桃太郎[強打者]
昔むかし、ある所にお爺さんとお婆さんがいました。
お爺さんとお婆さんの暮らしはあまり良いものとは言えませんでしたが、それでも2人は、昼には真面目に働き、夜は大好きな巨人を応援するという、幸せな暮らしを送っていました。
因みに、お爺さんは篠塚が、お婆さんは駒田が好きでした。
お爺さんは巨人帽を被って山へ芝刈りに、お婆さんは駒田のサインが入った洗濯板を持って川へ洗濯に行きました。
すると川上から、大きな桃が流れてきました。
お婆さんはそれを駒田のサインが入った洗濯カゴの中に入れて持ち帰りました。
家に帰ってお爺さんと2人で桃を切ってみると、なんとその中には小さな赤ん坊が入っていました。
子供がいなかったお爺さんとお婆さんは、巨人が三連勝したことも相まって大喜びです。
2人はその子に、偉大なるミスターの名前から「茂雄」と名づけるかで悩んだものの、結局は桃から生まれたという所から「桃太郎」と名付けました。
桃太郎はお爺さんとお婆さんの愛情を受けてすくすくと成長しました。
悪さをする鬼ヶ島の鬼に困っていたお爺さんを見た桃太郎は、「僕は好き勝手している鬼をやっつけるために、大きくなったら鬼ヶ島へ行って鬼を退治するんだ」と言って、身体を鍛え始めました。
ただ、お爺さんとお婆さんはそこまで裕福では無いので、身体を鍛える為の道具がありませんでした。
そこで、お爺さんが大切にしていた篠塚モデルの木製バットを桃太郎に与え、「これで素振りをして体を鍛えなさい」といいました。
お爺さんを助けるために強くなりたい桃太郎は、毎日素振りをして体を鍛えました。中学生になると、身長も180cmに到達し、リトルリーグで3番打者として活躍しました。
県内外多数の高校のオファーの中からドンブラ高校に入学した桃太郎。1年秋から4番に座り、甲子園にも出場しました。
やがて桃太郎は、筋肉質で精悍な顔つきの立派な青年に成長しました。また、甲子園通算5本、高校通算60本のホームランを放ち、ドラフト1位候補としてプロ注目の三塁手になりました。
桃太郎は言いました。「お爺さん、お婆さん。今まで僕を育ててくれてありがとうございます。おかげで立派に成長することが出来ました。鬼ヶ島へ鬼退治に行ってきます。」
感激したお婆さんは涙を流しました。
一方、桃太郎を追いかけていたスカウトも涙を流しました。「どうやら桃太郎はプロではなく鬼ヶ島に鬼退治に行くらしい」
しかし、そこで暗躍したのが巨人でした。お爺さんとお婆さんが大の巨人ファンであることを聞きつけた巨人のスカウトは2人の元を尋ね、桃太郎を1位指名する用意があることを伝えました。また、表には出せないきびだんごを山のように贈りました。
桃太郎が大好きな巨人から1位指名されるかもしれないと舞い上がったお爺さんとお婆さんは、桃太郎に鬼退治もいいけどプロに行くのはどうかと説得を始めました。
お爺さんとお婆さんに恩義を感じている桃太郎は、次の日会見を開き、「巨人以外なら鬼退治」と、巨人以外に指名された場合入団拒否をする考えを発表しました。
しかしドラフト会議当日、日本ハムが桃太郎を強行指名。巨人との抽選を引き当て、入団交渉権を獲得します。
当初桃太郎を始めとしたドンブラ高校サイドは、桃太郎の意向を無視した日ハムサイドに対して不信感を持っていました。
しかし、当時の監督に「桃太郎はモモみたいで食べちゃいたい」と言った言葉をかけられたり、スカウトが用意した「高卒からプロを経由せずに鬼ヶ島へ行くことのリスク」「日本球界に所属してから鬼ヶ島に行くのも遅くない」「鬼ヶ島へのポスティングの承認」等の説明に、しだいに桃太郎は入団に傾いていきます。
そしてドラフト会議から1ヶ月後、桃太郎は背番号1のユニフォームに身をまとい、入団会見に参加するのでした。
1年目こそ体力作りに費やしたものの、終盤で一軍を経験した桃太郎は、2年目に33本塁打を放ちブレイク。
3番キジ4番桃太郎5番イヌ6番猿の打線は「鬼退治打線」と呼ばれ、他球団から恐れられました。
日本での6年で172本のホームランを放った桃太郎は、その年のオフにポスティング申請をして念願の鬼ヶ島へ鬼退治に。
そこで鬼を倒した桃太郎は、お爺さんお婆さんに恩返しが出来ましたとさ。
一方桃太郎が退団した日ハムは翌シーズンBクラスになってしまったとさ。
おしまいおしまい。
来シーズンは清宮が打ってくれんかなぁ…




