エミリーのリ・ベンジ
敵愾心:相手に対して、怒り憤り、争う意気込み。
だったかな?
あの日から7年目の初秋。
三人は東の都にたどり着いた。
世界が一変した日以降、国として機能しなくなった事で、地方は大小様々なコミュニティで今まで成り立っていたが、この場所は違った。
かつて、国を治めていた王があの日に突然崩御され、右も左もわからないまま、王后アコ様と王に遣えた者達が民衆をまとめ、堀に囲まれた皇居を中心に広大なコミュニティを維持した。
科学力に異能力が加わった技術が発達し、異能力を電動機に変換する装置が開発され、少しずつ車が動き出した。さらに電波の復旧、物々交換が主流だったが貨幣の流通、医療、軍事力、建築、その他、得意な者が得意な分野で真価を発揮した。
貨幣が流通し、物の価値が定められたものの、やはり貧富の差が出るのは、致し方ない。
三人とも貨幣は持っていなかったが、着れなくなった異国の服や山で狩った野獣の牙や皮が意外と高く売れた。
マシロはポケットがいっぱい付いた深緑色のズボンとジャケットを着ている。アサルトライフルは大きなリュックでも銃身が出てる。
兄貴は黒を基調にした服装が好きみたい、どこに隠し持っているのか、拳銃やナイフ、それ以外にいくつか暗器を装備している。
私もあまり目立たないよう紺色のシャツと黒の膝丈のズボン、丈は短くなったけど父から貰った茶色のフード付きコートを被っている。
目的の狂人探しの一番の手掛かりは、軍事駐屯地本部なのに行きたくないらしいので、近隣の噂をたよりに、都の東部の端っこ、背景と同化したような普通の長屋の玄関の引き戸を叩いた。
太陽はまだ高い所にあるが、最近は陽が沈むのが早い。
「すいませーん、誰かいますかー?」
遠くからおばちゃんの声がする。
「はいはい、今開けますからねぇ。」
普通だわ。
「あら、どちら様かしら?」
扉を横にスライドさせて、口に手を当てながら出てきた。モジャモジャした髪型のおばちゃん。
兄貴がおばちゃんの顔を見るなりナイフを抜き、おばちゃんを刺そうとした。
おばちゃんは後ろに避けようとして、仰向けに転んだ。
「あにき、危ないっスよ。」
「兄貴、何すんのよ。」
ほぼ同時にマシロと私が兄貴を非難したが、悪びれる様子がない、気でも狂ったの?おばちゃん大丈夫かな。
「おばちゃん、大丈夫です・・か?」
「いたたた、ひどいなぁ。」
おばちゃんの声が低くなったのと、顔が・・・ずれてる?
「あれ、ずれちゃった?まぁバレてたんじゃ仕方ない。」
モジャモジャのカツラを外して、ぺりぺりと下顎からマスクを剥がした、美形だが顔に大きなバツの傷があったので、思わず聞いてみた。
「顔の傷、大丈夫なんですか?」
「あぁこれかい?数年前に自分で付けたんだ。親が、やれ立派になれだの、強くなれだの、おいらにだってやりたい事いっぱいあるんだよぅ?だから・・・」
狂人は続けて人差し指で傷をなぞりながら説明してくれた、ちょっと引いた。
「そしたら、勘当してくれたんで、おいらの思想とか前から知ってる人が出資してくれてね、色々実験してるんだけど、でもバレてたか。」
「顔の筋肉が死んでる、口が動かないのを手で隠していたな、仮面か、それとも・・・。」
言わないようにしたのは兄貴の私に対する配慮なんだろうけど。
狂人は狂人だった。
「正解せいかーい!人の顔をうすーく剥いで乾かしたんだ、意外と難しいんだよ?死ぬと鮮度が落ちて剥ぎにく・・・」
生々しく想像した私はそこで気を失った。薄れゆく意識の中、心配するマシロの声がする。
目を覚ますと、ベッドで寝かされていた、マシロに運ばれたような気がする。
そのまま、ベッドに寝転んだ状態で考える。
兄貴には直接聞いてないが、兄貴の目標は力の極致。あの日に殆どの人が異能力に目覚めたか、人と動物が混じる人種になったのに、兄貴に変化はない。
力を求める為に他の人を犠牲にするのなら、きっと私は兄貴を止める。
フードを持って、ベッドから立ち上がり、部屋に戻ろうと歩いた時、床の軋み方に違和感がある、どこかに取っ手が・・・あった。
床の一部を持ち上げると、木で出来た古い梯子がある、これから兄貴達がやろうとしている事が垣間見れるかも、と勇気を出して降りてみた。
以前住んでたロッジの二部屋分くらい広い、コンクリートで囲われた部屋。
中央に手術台が二つ、それぞれに手足が切断され、顔もいくつかパーツがない遺体がある、端っこにも何体か無造作に置いてある。
吐きそうになる、これでいったいなにがしたいのよ。
天井に換気孔、床には排水口、さらに奥に鉄で出来た扉があり、草履が置いてあった。
押し開けて外に出ただけで、新鮮な空気に癒される。
少し下った所で川が流れてる、泳がないと向こう岸に渡れないくらいに広く深い、地下室の排水口から流れるものがこの川に流れていくのかな。
兄貴に言いたい、もういいじゃん、強くなって、衰えて、三人でどっかの田舎で暮らそうよ。
ぼんやりとうつむきながら川下に歩いていたら、聞き覚えのある声、二度と聞きたくなかった声。慌ててフードを被るが遅かった。
「よお、やっと一人っきりになってくれたぜ?」
灰色のスーツを着た、左耳に穴の空いた鼠の半獣人、背は私と同じくらい。
「あんたは、あの時の、私を拐おうとした奴!」
目と髪の色が違う事でからかわれた事はあったが、生まれて初めて、死ぬかも知れない恐怖を思い知らされた、足がすくむ。
川上に戻ろうとなんとか踵を返そうとしたが、足がもつれる、鼠の半獣人は素早く回り込む。
「逃がさねぇぜ、こっちはお前を拐って帰りゃ報酬貰えるんだよ、大人しく付いてこいよ。」
また拐われる為にいままで生きてきたわけじゃない、なけなしの勇気でファイティングポーズを取る。
「わかったぜ、死なない程度に痛め付けて連れて帰るぜ!」
「るぜ」の時にはもう拳の射程距離まで近付かれていた、両腕でなんとかクリーンヒットだけは受けないようにガードする、コンビネーション攻撃にガードしていた腕も足もアザだらけになっていく。
「おらおら!」
上には媚びへつらい、女子供には強いタイプ、自分が優勢だとわかると加虐的な笑みをうかべ、フードを掴み、川に沈めてくる。
兄貴を止めるどころじゃない、会えなくなる、それは嫌だ。
嫌だ!
銀色の強い光で鼠の半獣人はたじろぐ、水を吸ったコートが重いので脱ぎさり、距離を空ける。
さながら満月を見た狼男のように、エミリーの姿が変化する『ケモノ化』、本物の狼の顔になり、鋭い牙、爪、神秘的な銀色の体毛が生える二足歩行の銀狼。
『ケモノ化』半獣人になった者、誰もが記憶に刻まれる、身体能力、敵愾心は上がるが、多用すると自我を失い、野獣化する。
鼠の半獣人も『ケモノ化』する、二対の鋭い前歯、鋭い爪、二足歩行の鼠。
「負けるかよ!噛み殺してやる!」
鼠の半獣人は当初の目的を忘れ、暴走気味に襲い掛かる。
エミリーからすると、鼠の半獣人の動きがすごく遅く感じる。
もう、ためらわない。
右手の爪で鼠の半獣人の喉を掻き切り、後ろへ跳ぶ。
血飛沫が舞い、膝から崩れ落ちるのを確認して、ケモノ化を解除し、へたり込んだ。
「はぁ、はぁ、勝てた、でも、私の力じゃない。」
「やるじゃねぇか、おじょうちゃん。」
川下への注意を怠った。
振り向くと、鼠の半獣人と同じようにスーツを着た黒豹の獣人、マシロと同じくらい大きい。
だめ、絶対勝てない、本能でわかる。
腕をクロスさせ、顔と喉を守りながら大きくバックステップ。
黒豹の獣人は獲物を仕留めるかのようにしなやかな筋肉を使い、一気に詰め寄り、私の鳩尾に一撃。
私は・・・
エミリーは四年間くらいマシロとギンジから教育を受けたのに、倒せたのは、二人から得た技術ではなく、二人が持てなかった力でした。
私の力じゃない事を残念に思ってます。
※マシロは火が使えるらしいけど、使いません。まだ。




