2章 16話 魔王の娘
「うっ……」
「ユートくん、大丈夫かい?」
ゆっくり目を開ける。そこに移っていたのは、知らない天井……そして心配そうにのぞき込むアリアの顔……
そっか。あの後、気を失ってたんだな……
「気持ち悪……」
いまだに頭が揺れてる感覚がする。うまく体中に力が入らない。気持ち悪い。それでも酷い時よりかは幾分マシになっただけが救いか。
これなら、しばらく横になっていれば大丈夫……なはず。多分。
「人の顔見て開口第一声がそれってどうかと思うんだけど?」
意識の戻ったオレの第一声を聞いたアリアの顔が、一気に呆れ顔に変わる。
「悪い……それで……ここ、どこだ?」
このセリフをまた言うことになるとは思ってもなかった。今回はアリアがいたから、変に取り乱したりしなかったが、薄暗い部屋に窓もない部屋なんて、漫画でよく見る独房そのものの雰囲気に不安を覚える。
「ここは“銀龍の拳”のアジトの中、レオスの部屋だよ。レオス自身は、表の後処理に行って出払ってるけど」
「そっか……」
どうやら、気を失った後レオスに抱えられたままここに運ばれたらしい。そのレオス自身はオレを寝かせた後、自分の仕事をしに行ったということらしい。
“銀龍の拳”を語った偽者、さっきの戦闘、それに群がる衛兵……たしかにギルドのリーダーとしてはやることはたくさんあるだろうしな。
「わかった……でさ。そこの赤髪の女の子は一体……」
背丈、髪の色から察するに、さっきの戦闘中、最後の最後で現れた真っ黒のローブの女の子だろう。
キリっとした真っ赤な瞳に、どこのアニメのキャラだよって思うくらいオタク受けしそうな顔立ち。その長い赤い髪は頭の右上の方で大きな黒いリボンでまとめられているのが特徴的なロングヘア。
服装は相変わらず真黒なローブを羽織って入るが、中には赤い服にスカートだろうか。ローブの隙間から、生足が見える。眼福、眼福。
「初めまして。シャルはシャルロット=ルージュ。気軽にシャルって呼んで」
そんなオレの視線に気づいていないのか、何食わぬ顔でその女の子は、明るい声で名前を名乗った。
「家名付き……貴族のお嬢さんが……こんな汚いところに何の用で?」
以前、アリアに家名を持っているのは貴族くらいという話を聞いた。この子が貴族であるなら、さっきのメイドの主人は間違いなくこの子だろう。
「こんな汚いって……いや、否定はしないんだけど、ここキミの部屋でもないでしょうに……」
「いや、そうなんだけどさ……」
入り口付近には、さっきまで戦っていたメイドが黙って外を見張っている。
オレがどれだけ気を失ってたかわからないけど、気を失う前まで戦ってた相手がすぐそこにいるっていうのも妙な感覚だな……オレが戦ってたわけじゃないんだけど。
なんというか……落ち着かない。そもそも、この子たちはさっきの戦いの最中、オレの身体にレオスが入ってたことを知ってるのだろうか。聞き出したい気もするけど、この場で聞いて藪蛇を踏んだら嫌だしなぁ……
「…………」
「えっと……」
向こうもオレが見ていることには気づいたようで、チラッと一目こちらに目を向ける。しかし、そのあと何も言わずに再び部屋の外に目を向ける。
敵意はないようだが、これといった興味もオレに向けてないらしい。
「んっ……あぁ、彼女はクレア。シャルのお付きのメイドよ」
「えっと、クレアって呼べばいいのか?」
そんなやり取りを見たシャルロットが苦笑いをしながら、メイドの子の名前を教えてくれた。
「……好きにすればいい……人間」
相変わらず不愛想なメイドだな……
「私は……シャルロット様以外……なんて呼ばれようと……どうでもいい」
「こら、クレア……ゴメンね、ユート。気難しい子なのよ」
外を向いたまま、こちらを見ずに返事をするメイド改めクレアを軽く叱責するシャルロット。
って、あれ?
「オレの名前……」
オレは名乗った覚えはない。考えられるのは……
「さっき、アリアさんに聞いたわ」
ですよね。ということは……
「知り合い?」
「あぁ。シャルはボクの友人の娘だよ」
隣にいるアリアに問いかけると、アリアはにやりと笑いながら返事をする。
とりあえず、この状況、その言葉で何となく察しがついたぞ……
つまりだ。シャルロットの父親に何かしらのトラブルがあって、それを解決しようと父親の友人であるアリアの力を借りるためにアリアを探していたところ、今回の騒動に巻き込まれたってところか。
「最後に会ったのは10年前だったかな。すごく大きくなってて、すぐにはわからなかったよ」
「そうね。お父様が亡くなってからだから……そのくらいかしら」
「……その……ボクのこと、恨んでる?」
「当時は……恨んでたかしら。でも、今は違う」
アリアの友人でシャルロットのお父さんが死んでいるというのはわかった。その時点で、オレの推測が全くの見当違いということも分かった。
しかし、なんで恨む恨んでないなんて話になるんだ?
「お父様の言葉、お父様の手記……シャルも大きくなって、ちゃんと物事を考えられるようになって、お父様がシャルに託したその二つの意味がやっと理解できるようになったわ」
「そっか。シャルも知っちゃったか」
「アリアさんも、コペラさんも、ユーキさんも……そしてお母さまも酷いわ。なんで、このことをちゃんと教えてくれなかったのかしら」
「アレクが“シャルには何も言うな”って言ったからね」
「それでも、アリアさんたちがお父様を討ったその直後に教えてくれてたら、こんなに苦労することも……アリアさんたちを恨むこともなかったのに」
「なぁ、話の腰を折るようで悪いんだけどさ……」
状況が読めなくなって、二人の会話を黙って聞いていたが、決定的なワードが出てきた。思わず横槍を入れる。
「なんだい?」
「その、お父様を討ったっていうのは?」
聞き間違いでなければ、アリアは友人であるシャルロットの父親を殺したということになる。
オレの知ってるアリアはそんなことしない。とっくに死んだやつとの約束を守って、見知らぬオレを助けてくれたアリアだ。そんなアリアが友人を殺すなんて考えにくい。
聞き間違いであってくれと思いながら、問い返す。
「文字通りの意味だよ」
しかし、オレのそんな思いはむなしくアリアはあっさりその言葉を肯定する。
「ボクは当時の仲間とともにシャルの父親で、ボクの友人で……魔王だったアレクを討伐した」
「はぁ!?」
アリアの口から友人を殺したというだけでも衝撃的だったのに、魔王なんて単語まで出てくる始末。
急展開過ぎて、処理が追い付かない。
「くしくも、ユートくんをこの世界に連れてきた自称神様の倒せと言っていた魔王はボクが倒したといってもいい。黙っててゴメンね」
アリアが舌を出しながら、謝る。もう色々と突っ込みたいのは山々だが、まずは……
「聞いておきたいんだけど……シャルロットは……」
「シャルよ」
オレの言葉を遮るように、シャルロットが口をはさむ。そういえば、そう呼べとか言ってたな。
でもさ。初対面の女の子の名前をいきなり愛称で呼ぶのは小恥ずかしいんだが……
「だから、シャルロットは……」
出鼻をくじかれたが、気を取り直して話し始める。
「シャルよ」
しかし、シャルロットはまたしてもオレの言葉を遮った。
「…………そう呼べと?」
「そう言ってるでしょ」
どうも、シャルロットにとって愛称呼びは譲れないものらしい。このままでは話が進まない。仕方ないか……
「……シャルは」
「むふぅ~」
小恥ずかしいのを我慢して、愛称で呼ぶ。
ラノベ主人公ってこんなのをいきなりクリアしてのける割には、変なところで日和ったりするもんな……解せぬ……
とはいえ、呼ばれた本人はご満悦そうだから、オレが折れた甲斐もある。たったこれだけで女の子が笑ってくれるのであれば、それは男冥利に尽きるという奴だろう。
「まぁいいけどよ……シャルの父親が魔王だったってことは、シャルは今、魔王なのか?」
魔王がいた。魔王は討伐されたが、その魔王には娘がいた。父親亡き今、その子が魔王……っていう流れは、いかにも王道だろう。
その魔王によって、人々が苦しめられていて……という流れであれば、あの時のうさん臭い自称神様のいう“魔王を倒せ”という発言も理解できる。
もちろん、目の前の女の子がそんな酷いことをしているようには到底見えないから、そんなことはないと思うが。
「そうなる……はずだったの」
どこか悲しそうな顔をしながら、そうつぶやくシャル。この言葉に嘘はないと思う。
これで、もし魔王とか言われたら、あの自称神様の言うとり魔王討伐ルートが浮上してくる。
もしそのルートに入ったら最後、魔王を倒すまで延々と戦わされる羽目になりかねない。そんなのは御免だし、シャルが魔王だったとして、シャルと戦いたくはない。
初対面での印象でしかないが、シャルが悪い子には見えない。正直、魔王と言われても信じられない。
とはいえ、“はずだった”ということは、シャルは魔王になれなかったはずだ。その言葉を聞いて安心したのもつかの間……
「だから、アリアさん。シャルが……シャルが魔王になるのを手伝ってください!!」
「ちょっと待てぇぇぇぇい!!」
シャルの懇願の声に、オレの叫び声……というよりツッコミが木霊するように狭く薄暗い部屋に響き渡った。
誤字脱字の報告、感想評価お待ちしています。
次回更新なんですが、リアルの方が少し忙しくなるので2,3日お休みします(;´・ω・)
PS;
すみません。少し更新滞ります。詳細は作者マイページから活動報告をご確認ください。(2020/8/3更新分)