2章 15話 覚えてろ
「『なぜ?』じゃないでしょ!? こんな騒ぎ起こして!!」
影の中から出てきた人物は、真黒なローブで体中を覆い隠している。顔が陰で隠れて半分以上見えていないが、細い輪郭、小さな口。そして、ローブからの出ている長く赤い緋色の髪が印象的で、声の感じから女の子だとわかる。
「……人間……急に襲ってきたので……」
そんな女の子には攻撃する様子もなく、淡々と状況を説明している青髪のメイド。
どうやら、メイドの知り合い……いや、さっき様付けで呼んでたから、あのメイドの主人といったところか。
「レオス……動けるか?」
そんな様子を見ながら、マリアが声をかけてくる。
その顔を見ると、今の状況の深刻さがよくわかる。あんな魔法を使ってまで、倒そうとした相手が無傷。しかも、その相手に増援が来たとなったら、絶望の二文字が嫌でも頭に思い浮かぶ。
「これが……動ける奴に見えるか……」
さらに悪いことは続く。オレの身体がもはや限界を迎えていたことだ。
返事をすると同時に、体中の力が抜けたように、文字通り膝から崩れ落ちる。あんな魔法を使ったんだから仕方ないと言われたらそうだが、この状況じゃいささかまずい。
「ちっ……使えない」
マリアは舌打ちをして、目の前の二人を見る。
こちらが小声で話していたからか、向こうは向こうで別の会話をしているのか、とにもかくにもこちらの会話はあの二人に聞こえている様子はない。
「戦えないのなら、師匠を頼む。無理なら、這ってでも、師匠と逃げろ。それすら無理なら……今ここで死ね」
マリアがそこまで言うということは、あの二人組の狙いはアリアということか?
たしかにアリアには、賞金首という立派な狙われる理由がある。しかし、アリアが狙いなのであれば、なぜレオスのところに来たのだろうか。レオスのところに来たらアリアの居場所がわかるものなら、最初にあのメイドを見たときに話題に出そうなものだが……
「はは……ひどく……ねぇか?」
「うるさい。長い時間は稼げないぞ」
そんな、オレの疑問はさておき、マリアはナイフを構えて戦う構えをしている。戦力差は理解している。しかし、マリアにも引くに引けない理由というのがある。だからこそ戦う。
わかってはいる。わかってはいるが……
「マリアちゃん……」
おそらく、オレと同じようにライカもマリアのしようとしていることが無謀ということがわかっているんだろう。
そんなマリアを見て、ライカが心配そうに声をかける。
「ライカ……どうだ?」
「う~ん……ちょっと、無理かなぁ……あたしが死霊族っていうのもばれてるし、ばれちゃってるから、あたしが何しても足止めって思われちゃうし……というか、実際そうだからあたしのことは無視される気がする」
「なら、今のうちにこの男と師匠を……」
「ほんとに……それでいいんだね?」
マリアの言葉を遮って、ライカが話し出す。その表情は真剣そのもので、とても小さな子供のする顔じゃない。
「……あぁ。頼んだ」
「わかった」
正直、ここでライカが首を縦に振るなんて思ってもなかった。
いくらマリアの言うことを信じるといっても、それはライカにとっては“自らの大事なものを捨てて逃げろ”と言われていることに同義だ。
「お兄さん……あとで、必ず会いに行きます。ですから、レオス君のこと、よろしくお願いします」
「ちょっ……ライカっ!?」
「あと、マリアちゃんのこともお願いしますね」
そういうと、ライカはマリアをつかんで、はるか後方へと投げ飛ばしてしまった。背後にあった建物を越え、どこまでも飛んでいくマリア。その声はすぐに聞こえなくなる。
こんな小さな女の子のどこにこんな力があるのかわからない。もしかすると、さっきのマリアの魔法……フォースっていうのは単純に力の増強だったのかもしれないな……
「いいのか、あれ……」
レオスがマリアの飛んでいったほうへ顔を向けながら、そんなことをつぶやく。
「いいの、いいの」
しかし、とうのライカは笑って軽口をたたきながら、こっちへ近づいてくる。
「それに……お兄さんと約束したもの。“勝つ”って。約束は守る……親友は死なせない……それがわかってるのなら、あとはすること変わらないでしょ」
それらを守るには、マリアをここから離脱させ、そのうえで勝利する……言葉にするのは簡単だが、実際にするのは難しいの一言では言い表せない。
「……とは言ってもどうする? ただでさえ、あのメイド一人にすら俺たちは、傷一つ付けれてないんだぞ」
三人がかりで傷一つ付けられなかったメイド。そこに加わった謎の女の子。この女の子がどれだけ戦えるのかはわからないが、相手の増援であることに変わりはない。
それに対して、こちら側でまともに戦えるのが、もはやライカだけの状態。その上で勝利とつかむのが不可能というのは、火を見るよりも明らかだ。
「どうするって……お兄さんには悪いけど、レオス君にはもうすること何もないでしょ?」
そういって、ライカはオレのローブをつかんで、力の入らないオレの身体を強引に持ち上げる。
「……やっぱり、そうなるのか?」
その構えから、さっきの光景を思い浮かべる。それはレオスも同じようで、顔から血が引いたようで顔が青ざめたのが自分でもわかる。
「うん、そうだね」
「一応、言っておくけど……もうこの体動かせないの、知ってるよな?」
「知ってるよ」
「今、それをやったら受け身も取れずに、下手すりゃ死ぬけど?」
「大丈夫、大丈夫。たぶん、何とかなるから」
「いやいやいや……」
たぶんって、なんだよ!? こえぇよ!!
レオスも頑張って、ライカの投擲(弾はオレ自身)をやめさせようとしてるが、ライカは止まる様子がない。
「駄々ごねないでよ、レオス君。どのみちここにいてもレオス君はすることないし助からないかもしれないんだから」
「それと、これは話が別だろうがぁぁぁぁ!!」
「あの~……お話し中ごめんね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、聞いていい?」
今にも投げるというタイミングで、さっきの真黒のローブの女の子が割って入る。
「……何?」
そのことで、ライカはオレの身体を下ろし、すぐさま戦闘態勢に入った。手首から延びる鎖を持ち、真剣な面持ちでローブの女の子をにらめつける。
「あ~大丈夫、大丈夫。もう攻撃しないから、安心して」
そんなライカを見て、制止する女の子。どうやら、その女の子には戦う意思はないようだが……
「……その言葉を信用しろと?」
そういって、油断させて背後から攻撃……その可能性を否定できない。さっきまでしていたのは、試合じゃない。命の取り合いだ、殺し合いだ。殺し合いである以上、死人に口なし、卑怯な手を使おうが、勝てば官軍というものだろう。
そんな殺し合いをしていた相手の味方からそんな提案をされて信用できるわけがない。
「それを言われたら、否定はできないけど……話を聞く限り、仕掛けてきたのはそっちって話じゃない。お互い様よ」
「…………」
その言葉に、オレたちは否定したくてもすることができない。なぜなら、最初に戦っていたマリアは今ここにいないのだから。
「それに……このまま戦えば、こちらが勝つのは目に見えてると思うけど?」
「そうでしょうか?」
死霊族というのが、文字通り“死んでいる一族”というのであれば、もう死ぬことはない。自らの死が敗北というのであれば、ライカに敗北する要素はない。悪くても引き分けだ。そういう意味では強がりとは言えない。
しかし、死なないライカにとって、ライカの敗北条件はライカ自身の生死とはまた別の話だろう。
ライカのはマリアが戦っているからこの戦闘に参加した。マリアと助けるために、この場からマリアを逃がした。
つまり、ライカにとっての敗北条件は、マリアの死。ライカ自身が死ななくても、マリアが死ねば、ライカにとってこの戦いは負けということになる。もし、目の前の二人がライカを無視してマリアを狙いに行くなんて暴挙に出たら、ライカの敗北にかなり近づく。
マリアは1対1であのメイドと戦っていた。その時ですらほぼ互角に戦っていた。マリアはともかくメイドは全力を出していなかったにも関わらずだ。
マリアにあのメイドを倒せる見込みがあるかどうかはわからない。そのうえで、マリアは確実にあのメイドを敵視している。もし遭遇しようものなら、マリアは逃げずに戦うだろう。もし戦えば、マリアが死ぬ可能性だって上がる。
それはライカにとっては何としてでも避けなければならないことだ。
「そうでしょ。あなたはともかく、さっきの魔法を使った彼は、もう戦えそうにないし、トビウサギみたいな彼女は……あれ、どこ行ったの?」
「さっき……そこの死霊族……投げ飛ばしてた」
「あなたたち……仲間じゃないの?」
メイドの言葉に、女の子があきれた様子で悪態をつく。
「仲間ですよ」
「……まぁ、いいわ。とにかく、そっちが戦っても勝てない状況で相手が矛を収めると言ってるのだから、ここはおとなしく従ってくれると助かるのだけれど」
とはいえ、ライカにとっての勝利条件は、この二人にマリアを追わせないこと。そして、アリアがここにいる以上、そのマリアはここに戻ってくるだろう。マリアがここに戻ってくる前に、この二人を無力化しないといけないのだが……正直言って、こちらもムリゲーだ。
今までライカの攻撃が一度もあのメイドにあたってないうえに、相手は二人、こちらの戦力はライカ一人。負けはないが勝ちもない。時間がたてば、負けも出てくる。
「…………わかりました」
どのみち勝てないのであれば、引き分けにできるタイミングで引き分けにする。負けなかったら勝ちとは言わないが、被害が出ないのであればそれに越したことはない。
ライカもそのことは理解しているのか、ライカ自身も引き下がる。
「さて、と……それじゃあ、どこか落ち着いて話せる場所はないかしら。例えば……“銀龍の拳”アジトとか」
ライカが引き下がって、ようやく話ができると、女の子はそんなことを提案してくる。そういえば、あのメイド……レオスに会いに来たんだっけな。
「あぁ? なんでアジトなんだよ」
その言葉に反論するレオス。部外者をアジト……それも闇ギルドには入れたくはないのは当然か。
「今にも倒れそうな状態で脅されてもねぇ……」
「場所を移動する理由……まず一つは、疲れたから。この子とはぐれて、この街を歩き回ったんだから」
真黒のローブから延びた白い手。その中でも人差し指を伸ばし、理由を説明を始める女の子。
「もう一つ……こっちの方が問題かも。さっき、表の方で衛兵が集まってた。この騒ぎだし時機にここに来ると思う。いくら、知らぬ存ぜぬを貫いても、この場にいたら長い時間拘束される。この場にいる誰もそれを望まないと思うのだけど、違う?」
次に親指を立てて、そう事情説明をしてくれた。
言われてみれば、落雷に逃げまとう人々、激しい戦闘の跡に倒壊した建物……衛兵が出張ってきてもおかしくない。むしろ今の今まで来てないことの方がおかしいようにすら感じる。
「ちっ……」
「まぁ、あれだけ戦えば……ねぇ」
さすがに、闇ギルドのリーダーなだけあって衛兵は苦手なのか……
舌打ちするレオスに、ライカがあきれ顔で同調する。
「クレア……この子と戦って張り合えるのだから、あの“銀龍の拳”の関係者……それも幹部クラスの誰かと思うのだけれど……」
「だったら、どうなんですか?」
「もしよければ、案内のついでにリーダーのノー・フェイスさんに会わせてもらえないかしら?」
「……リーダーに会って、何をするの?」
ライカの顔が一瞬険しいものになる。マリアはアリアが狙われてるような話をしていたが、今の話を聞く限り、アリアよりもレオスを狙っているように取れる。話がかみ合わない。一体どういうことか、考えるにしても、状況と時間がそれを許さない。
「何もないわよ。会って話をしたいだけ」
「…………」
ライカが無言でチラッとこちらを見る。見ているのはオレじゃなくてレオスだろうが。
「ちっ……わかったよ。ライカ」
「んっ……わかった」
オレの口から了承の言葉が出る。それを聞いたライカはオレの顔の高さになるようにしゃがみ、目線を合わせる。
「それじゃあ、お兄さん……またね」
その突如の別れの言葉の直後、一瞬身体が浮いたような感覚がオレを襲い、視界が闇に閉ざされる。
「さて、と……あんちゃん、大丈夫か?」
その声はライカ……じゃないな。レオスだ。
一瞬何が起きたかわからなかったが、今の言葉を聞いてはっきりした。レオスが“憑依魔術”をといて、ライカの身体に戻ったということだろう。
「テメェ……これが大丈夫に見えるなら、目ん玉腐ってるぞ……」
いつの間にかオレはうつぶせに倒れていて、今はかろうじてしゃべっている状況だ。
「立てるか、あんちゃん」
「無理……」
レオスが手を差し伸べるが、もはや指一本すら動かない。魔法を使ったことで、想像以上に身体を酷使していたらしい。
「仕方ねぇな……あんちゃん、持ち上げるぞ」
まだ、魔法の効果が残っていたのか、レオスは軽々とオレを抱きかかえる。
完全に脱力した男を持ち上げるってすごいな……と思うと同時に……
「なぁ……幼女に抱きかかえられる男って……どう思う?」
「すげぇ、カッコ悪い」
自分の今の状況を客観的に見て考える。
レオスはライカの身体に入っている。つまり、元の小さな女の子の状態だ。幼女と呼ぶには大きいが、オレからすればずいぶん小さな女の子だ。
そんな女の子に抱きかかえられているのはシュールと呼ぶほかあるまい。
「まぁ、それだけ軽口叩けるなら、大丈夫だろ」
「テメェ……後で覚えてろ」
レオスが笑って軽口をたたく。
誰のせいでこうなったと思ってんだ、誰のせいでっ!!
文句を言ってやりたいのは山々だが、もう……
「はいはい。“契約魔術”は何とかしてやるから、それで勘弁してくれ」
「覚え……て、ろよ……」
こうして、突然襲ってきた戦闘が幕を閉じ……同時にオレの意識も闇へと落ちていった。
誤字脱字の報告、感想評価お待ちしています。
次回更新は、7/28の18時頃を予定していますっ!