ギンジとエミリー
「やっぱりエミリーか?」
「兄貴?」
エミリーは蹴り飛ばした椅子を目眩ましにそのまま駆け抜けようとしたが、体ごと抱き留められる、至近距離で見つめ合うもあわてて離れ、心拍数を戻しつつ思いを伝えようとする。
「あ、あのさ、言いたい事があるんだけど。」
「こっちもあるが、まずはここを脱出してからだ、外でマシロに囮になってもらってる。」
それもそうだわ、こんな所にいつまでも居たくないし、それにしても手錠が邪魔すぎる。
「これ、どうにかなんないかな、動きづらくって。」
「ん?まぁ、なんとかなるだろう?」
ひとしきり手錠の構造を確認して、拳銃で錠の部分を撃った、エミリーの小さな悲鳴は銃声にかき消され、拘束は外れた。
「あっぶないなぁ、怪我したらどうすんのよ!」
「外れたんだからいいだろう、行くぞ。」
ギンジはトランシーバーでマシロに、洋館の東側から脱出する旨を伝えると、エントランス側の扉から拳銃を持った護衛が一人、銃声に釣られてやってきた。
先に動いたエミリーに照準が向く、一直線に護衛に突っ込むエミリーに発砲するが、見て避ける半獣人の銀狼に手も足も出ない。
懐に潜り込んだエミリーは護衛の顎めがけて拳を思い切り突き上げる。
エミリーからすると、朝から災難続きだった、狂人から猟奇的な話を聞き、凄惨な手術室を見て、過去のトラウマには打ち勝ったものの、黒豹の獣人に殴られ、七三眼鏡に踏みつけられ、やっと一矢報いた気がする。
「ふぅ、すっきりしたっ!」
まだ物足りないが鬱憤は晴らした。
「なんだ、銃声が聞こえたぞ!」
「食堂だ!急げ!」
合計二発の銃声が騒ぎを大きくする。
エントランスからもギンジが割って入った窓からも侵入してくる、多勢に無勢からギンジの陰に隠れ、おろおろしだすエミリー。
「やっばい、兄貴、どうしよ?」
「窓の方に走れ!マシロが迎えにきてるはずだ!」
ギンジは流れるような動きで東側の窓ガラスを拳銃で撃ち割り、エミリーを先に誘導し、侵入する護衛どもを狙い撃つ。
エミリーのように避ける奴、異能力で相殺する奴が居る、いままでとは一味違う幹部候補生が出てきた。
目的は達成している、いちいち相手にしていられない、足止めに弾を撃ち尽くし、エミリーの跡を追う。
なぜか、幹部候補生達は深追いしてこない、詰め将棋みたいに脱出経路が制限されていくような気がする。
ギンジが外へ出ると同時に、マシロの軽トラックが後輪を滑らし豪快に出迎えてくれた。
二人の姿を見て、ずっと緊迫した状況だったマシロに、ようやく笑みがこぼれる。
「やぁ、おかえり、エミリー。」
「ただいま、もう踏んだり蹴ったりだよぅ、早く帰ろ!」
「よく持ち堪えてくれたな、急ごう。」
一夜にしてボロボロになった軽トラックの荷台にギンジとエミリーは飛び乗る。
「オッケー、ぶっ飛ばすから、二人ともしっかり掴まっててよ!」
アクセル全開で門扉まで向かう、洋館から出てくる幹部候補生達は、大雑把に陣形を整えるだけでゆっくり詰め寄ってくる。
荷台で弾を込めていたギンジがいち早く門近くの存在に気付く。
「居やがったか。」
挟み撃ち、洋館側の護衛集団と守衛室を陣取る三人。
守衛室の屋上で茶色いスーツを着崩し、仁王立ちをする黒豹の獣人とその両隣にスーツ姿の男女が一人ずつ。
ひとりはエミリーを拐った時に居た氷使いの男。小柄でぶかぶかの青いスーツを着ている、能面のように無表情な顔でこちらを観察している。
もうひとりは、すらりと長い手足でパンツスタイルの赤いスーツ姿、同じく真っ赤な口紅とやや濃い化粧の女、長い前髪を掻き上げ、挑発的な笑みを浮かべ、中指を立てる。
それが異能力の発動条件なのだろう、ギンジが拳銃を向けるより速く、前方の地面が迫り上がり、円柱形の土の塊が生成される、マシロは方向転換を余儀なくされ、荷台は激しく揺れる。
軽トラックはバランスを崩し横転しかけるも、マシロのハンドル捌きでなんとか持ち直す。
今度は無表情の男が両手を前に出して異能力を発動、数本の氷柱が運転席を直撃する。
「「マシロッ!」」
荷台にしがみつくしか出来ないまま、二人はマシロを案ずるが、軽トラックはブレーキも効かせず守衛室とは反対側の門柱に衝突する。
衝撃で吹き飛ばされる、二人はかろうじて受け身を取り、マシロの方へ駆け付けようとするが、氷と土の異能力が二人の距離を遠ざける、無表情の男と厚化粧の女が間に立ち、邪魔をする。
膠着状態。
炎上こそしなかったものの時間の問題、マシロはまだ出てこない。洋館からの護衛集団も近寄ってこない。
口火を切ったのは仁王立ちから、ゆっくり胡座をかく黒豹の獣人の発言。
「おじょうちゃんとこに鍵を置いたのは俺だよ、楽しかったろ?無事に助けられて仲良く帰ろうってよぉ。無理だよなぁ、コイツらには死んでもらう、絶望すりゃ、諦めも付くだろ?」
「ノウマ、カオリ。古株が死んで久しいところだ、旦那にゃあとで話付けといてやる。昇進試験と行こうか、コイツを殺したやつが幹部だ!」
能面の男が初めて欲に顔を歪ませるが、赤い女の自己主張が強い。
「ノウマ、手を出すんじゃないよ、アタシが先だ!」
異能力という名の物体が地面の中を魚雷のように走り、土の槍が斜めに飛び出しギンジを貫こうとする、それを仰け反りかわし拳銃を構える。だが、撃てない、立て続けに迫り来る土の槍に対し、転がりながら避けるしかない。
『コイツを殺したやつが幹部だ!』ということは、幹部になれるのは一人だけ、共闘して来ないだけマシか。
「兄貴!」
「小娘はウロチョロすんな!」
カオリは挑発的に中指を立てると、垂直に飛び出す数本の円柱形の土がエミリーの行く手を阻む。
一瞬の隙にギンジは発砲するが、空中で土の塊を生成し、銃弾を弾く。
「甘いよ、色男。こういうのはどうだい?」
物体は地面を魚雷のように進むが、途中で止まった。なんの変化もなかったが、エミリーにはギンジの後ろの地面が動くのが見えた。
「兄貴、後ろ!」
背後から突き出る土の槍がギンジの左脇腹を抉る、黒いジャケットが血で滲む、避けてなければ背中から貫かれ、死んでいた。
「くそっ、小娘が、余計な事を!」
確実に殺せる手だったはずなのに、邪魔された事にイライラし、今度は土の槍でエミリーを脅す。
「カオリィ、商品なんだから殺すなよぉ。」
黒豹の獣人が茶々をいれるが、未だ動けずに居る標的を見て、カオリは気にせず勝ち名乗りを挙げる。
「これで、私が幹部だ!」
前髪を掻き上げ、中指を立てた時、氷の刃が胸から生えていた。
赤い唇から赤い血を流し、赤いスーツを赤く染める。
油断した、敵は目の前だけではなかった。振り向かなくても分かる、きっと欲に歪んだ顔をして嗤ってる・・・くそがっ・・・
エミリーは、立ち上がれないギンジの所に駆け寄ると同時に赤いスーツの女が膝から崩れ落ちる、残った者は小柄な男。
赤く染まった青白い氷の刃を右手に持ち、不気味な笑みを浮かべる青いスーツの男。
「お膳立てご苦労様です、クソババァ。」




