1章 4話 考えるだけ無駄
「いやぁ〜……見苦しい姿を見せて申し訳ない」
「いや、大丈夫……」
オレの絶叫が小屋に響いてから、数分後。申し訳なさそうに、白いワンピースを着た少女がオレと対峙して座っている。
椅子に座ってはいるものの、つま先が床につくかつかないかぐらいの小柄で、逆にその綺麗な銀髪は腰ぐらいの長さがある。
髪の隙間から覗かせる顔には、幼さが残っており、碧い瞳はクリッとしていて可愛らしい。
服装や体格も相まって、その様子は、まるで小学生のいとこが苦笑いをしながら、対峙しているようだ。
まぁ、小学生というには言葉使いが変だと思うけど。
言葉使いが妙に大人びてるから、多分実年齢はもう少し上の方だろうな。
オレのクラスにもいたよ。幼児体型で悩んでる女子。そいつと同種の人物だと思う。つまり、突っ込んだら負け。酷いしっぺ返しを食らうはず。
「それで……さっき見たのは忘れてくれると、嬉しいかな……。今はこうして服も来てるわけだし、さっきのは、その……寝ぼけてて……」
小さな女の子が、顔を赤くしながらもじもじとさせてる様子は、ロリコンじゃないオレでも来るものがある。
話を聞くと、寝るときはいつも服を脱いでるらしい。寝る時くらい着飾りたくないとのこと。変わった理由だ。
それにしても、これはこんな女の子知らないんだが……
夢って言うのは、本人の記憶にあることを勝手に捏造して見せているものだとか言ったやつ出て来い。
もしかして覚えてないだけで、なんかのアニメとかに出てきたキャラクターに似ているとかなのか?
でも、こんなに可愛らしいキャラクターを忘れるとは思えないんだが……
「なんだい? ボクの顔に何かついてるかい?」
「い、いや別に」
受け答えもしっかりしている。本当になんなんだ、これ……本当に夢なんだよな……
そんなことを考えていると、コホンッと咳払いをした少女が話始める。
「それで……単刀直入に聞くけど、キミは一体何者なんだい?」
「オレが何者かって言われてもな……」
「もしかして、記憶喪失とかそういうやつかい?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
ただ、自分の夢の中なのに、なんで自己紹介をせにゃならんのだ、って思っただけだから。
「ちなみにキミは、この家の近くの泉に倒れてたんだよ。息はあるみたいだったし、そのままにしておくのもどうかと思って連れ帰ってあげたのに」
なるほど。そういう設定ね。さっきの爺さんと言い、テンプレ展開や設定が好きなこった。
まぁ、気に入らないが、気にしても始まらないか。
某RPGだって、名前聞かれて“答える義理はない”を選択したら延々と同じ質問ループするし。
「オレは、葛城裕斗。裕斗でいい」
その手のテンプレのイベントと思い込んだオレは何も考えずに名前を告げる。
しかし、女の子にとってただのテンプレイベントじゃなかったようで。
「えっ、あー……うん」
オレの名前を聞いて、一瞬驚いて目を見開いたと思ったら、今度は目を細めてオレのことを品定めをするように凝視している。眉間にしわが寄って、かわいらしい顔が台無しだ。
「どうかしたか?」
もしかして、何かまずいことでもしたか……
主人公の名前を登場人物と同じにしたら、どこからともかく“そんなことない!!”って言われるあのイベントのような感じの。
オレの夢の癖に面倒だな、おい。
文句言っても始まらないし、ひとまず別の名前を考えとくか。何がいいかな……
「いや……どこからどう見ても貴族には見えないんだけどなぁ……」
「いや、貴族じゃねぇし。というか、何をどう見たら貴族に見えるんだよ……」
「だって、家名を持ってるじゃないか。人間で家名を持ってるのは貴族だけだったと思うけど?」
どうやら、オレの名前を名字と名前で区切って、勝手に貴族の血筋の誰かと思ったらしい。
名字と名前で分けるのが間違ってるわけじゃないが……
ここでは、名字……家名を持っていると貴族に当たるらしい。家名云々ってことは、ここは欧州系の世界観の設定か。
あと、家名、貴族なんて単語がポンポン出てくるって言うことは、おそらく文化レベルは中世に似た感じだと思う。なら、電気とかは期待しない方がいいな……
「それにしても、今時の貴族は面白い服を着るんだね。ボクも最近はここに籠りっきりだから、その辺の事情というか流行には疎くて……」
今着ているの学生服を面白い服という、少女。そんなにおかしいところでもあるのか? と思ったが、気づいてなかっただけで結構ボロボロになっている。
なぜかは知らないが……まぁ、山の中で倒れてたって言ってたし、多分それが原因だろう。
とは言え、なぜか所々ボロボロになってはいるが、原形はとどめている。おかしなところなんてないはずだ。
中世ヨーロッパ的な世界観だったら、学生服なんて知らなくて当然だし、見知らぬものを面白い服と表現したのであれば納得のいく範疇か。
「こんな山奥に住んでいるせいで、今の人間の情勢には詳しくないけど、確かそうだったと思うけど、違ったかな?」
「いや、知らねぇけど……」
「何言ってるんだい? キミだって人間だろ?」
それを言ったら、お前も人間だろうに。
「いや、そりゃそうなんだが……」
「なんだい、もしかしてまだ寝ぼけてたりするのかい?」
「ふむ……」
そう言われて、頬っぺたと思いっきりつねる。
「いひゃぃ……」
ド定番のやつを試してみたが、痛かった。
実は、これは夢じゃない!?
…………って、そんなわけねぇよ。
夢でこれらが設定と言われたら、まだ納得してやるが、これが現実で、ここが異世界だなんて信じられないし、信じたくない。
「もしかして、キミは馬鹿なのかい?」
「否定はしないけど、言葉にされるとムカつくな……」
そんな葛藤をしていると、真顔でそんなことを言われた。
「じゃぁ、キミは自分で自分のことを傷つける趣味の……」
「それも違う!」
ちょっと引いてるように見えるのは気のせいか、気のせいか!?
「いや、急にこんなことをすれば誰だって……ねぇ」
「そうかもしれないが……ほら、まだ寝ぼけてるのかって言っただろ。もしかして、そうなのかって思って」
「あぁ、そういうこと」
不思議がってたってことは、ここじゃ夢だと思ったらこういうことはしないのか?
「でも、まぁ普通に痛かったけどな」
「ちょっと待ってね……」
女の子が立ち上がり、こちらに歩いてきて、座ってるオレの頭頂部あたりに触れる。
「“キュア”」
そう呟くと、手のひらから温かい何かが流れ込んだような気がした。
その得体のしれない何かが、体の中をめぐる感覚がある。なんかこそばゆいな、コレ。
「今、何したんだ?」
「何って、状態異常を回復させる魔術だけど……」
魔術か。そういえば、あの爺さん、魔法がどうのこうのって言ってたな。魔術じゃねぇか。いい加減なこと言いやがって、あの爺さん……
まぁ、とにかくこの手の異世界物にはお約束展開だな。
ことごとくテンプレを踏襲していくな。ここまでくると清々しささえ感じるが……
「ボクは専門じゃないから、断言はできないけど、キミは状態異常じゃないと思うよ。ちゃんと目が覚めてる」
「……………………」
「どうしたんだい、そんな呆けた顔して」
不思議なものを見つめるような顔でオレの顔をのぞき込んでくる女の子。心配でもしてくれてるんだろうか。
多分、オレの顔は今酷いことになってるんだろうな……何となく、そんな気がする。
「いやさ。初めて魔術ってものを受けてさ。なんか色々と信じられなくなってきて」
「初めてって……ボクとしては、そっちの方が信じられないけど、何が信じられないのさ。ボクでよかったら聞くよ」
オレの顔色を見たせいか、真剣なまなざしでオレの対面に再び座る女の子。それを見て、オレはゆっくりと口を開く。
「ここに来る前に、夢の中で自称神様とやらに色々言われてきたんだけどさ。どうも信じきれなくて、夢だって思ったわけ。んで、ここもその夢の続きなんだろうって思ってたんだけどさ」
口が重い。こんなこと話す暇があったら、ここから逃げ出したいとも思った。
こんな夢物語みたいな話を聞く身にもなってみろ。オレだったら、こんな話聞かされたらドン引きする。
“お前は夢と現実の区別もつかないのか”って。
でも、一度吐き出したオレの口は止まらなかった。
「何もかもがリアルなんだよ。夢に出てきた自称神様の爺さんも、神崎も、お前も、この光景も、痛みも。どれもこれも夢って言うには出来過ぎてる。
オレのすべての感覚がこれは現実だって言ってんだよ。なのに、そんなことありえないってオレの頭の中で誰かが叫んでるんだよ」
胸の奥が痛い。目が、心が熱い。今にも泣きだして、逃げ出したいと思える。
でも、オレの体は動かない。体は動かないのに、口ばかりは動き続ける。
「もう何を信じていいのかもわからない。オレの感覚か、常識か、それとも別の何かなのか。何を信じて、何を疑って、何をどうすればいいのかすらもわからない」
自分で何を喋っているのかさえ分からない。
「夢だっていうなら、いつになったら目が覚めるんだ? それとも、今までのことがすべて現実なのか、そんなことさえわからねぇ。オレは……オレは…………」
その先の言葉を、オレは口に出来なかった。
その先の言葉を口にしたら、取り返しのつかないような気がしたから。
そんな得体のしれない不安にオレは押しつぶされそうだった。
女の子は、そんな泣き言のようなオレの言葉をしっかりと聞いていた。
オレだったら、話を遮ってでも罵倒するのに。
オレの言葉が終わるのを待って、女の子はゆっくりと話し始める。
「うんとね……キミの言うところの夢かも知れないボクがこんなこと言っても仕方ないのかもしれないけど、一応……」
そんな前置きをしながら、女の子は女の子自身の考えを口にする。
「そんなことどうでもいいんじゃないかな。考えるだけ無駄。答えなんて出ないんだから」
「無駄……だと…………っ」
こいつ、今のオレが…………
「だってそうだろ? 逆に聞くけど、これが夢だなんて誰が証明してくれるんだい?」
「はぁっ!?」
オレの感情なんて無視して、女の子は淡々と話を続ける。
「ボクには出来ない。キミにも出来ない。それが答えさ」
「そんなこと……っ!!」
「それじゃあ、ここが夢だという証拠はあるかい?」
「さっき魔術を使ったじゃねぇか!! そんなものは創作の中の産物だ!!」
「魔術なら、さっきも見せたし……ほら“ファイア”」
女の子がつぶやくと、手のひらを中心に淡く赤色に光りだし、そこに手のひら大の火の玉が現れる。
つぶやいたものは“呪文”、その現象は“魔法”と呼べるものだ。
それを潰すように手を握りしめると、それに合わせて火の玉が消えてしまった。
「今、キミの目の前で魔法を使った。他にも色々あるよ。キミは目の前で起こってる現象すらも否定して、それでも非現実だなんて言うのかい?」
「…………」
今の炎は、本物だ。あんなところから急に炎が出るわけがない。
つまり、目の前の現象をオレは魔法じゃないと否定できない。
しかし、夢の中だとしたら、何でもアリだ。
夢なんて要するにオレの想像なわけだし、オレの中でイメージできるようなことだったら何が起きても不思議じゃない。
「頑固だなぁ……いいかい、もう一度言うよ」
そんなオレを見て、女の子は立ち上がる。そして、さっきより強めの口調で再び同じことを言う。
「ここが夢か現実か。そんなことどうでもいいんだよ。そんな些細なことは」
「些細なことって……」
「些細なことさ。大事なのは、今、キミはここにいて、ここで生きてる、それだけさ」
「それだけって……」
「キミの信じられるものが揺らいで、キミ自身が揺らぐのはわかる。ボクも経験した道だ。絶望しかない。あんな絶望は二度と御免だと言い切れる」
目の前の少女の顔がどんどん真剣さを増していくのがわかる。
こんな年端のいかない女の子がまるで実体験かのように語り続ける。
「絶望から逃げるのは悪いとは言わない。逃げるが勝ちって言葉もある。でも……それでも、死ぬのだけはだめだ。
死んだら、そこに残るのは後悔だけだ。その後悔は厄介なことに周囲の人間へと広がっていく。広がった後悔は……さらにほかの人を絶望に叩き落す。
だから、生きることから目を背けるな……死ぬな、生きろ!!」
「…………なんで、信じられる信じられないの話から、生きる死ぬの話になってんだよ」
「それじゃあ、キミ……この後どうするつもりだい?」
「それは……」
「このまま野垂れ死んでもいいとか思ってるだろ」
「そんなわけ……」
口にしようとして、さっき口に出来なかったことを思い出す。
“この世界で生きている意味はあるのかもわからねぇ”
夢なら……夢ならば、ここで死ねば元の世界に戻れるんじゃないだろうか。そう考えてしまった。
もし違ったとしても、いきなり連れてこられたこの世界で生きている意味はあるのだろうか、と。
思い出した瞬間、またもや口を閉ざしてしまった。
「いや、そう思ってるでしょ」
そんなオレの心を見透かしたように、口をはさむ女の子。
「今にも死にたいって思ってそうな顔してるのに、否定されても説得力ないよ」
「……………………」
「もう一度言うよ。ここが夢か現実かだなんて、関係ない。考えるだけ無駄。答えなんて出ないんだから。大事なのは、今キミは、ここにいて、ここで生きているってことだよ」
「ここが現実だろうと、夢だろうとそんなことどうでもいい。キミは生きている。それがすべてだ」
「もし、キミが何も信じられないというなら、ボクのことを信じればいい。ボクはキミを助けるし、助けになりたいと思う」
「なんで……そこまで……」
女の子の言葉を聞いて、やっとの思いで口を開く。
たったこれだけを聞くのに、口がこんなに重たいことなんてそんなことありえるのか?
でも、そんなことどうでもいい。そんなこと差し置いてでも聞きたいことがある。
最初、オレはこの女の子のことすら夢の産物と断言していた。
オレがこの子に縋る権利なんてないはずだ。でも、そんなことどうでもよくなった。
「言っただろ。ボクも経験してるって。
だから、そのときのボクに似てるキミを放って置けなかった。ボクを助けてくれたあの人のように、今度はボクが助ける番だって、そう思った。
ボクの自己満足だって言って、捨て置くのは構わない。でも、キミが何と言おうとボクはキミを助ける。死のうとしたら止める。ボクの全力をもって、何度でも、何度でもだ」
「オレたちは今日会ったばかりだぞ……なんでオレなんか……」
初対面だ。オレなんか放って置けばいい。こいつには関係ないことだ。助ける理由も義理もないはずだ。
「約束……したんだよ」
「……約束?」
「そう、約束」
目の前の女の子は、どこか遠いところを見ているようで、どこか寂しそうな声をしていた。
「ボクが助けられた分、ボクは同じような人を助けるって、約束……したんだよ。それじゃ、ダメかな?」
そうか……この子は、その人のこと……
「ボクはあの人のことを信じてる。だから、あの人との約束を無碍にしたくないんだよ。誰がなんと言おうともね」
この子がどういう約束を交わしたのかオレにはわからないが、この子にそこまで言わせるんだ……この子がそいつにどれだけ救われたのか、簡単に想像つく。
「はは……なんか……カッコイイな」
見た目がオレよりも明らかに幼い女の子に諭されて泣きそうになった。
でも、ここで泣いたらカッコ悪いよな。
こんな女の子すら、オレの目の前でカッコつけたんだ。
もちろん、素の可能性もあるが、それでもオレにはカッコよく見えたのは事実だ。
男、女とこだわるつもりはないが、男のオレが泣くのはカッコ悪いよな。女の前ではカッコつけたいと思うのは、男の性だろう。
「だろっ」
ゆっくりと顔を上げる。久々にその女の子を見た気がした。何年かぶりかと勘違いとするような長い時間だったかもしれない。
目の前にいたはずの小さな女の子は、最初見た時よりもずいぶん大きく見えた。
女の子のとてもきれいな銀色の髪が風になびいて広がり、透き通るような透明感のあるその長い髪が、光をまとって女の子自身が輝いているようにさえ見えた。
その顔は、笑っていた。なんともないただの笑顔だ。小さな子がただ笑っているようにも見えなくもない。
でも……
それでも、そんな女の子の笑顔は、オレにはカッコよく見えた。
そうか、あの時……あの真っ白な空間で目が覚める前にみた女の子は、こいつだったのか。
この笑顔を見て思った。
「そうか……オレは……」
この笑顔にオレは救われたんだと。
こいつの言葉にオレは救われたんだと。
こいつが誰かに救われたように、オレもこいつに救われた、そういうことだろう。
この先、何があるかわからない。それでも、死ぬのだけはやめる。
オレはそう勝手に約束することにする。
この女の子が、その人とした約束を真摯に守り続けているように、オレもこの約束を守り抜きたい。そしたら、この子のように…………
誤字脱字の報告、感想評価お待ちしています。
次回は7/8の朝7~9時頃の予定ですー