エミリー救出作戦
付いてきてよ、と言うクルンドの跡を追うギンジとマシロはそのまま裏口に戻り、表玄関から靴を履き、外に誘われる。
至って平和な地区なんだろう、クルンドの顔の傷を気にする者もなく、家から数件離れた所の狭いガレージのシャッターを開け、手探りで蛍光灯のスイッチを付ける。
面積の殆んどを占めるのは、ガソリンタイプの古い軽トラック、幌シートの無いシンプルなタイプの荷台に拳銃やライフルが無造作に置かれている。クルンドはガレージの角に置いてあるポリバケツをひっくり返すと、ゴロゴロと丸い物がたくさん出てくる。
「じゃじゃーん!これが手榴弾、ピンを抜いて3秒で爆発するからね、これをプレゼントしよう、死なれても困るんだけど、おいらは戦闘向きじゃないし興味もないから、あとはまかせるよ、好きにしていいよぅ。」
マシロはクルンドの大盤振る舞いにびっくりする。
「これ、全部使っていいの?軽トラックも?」
クルンドはニヤッとして、軽トラックの奥のビニルシートに覆われていたものを引き剥がす。
「おいらにはこれがある、こいつで城下町まで行くよぅ、あとは魔女んとこにやっかいになる予定だし、あっちの研究所使えるようにしないといけないし、忙しいんだよぅ。」
型は古いが異能力で動くタイプに改造してある青と黒の大型バイク、かなり前傾姿勢になって乗るタイプの本格派。
ギンジは、壁に掛かった手のひらサイズの黒い物体に興味を示した。
「これは、小型通信機か?使えるのか?」
「使えると思うよ、トランシーバーってやつだよ、あんまり有効範囲広くないからね、あとは、洋館についてだね。」
クルンドから洋館までの道のりや広さを教わった、ただ洋館の内部までは知らないらしい。
「入ってみないとわからんか。」
真っ向勝負をしても勝算は低い、数もそうだし、特にあの黒豹の獣人が居るだけで戦況が悪化する。
頭の中で将棋盤が思い浮かぶ、『金』と『銀』だけで敵陣に埋もれた『桂馬』を助けに行かなければならない、相手の悪手は期待出来ない。盤上を覆す程の何かがなければ、全てを失う。
目的はエミリーの奪還。
大雑把に言えば、一人が洋館に侵入し、囚われているエミリーの救出、もう一人が車で陽動、あとはトランシーバーで臨機応変に対応していこうか。
「おおまか決まったみたいだね、じゃあおいらは行くよ、あぁそうだ・・・」
「おいらには技術がある、そして、魔女には財力がある、だから別においら達だけでも面白実験は出来るんだよ、でも、もうひとつ欲しいんだ、必ず来てよ!」
クルンドはフルフェイスのメットを被り、颯爽と大型バイクに跨がって行ってしまった。
準備をし尽くした結果、深夜の決行となった救出作戦。
洋館に向けて軽トラックを走らせる、近付き過ぎると警戒される、遠すぎると瞬発力に欠ける、そんな絶妙な距離感に車を停める。
鉄のフェンスの外側では銃を持った護衛が巡回している、門扉に二人、守衛室に一人、庭にも数人が護衛に着いている、黒豹の獣人カンベエの指揮のもと、いつもより護衛の数が多い事をギンジ達は知る由もない。
ギンジは護衛に見つからないように、東側から大きく迂回して敷地の裏手に辿り着いた、拳銃は使わない、存在を公にしたくない、目ざとい護衛をナイフで排除し、フェンスを乗り越え、洋館の北側まで来て考える。
まだ『歩』を一枚取ったに過ぎない。
オレンジ色に灯るシャンデリアがある室内の様子を探る、確実に二人は居る、瞬殺しなければバレる、どうせバレるなら。
「マシロ、聞こえるか?」
「聞こえますよ。どーぞー。」
「オーケー、派手にやってくれ、だが、くれぐれも死ぬなよ。」
「わかってるっスよ、帰る時は三人で。」
久しぶりに、マシロ流敬語を聞いた気がする、少し安心した。
一方、トランシーバーの通信範囲内に隠れていたマシロは、急いで軽トラックの方へ走る。
さーて、あにきのお墨付きを貰ったんで派手に行くっスよー!
エンジンを吹かし、洋館目指して突っ走る軽トラック。
ダラダラと警護をしていた門番は、激しいエンジン音とともに襲い来る軽トラックを止めれるはずもなく。
門扉をぶち破り、なおも庭中を走らせながら、手榴弾の安全ピンを歯ではずし、護衛に向けて放り投げ、出来るだけ騒ぎを大きくする。
銃弾やあらゆる異能力が飛んでくる、フロントガラスはとっくに割られて風通しが良い、それでもまだ、軽トラックは動いてくれている、マシロの目的は出来るかぎり騒いで、アサルトライフルや手榴弾で護衛の数を減らす陽動と減殺。
エミリーを拐ったジープが停めてあったので、それにも手榴弾を放り投げ、敵の足を奪う。
ハンドルを捌きながら、横転しないように蛇行運転、時にアサルトライフル、時に手榴弾を使い分ける。
予定通り、寝耳に水を掛けられた護衛達が洋館から怒声混じりに飛び出してきた。
これで洋館は手薄になったはず、あにき、頼んだよ。
ギンジは騒ぎに乗じて、無人になった食堂らしき部屋の窓ガラスをかち割り中に入る。
獣の狩り場に入ったように神経が研ぎ澄まされる感覚、すぐにでも黒豹の獣人が居てもおかしくない。
だが、居たのは、なんともやんちゃな『桂馬』だった。




