝取られたからって腹いせに。本当に嫌な女だわ」


 ポーレットは自分が伯爵に娘としてとても愛されていると思っていた。

 何故なら伯爵は実の娘であるリュシエンヌと同じようにポーレットにも金銭を使ってくれたし、会えばとても優しくしてくれたからだ。


「それでは事実だと認めるんだな?」

「ええ、それはそうね。でもお父様、あの女ったら酷いのよ。私がミカエル様のことを慕っていると知りながらミカエル様を籠絡したのよ。仕返しというわけね。ひどいと思わない?」


 ポーレットは母親からもあまり深い愛情を与えてもらっていなかった。

 母の再婚によりできたこの父親は、実の娘と同じに金銭を使い、会えば笑顔で優しくしてくれる。

 だから()()()()()なのだと信じて疑わなかった。


「ミカエル騎士団長殿はリュシエンヌと婚約を結んだ。これから二人は誰よりも幸せになるだろう」

「何ですって! リュシエンヌは()()()鹿()と婚約を結んでいたじゃない!」

「お前が不貞を働いたから、リュシエンヌとマルクは婚約破棄をしたんだよ。そしてミカエル騎士団長殿と新たに婚約を結び直すことになった」

「そんなこと許されないわ!」


 話が通じず、ただひたすらにギャーギャーと喚くポーレットを見て、伯爵はリュシエンヌの気苦労を知った。



 

 

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