マシロの異能力
「構いませんよね、カンベエさん?」
薄ら笑いを浮かべ、首だけを斜め後ろに向け、上司に了解を得る。我欲の為なら仲間をも手に掛けますよ、と。
相変わらず胡座をかいたまま、頬杖をついた黒豹の獣人は、念を押す。好きにすればいいが仕事を忘れるなよ、と。
「あぁ、いいんじゃねぇか、だが、おじょうちゃんは殺すなよ。」
「わかってますよ、すぐに終わらせます。」
氷の刃の刃を削ぎ落とし、棒状にする、それを左右二刀流で一気に距離を詰める、迎え撃つのはギンジの前に立つエミリー。
「兄貴は休んでて!」
エミリーも前に出るが、ノウマの左手から繰り出される連続突きを後ろに退きながらかわす。最後の一突きがかわしきれず払いのけようとするも、受けた左手に氷が絡み付く。
ノウマは悦に入った笑みを浮かべ、思い切り引っ張り背後に回る。
「お・や・す・み。」
つんのめって無防備にさらけ出すエミリーの頸椎に、昏倒させる為の一撃を加え、すぐさま飛んできた銃弾を払い落とす。立ち上がったギンジが銃口を向けていた。
休んでられるか、出し惜しみしてたらここで終わる。撃っても捌かれるだろうが、とにかく前へ出る。
「効かないよ、そんなもん!」
二双の棒を刃に変え、当たり前のように弾く。
効かないものなのか?異能力者や獣人の反射神経というものは、それほど発達するものなのか?
力が足りない、欲しい。
一縷の望みに向けて拳銃を投げ捨て、腰の後ろに携えた二双のナイフを順手に構える、致命傷を狙うが当たらない、左脇腹の痛みがギンジの調子を鈍くしていた。
右手のナイフが凍らされたのを好機と見て、右腕の仕込み銃でノウマの心臓目掛けて撃つが外れた、いや、外された。
ギンジの右肩と左太ももには氷柱が刺さっていた。再び、跪く。
ノウマは氷の刃でギンジの左手のナイフを弾き、切っ先を額に合わせる。
「危ないなぁ、クソババァのお膳立てが無かったら撃ち殺されてたよ。」
最大級に歪んだ笑みを浮かべ、氷の刃を振り上げる。
「死ねぇ!」
振り下ろされる刃をかわせない。しかたない、左腕を諦めるか、あと一撃、靴の暗器を当てたい。
死角から僅かに感じる気配に反応するノウマは、銃声音より速く、振り下ろす氷の刃を防御にまわす。
「な?まだ起き上がれないはず。」
ギンジが捨てた拳銃を拾い、構えるエミリー。
昏倒させる為に与えた一撃は、即座に銃弾を捌いていた為、威力が甘かった。
この隙を見逃すギンジではない、しゃがんだ状態で靴の爪先をノウマの足に当てる。
触れた程度のローキックに苦悶の表情を浮かべる。なぜなら、ブーツの先端に仕込まれていた針は、太ももに刺さったまま、ノウマは片足を引きずり後退する。
慌てて針を抜くも、痺れから立っているがやっとな状態。
「嘘だ、俺が・・こんな所で・・・」
「おめぇも爪が甘ぇよなぁ、ノウマよ。」
いつの間にか、ノウマの真後ろに立っていた黒豹の獣人に対して、ひきつった笑みを浮かべ、懇願する。
「カ、カンベエさん・・助け・・」
「あぁ良いぜぇ、かわいい部下の頼みだ。」
カンベエは指先に力を込め、鉤爪を鋭く伸ばし、ノウマの首を刎ねる。
「残念、なかなか居ねえもんだな、人材不足ってやつだ。」
ギンジは意地で立ち上がり徒手で構えながら、エミリーは少しずつギンジに寄りつつ拳銃を黒豹の獣人に向けながら、その奥にある軽トラックに目をやる、ひしゃげた運転席の中の様子は窺えない。
「マシロ・・・」
「マシロは必ず生きてる、こいつを倒して三人で帰るぞ。」
後方でずっと一定の距離を置き、陣形を組んでいた洋館側の護衛集団がザワザワしだした。
護衛に守られながら、洋館の主、ドレイクと秘書のカトリが出てきた。
男の方がイライラした面持ちでカンベエを問い質す。
「全く、任せろと言うから任せてみたら、何を遊んでいるんですか?さっさと終わらせて下さい!」
黒豹の獣人カンベエはドレイクの言葉をなだめつつ、左手親指を立てた状態で後ろを、軽トラックを指差し嘲笑う。
「まぁ待ってくれよ、ドレイクの旦那、もうちょっと楽しませてくれ、久々なんだよ。それに、そろそろ花火が上がりそうだぜ。」
花火という単語にギンジとエミリーが軽トラックに視線を向け直す。
突然、軽トラックが爆発し、黒い煙を上げ、炎上する。
「ハッハッハッハ、どうする?燃えカスを助けたかったら俺を・・」
煽るカンベエの言葉を遮り、エミリーはありったけの銃弾を撃ち込む、ギンジは激痛を忘れたかのようにカンベエに突撃し、素手で挑む。
必要な銃弾だけをかわし、あえてギンジの格闘技に付き合う、背丈はそれほど変わらない。
「いいねぇ、獣人でも無いのに速えじゃねえか、面白くなってきたぜぇ。」
さらに速くなる黒豹の獣人カンベエに、直感的反応で食らいつくも、かわしきれない鋭利な爪がギンジの黒服を赤く染める。さらに、強烈な左回し蹴りがギンジの右腕に直撃する。
「おらよ!もっと全力で来いよ!」
仕込み銃ごと右前腕部に衝撃が走る、よろけるギンジの隙間を縫うようにエミリーが割って入り応戦する、牙と爪が伸び『ケモノ化』しても、いま一歩及ばず、喉を掴まれ、ぶん投げられる。
「おめえは、大人しくしとけよ、おじょうちゃん。」
エミリーは受け身も取れず、守衛室の壁に叩き付けられ、人の姿に戻る。
ギンジは動かない右腕をそのままに、左手でベルトのバックルから小型ナイフを持ち、低い姿勢から深く踏み込み、切りつける。
脛を狙ったが、スーツに切れ目が入るだけ、喉を突こうとするも手首を掴まれ、ぶん投げられ、地面に叩き付けられる。
マウントを取られ、左腕を押さえ付けられるだけで、身動きがとれなくなる、それでも策があると思わせる目がカンベエは気に入らない。
「生意気な目ぇしてやがんなぁ。まだ勝てると思ってやがる。」
指先に力を込め、鋭く伸ばした黒豹の爪がギンジの右目を抉る。
激痛を噛み殺す。
勝てない、ここが俺の限界なのか。
「もう片目もいっとくか?あぁん!」
勢いに身を任せていたカンベエだったが、不意に暴虐の表情を止め、その場を跳び退く、すぐさま、その空間に弾丸がすり抜ける。
カンベエが目を見開き驚く。
「なんで生きてんだ、おめぇ?」
アサルトライフルを構え、あちこち傷や火傷を負ったマシロが立っていた。
まだ燃えるジャケットと弾切れのアサルトライフルを捨て、起き上がれないギンジを庇うように立つ。氷柱を両腕で受け止めたせいか、前腕から血が滴っている。
「少し、火に耐性があるだけだ。」
火への耐性だけではない、ギンジにも伝える事が出来なかった忌まわしい異能力の使い方も記憶に刻まれている。
マシロは周囲を確認する、動かないエミリーと立てないギンジ。目の前の黒豹の獣人がいる限り、二人を抱えて正門から帰れるわけがない、かといって、倒せた所で、奥に居る集団が黙って見ているわけがない。
圧倒的な数と暴力に成す術がない。
ひとつを除いて・・・
俺は二人が好きだ。
エミリーは娘みたいだ。
たった4年くらいだったけど、元気に真っ直ぐ育ってくれた。銀狼で異国の女の子というだけで、こんな危険な目に遭わなければいけないなんて、許さない。
あにきは憧れの存在だ。
目的を決めたなら、どんな困難な道だろうが突き進む信念を持った人だ。異能力を持たざる者が、力の極みを目指した時、きっと誰よりも強く、高く、自由に飛べる。
俺は二人が大好きだ。
マシロの決意を軽くあしらうカンベエは手のひらを天に向け、呆れたように嗤う。
「いやぁ生きてるとこ悪ぃが、そろそろ片付けねぇと旦那に叱られるんでねぇ、おとなしく逝っとけ!」
獲物を狩る肉食獣が如く、ただ真っ直ぐ懐に入り込む、分かっていても避けれない、せめて一撃で殺されないように、喉と心臓を両手で守る。
カンベエは右手の指先に力を込め、爪を硬く鋭く尖らせ、マシロの腹部を貫通させる。
マシロは吐血し、貫かれたまま、カンベエの右腕を掴んで離さない。
「離せよ、んなことしても勝てるわけねえだろ!」
自由な左手でどんなに打撃を与えても、マシロは怯まない。
「マシロ、無理をするな、俺が、どうにか・・・」
ギンジは立とうにも立ち上がれず、片膝立ちから動けない、気が付いたエミリーはマシロの方へ近寄ろうとする。
「来ちゃだめだ!あにきの側に居て・・・そこなら大丈夫なはず。俺の異能力は、これしか使えない。」
二人ともマシロが何をするのか分からないが、最悪の不安がよぎる。
「やめろ!マシロ、使うな!」
これが盤上を覆す一手なのか、これしかないのか。
「やめてよ!私を捕まえたいなら好きにしていいからさ!」
「だめだ!こんな奴らに、もう何も、奪わせない!」
握力が増し、カンベエの右腕の骨が軋む、初めて苦痛に顔がゆがむ。
「エミリー、しっかり生きて、ちゃんと幸せになってよ。」
「あにき、あにきには、あにきにしか歩けない、あにきの道があるっスよ。」
マシロは最期に一度だけ振り向き、笑った。
マシロはカンベエの拘束を解き、胸の前で大きなボールを持つような格好で異能力を生成する、ようやく解放されたカンベエは苛立ちを隠すことなく、心臓めがけて右腕を振りかぶる。
「とっとと死んどけ、デカブツが!」
心臓を貫こうとした右腕は、マシロが出現させた小さな赤い太陽によって燃え熔ける。
「はぁ?なんじゃぁこりゃ?」
消え去った右腕を見つめ呆気にとられるカンベエ。
ほうほうの体で逃げようとする護衛集団。
棒立ちのままのドレイクに、身を呈し庇うカトリ。
マシロの背中を見つめるギンジとエミリー。
全てが光に包まれる。
深夜未明、大爆発が発生し、山の麓に鎮座した古い洋館は瓦礫と化した。




