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2章 10話 機工族

「うっせぇなぁ……あのメイドの気がこっちに向いたらどうするんだよ。静かにしてろ」


「いやいや、お前こそなんでそんなに落ち着いてられんの!? 額、ナイフ刺さったままなんだけど!?」


 オレの叫び声は、戦闘中の二人には届いていないようで、相も変わらず、マリアはメイドの周りを駆け巡りながら攻撃を続けていて、メイドはその攻撃を捌き続けているんだろう。

 オレの背後では、未だマリアが飛び回る音が聞こえている。


「あぁ……そうだな」


 そう言って、レオスは自分の額に刺さっていたナイフをあっさりと抜き取ってしまった。


「ちょっ、おまっ!?」


「うるせぇっての……おい、おてんば娘。こいつ黙らせろ」


「無理。初めてキミのソレを見て驚くなっていう方が無理だと思うけど」


 事情を知ってる二人が示し合わせる。だから、誰か説明しろって。二人だけで納得しないでくれません?


 額にナイフが刺さって無事なわけがない。額にナイフが刺さって倒れるところをオレも見た。つまり、偽りなくレオスは死んだはずだ。なのに、オレの目の前で話している。喋っている。

 どういう原理で喋っているのかわからない。どういう原理で動いてるのかもわからない。


 なんの前触れもなく、世界がゾンビ映画の中になったようなものだ。レオスに驚かすつもりはなくても、驚くなって言う方が無理だ。


「そりゃ、そうか。でも状況考えろっての。説明は後」


 オレの心でも読んだのか、いや、読んだのであれば、説明してほしいんだが。


「やっぱり、あの子も人間じゃないんだね」


「あぁ。俺の魔術が効かなかったし、間違いねぇよ」


 二人の意識がオレをそっちのけで、目の前で行われている戦闘に向く。


 いくら待っても説明しない二人に文句は言いたいが、どうせこの状況じゃ言っても聞かないだろ。オレもレオスからマリアたちの戦闘に目を向ける。


「……邪魔、人間」


「……チッ!!」


 相変わらず、二人の戦闘は続いている。ただし、未だにマリアの攻撃を捌ききっているメイドに対し、マリアはスピードこそ衰えてはいないが有効な攻撃手段がないのか、口も荒くなり焦りが見え始めていた。


 このまま続くとマリアが負けるのは、戦闘に関してズブの素人のオレですらわかる。

 理由は単純。このままだとマリアがジリ貧になるだけだ。とはいえ、剣戟をすべて躱す、魔法も効かない、そんな相手をどう倒すのか、そんなことオレにもわからない。

 撤退戦も視野に入れていいと思うが、一向にマリアがそんなことをする様子もない。


 そんな中でも、二人は見知ったマリアよりも、マリアと対峙しているメイドのことが気になるようで……


「それで、何が妙なんだい?」


「ほら、機工族っていったらアレがあるだろ。種族の全員が使えるっていう固有魔術……」


「そういえば……使ってないね、あの子」


「あぁ。あのメイド、素手であいつの攻撃をすべて捌いてる」


「なぁ、そろそろオレにもわかるように説明してくれると助かるんだが……」


 二人の戦闘が続く中、淡々と考察を続ける二人。何もできないまま、ただじっとしてるだけで、会話から除け者にされるのは……何か嫌だ。


 話を聞けば、何か変わるのか。


 話を聞けば、何かできるようになるのか。


 話を聞けば……


「あんちゃん、本当に何も知らねぇのか?」


「えっ……あ、あぁ」


 レオスの言葉でふと我に返る。慌てて返事をした。


「あんちゃん……?」


「大丈夫。大丈夫だ……話を続けてくれ」


 この数秒の間に何かを話していたのか、オレの耳には何も届いていなかった。


 知り合いが目の前で戦っていて、女の子であるマリアが戦っている中、男のオレが何もできずにもの上げに隠れて様子を見ている。

 そんな状況に罪悪感を覚えて、胸のモヤモヤにただただ嫌気がさした。


「……機工族って言うのは、昔人間が他種族と渡り合うために作った種族と言われててね」


 そんなオレの様子を見て察してくれたのか、アリアは特に何も言わずに話を進めてくれた。


「たしか“機械(からくり)に人の心を与えたらどうなるのか”なんてくだらない研究の結果だったか」


 レオスもアリアに合わせて話始めた。


「そうだね。その時の機械(からくり)が人間の元を離れて、独自の進化を続けた結果が今の機工族ってわけ」


「元々機械(からくり)だから、状態異常系の魔法が一切効かない。だから俺の魔術が効かないのはいいとして……

 機工族の連中は、魔術で体の構造を変化させるって言う機工魔術っていう固有魔術を使えるはずなんだが……」


 機工魔術というものがどんなものかはわからない。機械と魔術、相反する二つが組み合わさってる時点でいい予感はしない。

 ただ、レオスがその先を口ごもるってことは……


「使ってないね。あの子」


 アリアの目から見ても、あのメイドは機工魔術を使っていないらしい。

 つまり、それはあのメイドがまだ余力を残しているという証拠でしかない。


 そうなると、なおさらマリアは何で引かないのか疑問に思う。


 オレもマリアの手札を全部見たわけじゃない。もしかしたら、まだ勝ちの目があるのかもしれない。でも、今見えている限りじゃ、勝ちの目はない。

 勝ちの目がないのであれば、逃げるのも選択肢の一つだ。勝てないとわかっていて飛び込むのは無謀としか言えない。ズブの素人であるオレよりも戦い慣れしているマリアならそんなことわかりきってるはずだ。


 それでも引かないのは、なぜなのか。そもそも、あのメイドとマリアが戦い始めた理由すらわからない。

 ただの悪ふざけではないはずだ。悪ふざけで、あの規模の雷を落とすわけがない。ただの悪ふざけで、マリアがあんな必死に戦うわけがない。

 マリアが引けない理由があるはずだ。オレに思い当たるのは一つ……


「あのメイドが機工魔術なんて使ってたら、いくら何でもマリアじゃ役不足だろ」


 そんな中、淡々とマリアの不利を告げるレオスの言葉が、オレの何かに触れた。


「……役不足ってわかってるなら、なんで助けにいかねぇんだよ」


 自分で自分の言葉を抑えられられなかった。なんでか、そんなものオレにもわからない。


 恐らく、マリアはあのメイドがアリアの敵だと判断したんだろう。

 あのメイドをアリアに近づけさせないために、自らが不利だとわかっていても戦いを続けるしかなかった、撤退なんて選択肢がなかった、そういうことだと思う。

 不利な戦いに身を投じるマリアが引かない理由は、アリアを守るため。そう思ったら、妙にしっくり来た。


 だからこそ、それがわかっていながら助けに入らないレオスに苛立ちを感じた。


「それは……」


「無理だ。俺にも、あんちゃんにも、そして、そこのおてんば娘にも」


「なんでだよ!!」


 そんなオレの感情を無視するように、淡々と告げるレオスに怒りをあらわに思わず声を荒げる。


「あんちゃんに関しては言わずもがな。単純に助けに入ったところで犬死にが関の山だ」


 そんなこと、言われなくてもわかってる。オレ自身が一番わかってることだ。


「俺も人のことは言えねぇな。体もこんなちんちくりんじゃ、力づくって言うのも無理。今の俺は固有魔術以外の魔法はロクに使えないし、その固有魔術もさっき試したがダメだったしな」


「なんだよそれ!! それでも、闇ギルドのリーダーなのかよ!?」


「それを言われると耳が痛い」


「ちっ……それでも……」


 一縷の望みを込めて、アリアへと視線を向ける。


 自らの弟子が、自らのために戦っていて、師匠のアリアが何も思わないわけがない。アリアならきっと……


「ゴメンね。ボクにも無理なんだよ……ここはマリアに任せるしかない」


 しかし、オレの希望はそのアリアによって打ち崩された。


「なんでっ!?」


「あんちゃん!!」


「気持ちはわかるが、少し落ち着け。

 今、そこのおてんば娘を責めて何になる。そもそも、責めるなら、あんちゃん自身の無力さを責めろ。ここでおてんば娘を責めるのは筋違いだ」


「でも……」


「“でも”もクソもねぇよ。自分が出来ないから、他人を頼る。その考えが間違ってるなんて言わねぇ。

 けどな……それを相手が断ったからって、それを責めるのは道理が違ぇだろ。もし、その行動に怒りを覚えるなら、自分でするなり別の人間を頼るなりすればいい。断ったやつが攻められる理由はないはずだ。

 どっちにしろ、この場で何も出来ないあんちゃんに誰かを責める資格なんてねぇよ」


「ごめんね、ユート君。キミの気持ちもわからないわけじゃないんだよ」


「だったら……」


「師であるボクが弟子のアリアを助けに行く……ボクもそうしたいのは山々なんだけど、色々事情があってね。ボクの願望で動いたらまずいことはわかってる。わかってるからこそ、ボクは動けない」


 ふとアリアを見る。握りしめた手が震えている。アリア自身も今すぐ飛び出したいんだろう。しかし、状況がそれを許さない。

 この場にいたオレ以外の人間がそれを理解していたからこそ、マリアは戦ってるし、アリアはこの場から飛び出したいのを必死に抑え込んでいるんだろう。

 その悔しそうな顔から、怒りの感情すら読み取れる。


 だからこそ、この場で一番冷静だったレオスがオレを戒める役になったんだろう。今日初めて会ったはずなのに、だ。


「その……悪い」


 自分より怖がってる人を見ると自然と怖くなくなる原理とおそらく同じだ。

 オレよりも、飛び出してしまいそうなやつがいる。しかも、そいつが必死に抑え込んでいる。そんな中で第三者からの忠告。落ち着くなという方が無理がある。


「落ち着いたか、あんちゃん」


「あぁ。レオスも……その、悪かったな」


 ギルドのリーダーをしているだけあって、中身はオレよりも大人なわけだが、見た目はどこからどう見ても子供だ。

 そんな見た目が子供なレオスに頭を下げるのは小恥ずかしくて、そっぽを向きながら謝罪をする。


「にししっ、いいってことよ。あんちゃんも落ち着いたところで、アレをどうにかしねぇとな」


 以前、オレたちの目の前ではマリアとメイドが戦いを繰り広げている。

 しかも、戦闘が始まってから結構時間がたっているはずだ。あの落雷を見て、逃げていく住民を見て、それらの証言を聞いて、いつ衛兵が動き出すかわからない。

 この事態を早く解決できることに越したことはない。


「どうするって言っても……手づまりなんじゃねぇのか?」


 さっきレオス自身が言っていたことだ。

 オレにもレオスにも、アリアにも無理だという話に落ち着いたはずだ。


「んじゃ、お前はマリアに死ねって言うのか?」


 真剣味の増したレオスの声がオレに突き刺さる。それはまるで“お前は何もしないのか?”とでも言っているようだ。


「そんなわけねェだろ……オレだって……」


 今すぐマリアを助けにいきたい。


 いくらそう思っても、身体がいうことを聞かない。足を動かそうとしても動かない。そもそも足が動いたところで何ができる?

 囮にでもなるのか? 下手な囮はかえって邪魔になると聞いたことがある。それに、あのメイドがオレに闘う力がないとわかれば、オレにお取りとしての価値がないとわかれば、果たしてオレは囮としての役割を果たせるのだろうか。

 もし、ちゃんと囮として役割が果たせて、あのメイドがマリアからオレに標的を変えたとして、その後どうする?

 結局のところ、闘う力のないオレは一瞬で倒され、今の状況から何も変わらない。


「だからって言って、飛び込んでいくなよ。自殺なら誰も見てないところでやれ」


「……だったらどうするんだよ。何か策でもあるのか?」


 この場にあの戦闘に混じって死なないのは、アリアぐらい。そのアリアは戦闘に参加する気はない‥‥というより出来ないと言った方が正しいのか。どっちにしろ、今、この場にいる3人だけじゃ何もすることはない。

 正直、今戦ってるマリアを殿(しんがり)としてオレらも引くのもての一つ……というよりそれしかないと思う。


 だが、レオスはマリアを見捨てないと言った。レオスにはまだ何かこの状況をどうにかする方法でもあるのだろうか……


「ここにはもう一人、あそこに混じっても死なないやつがいる」


「はぁ? どこにそんな……」


 さっきも確認した。オレ、アリア、レオスは実力、事情……理由はそれぞれだがあの戦いに混じったら死ぬって断言した。

 周囲の人間は、さっきの落雷で散り散りに逃げ去ってしまった。

 ここが“銀龍の拳”のアジトの近くとは言え、あんな裏口の近くで戦われたら応援に行けないし、正直あの戦いに容易に参加できるほどの人間がそう何人もいるとは考えにくい。


 では“死なないやつ”とは誰か。


「あぁ、なるほど。彼女なら確かに、あそこに混じっても死なないね」


「あぁ。正直、初見殺しが基本の俺の固有魔術を勝てるかどうかわからない状況で使うとは思ってもなかったが……」


 どうもアリアには心当たりがあるようで、レオスは何の関係があるのか自身の固有魔術の話を始めた。


「でも、あのメイドにお前の固有魔術は効かなかったんだろ。そんな意味のないことしてどうなるんだよ。あと、そのお前の固有魔術とそのよくわからないが、その彼女とどういう……」


「あぁ、うっさいなぁ。あんちゃんはイチイチ質問攻めしないと気がすまねぇのか?」


 そんな疑問をレオスにぶつけたら悪態をつかれた。わからないこと聞いて、何で責められてんのオレ……


「この状況で、訳の分からねぇことされても困るってだけだよ」


「あ~はいはい。別にあんちゃんに何かしろって言うことはないし……むしろ、あんちゃんは()()()()()()


「はぁ!? 今更何を……」


 確かに何ができるのかはわからない。かと言って、このまま何もせずオレ一人逃げるのは話が別だ。

 それが正解というのは、わかってる。何も出来ないのならいない方がマシという意見もわからないではない。

 しかし、これは理屈じゃない。オレが何かしたい、そう思ってるだけだ。


「引っ込む前に一つ」


 前髪で隠れていてよくわからないが、レオスがオレの方を睨むように見た気がした。


「あんちゃん、魔法の適性は?」


「えっと、水か氷、光と闇だとかマリアが言ってたな……で、それが……」


 今それを聞いてどうなる。オレに戦えっていうのか? 呪文を使って援護しろっていうのか?


 オレはそのどちらも経験してないし、戦い方も呪文も何一つ教わっていない。何も出来ない。


 改めて言葉にして、自分の無力さを噛み締める。オレは……何も出来ないのか……


「それで十分だ。あんちゃんはマリアを助けたい。これに異論はないな」


「あぁ。だから、それが……」


「あんちゃん、つらいかも知れねぇが、ちぃ~っと我慢してくれよ」


 レオスがオレの顔に手のひらを広げ、かざす。子供らしい小さな手のひら……そのはずなのに、どうしてだろう。その小さな手のひらからは、得体のしれない何かを感じた。


 そしてその瞬間……オレの意識が闇の彼方へ飛んでしまった。


誤字脱字の報告、感想評価お待ちしています。


次回更新は、7/23の18時頃を予定しています!

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