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2章 7話 “銀龍の拳”

「どうした、あんちゃん?」


 さっきから偉そうにしている子供が近寄ってきて、覗き込むように見上げながら、そう声をかけてくる。

 よくわからない子供だ。見た目はボロボロで、普通とは言えない子供。しかし、しゃべり方はどう考えても子供っぽくないし、マリアやアリアとは知り合いっぽい。

 とはいえ、そんなことはどうでもいい。今は……


「聞き間違いじゃないよな……今“銀龍の拳”とか聞こえたんだが」


 今さっき聞いたフレーズだ。忘れるわけない。普通に考えてみろよ。こんな独特なネーミングセンスのグループ名を早々に忘れるわけないだろ。


「あぁ。言ってたな」


 マリアに言ったつもりはないんだが、マリアがそれを肯定する。


「さっきマリアがボコした、こいつらも“銀龍の拳”とか言ってたよな?」


 周囲で倒れて動かないチンピラたちを指差して確認する。


「言ってはいたが……こいつらは偽物だぞ」


 ……もう頭の処理が追い付かないんだけど。一体どういうことだってばよ。


「まぁ、それも中で話そうか」


「そうだな」


 アリアの言葉に無駄に偉そうな男の子も肯定して踵を返す。マリアもそれについて行って歩き出したので、オレもそれについて行く。


 曲がり角を曲がると、すぐにボロいテントのようなものがたくさん路地を埋め尽くしているところに出た。

 こんな裏路地の奥にも、こんな人がたくさん……


「なんだ、こういうところは初めてか?」


「あ、あぁ」


 オレの顔を見ながらそんなことを行ってきた。

 こんな入り組んだところに、こんなに人がいるところなんて思いもしないだろう。


 とはいえ、こういう裏路地に人が集まる場所があるのも、こういう中世ヨーロッパ風の世界観だったら意外とありふれているのかもしれない。

 実際に見るのは初めてだが、アニメで見たことはある。いや、アニメだけじゃない。テレビのドキュメンタリー番組でも見覚えがある。


「まぁ、あんちゃんみたいに育ちのよさそうな奴が来るようなところじゃねぇからな」


 オレのどこに育ちの良さを感じるのかわからない。前に貴族に間違われたこともあるけど、それは名前を聞いてからだったし。

 まだ名前も教えてない今回は、どういう理屈でそう思われたんだろうか……


「いいか、はぐれるなよ。今は俺が一緒にいるから大丈夫だが、あんちゃん一人だと、あっという間に捕まって身ぐるみ剥がれて、カラスの餌だ」


「お、おう」


 要するに、何されても知らねぇぞってことだな。

 確かに、こんなところで何か事件が起こったとしても衛兵とかは駆け付けないだろうし、駆け付けたところで手遅れになってるだろう。

 正直、一人になったらここから出れる自信がない。


 テント群の中には、通路に面している面を開放して、地面に布をしき露店のようなことをしている奴もチラホラと見受けられる。

 中には、ここの住人じゃなさそうな戦士風の見た目の男がいたりと、内外から人が集まっているようだ。

 この街に入った直後の通りも賑わっていたが、人の多さという意味じゃここも引けを取らない。もっとも、この薄暗い雰囲気の中買い物する連中がまともな人間かどうかは置いておいて。

 詳しく見てないからわからないが、ここは闇市と呼ばれるやつだろう。


「おい、お前の住処への入り口はここじゃなかったのか?」


 そんな中、マリアがテント群の入り口の近くの一つを指さす。

 どこからどう見ても、ぼろっちいテントだが、これを住処とは言わず入り口といったからには、他に通じてる通路みたいなのが中にあるんだろう。


 しかし、男の子は手のひらを返しながら、それを無視して歩き続け、テント群の奥へと進んでいく。


「最近、変な奴がうろつき始めたからな。裏口から入るようにしてる」


「変な奴?」


 そもそも、こんなところにまともな奴がいるのかという疑問は置いておいて、その変な奴代表みたいなお前がそれを言うか……


 腕には手枷に鎖、ボロボロの格好で、見た目からは男女どちらか判別がつかない。なのに声は女の子で、喋り方は男。そんな奴が変な奴というからには、よっぽどの変人なんだろう。


 マリアも同じような考えなのか、男の子を訝しげに見ている。


「悪そうには見えなかったけどな。かと言って、こんなボロッちい闇市なんかに用事があると思えないようなやつだ」


「どういうことだ?」


 闇市だからこそ、法律で禁止されているような物を求めてやってくるんじゃないのか?

 そう考えると、ここにどんな奴がいてもそんなに驚きはしないと思う。

 そもそもオレたちですら、何故こんなところにいるのかすらわかってないんだしな。

 件の“契約魔術”の使い手に会いに来たんじゃないのか。そいつがここにいるのだろうか。そんな疑問が不意に頭によぎる。


「メイド」


「…………はい?」


「だから、メイド。最近、どこの家のやつかは知らねぇがメイド服を着た女が来るようになってな」


 メイド服を着てるってことは、どこかの貴族の給仕ってことだよな……

 メイド自身がそう言ったアングラな品物を求めているならともかく、その主人である貴族が求めているのであれば、こんなところじゃなくても足がつかない方法などいくらでもあるだろう。

 っていうことは、メイド自身が何かを探してる……だったとしても、それならメイド服なんて脱いでくればいい。メイドなんて身分を明かす理由はないはずだ。


 言われてみれば、確かに変だな……

 少なくとも、今オレに考え付くような簡単な話じゃないことだけは確かだ。


「んで、そいつは何しに来てるんだ?」


「それがさっぱりでな。俺に用事があるらしいんだが、話を聞くって言っても話しやがらねぇ。ホント、意味が分からん」


 確かに、意味が分からん。詳しい状況が分かってないオレですら、そう思うんだからよっぽどだろう。マジで何しに来たんだか……


「もしかして、お前……その姿で会ったんじゃないだろうな?」


 しかし、マリアは何かに感づいたようで、男の子に問いかける。


「そうだが、何か問題でもあんのか?」


 その男の子は呆気からんと返答をする。マリアの質問の意図を理解してない顔だ。当の本人ですら分かっていないのなら、オレにだって分かるわけがない。

 そもそも、こいつに会いに来たのであれば、こいつがどんな姿で会おうとも関係ないと思うんだが……


「……はぁ、それも後で話す。さっさと行くぞ」


 その返事を聞いたマリアは、ため息をつき呆れた様子で、再び歩みを進めた。


「ったく……なんだよ一体……俺の何がいけないって言うんだよ」


 愚痴をこぼす男の子。そういえば、名前聞いてなかったな……


「ねぇ、一つ聞きたいんだけど」


 そんな中、先を歩いていたアリアが立ち止まり、オレたちを止める。


「なんだ、おてんば娘」


 アリアの言葉に反応する男の子。

 おてんば娘ってアリアのことだったのかよ……てっきりマリアのことかと思ってた。

 だって、いきなり人に刃物向けるじゃん。オレとしてはアリアよりもマリアの方がおてんばに見えるんだが。


「そのメイドって……もしかして、あの子のこと?」


「…………げっ」


 アリアの指さす先に顔を向け、聞くからに面倒そうな声を上げている。どうやら、ビンゴだったらしい。


 オレもアリアの指さす方に目を向ける。


 ……ホントにメイドじゃん。メイド服は白と黒を基調とした王道のロングスカートのタイプ。

 白いエプロンを見ただけでも、かなり清潔に保たれているのがわかる。この薄暗い路地でもはっきりとわかるんだから相当だろう。

 さすが異世界というべきか、髪の色が薄い水色だ。癖っ気のないストレートのショートヘアで、頭にはメイドの象徴ともいえるヘッドドレス。

 総じて“ザ・メイド”といえる格好をしている。


 体型は特にいうこともなく、胸も大きすぎず小さすぎず。ひとまず、今オレと一緒にいる女の子が、今まで見た中でも群を抜いて大きい子と小さい子なので、少しばかり安心感を抱いたのは、こいつらには内緒だ。

 ただ、おそらく身長はオレより少し低いくらい。多分160センチちょい。今オレと一緒にいる連中からしたら高めだ。


「また、来たのかよ。空気ぐらい読めっての……」


 そんな中、オレの少し前から、ゲンナリとした声が聞こえる。その小さな体の方をガックリと落とし、元々の雰囲気も合わさって、かなり凹んでるようにも見える。


「お前……そんなこと言ってる場合か?」


 すると、オレの少し後ろに立っているマリアが呆れ顔で問いかける。


「あぁん? マリア。テメェ、喧嘩売ってんのか?」


「馬鹿か、お前は……あそこだろ、裏口」


「あっ……」


 どうやら、例のメイドの立っている場所はこいつの住処の裏口だったようだ。

 そこから動こうとしないところを見ると、偶然そこにいるというわけでもなさそうだ。


 ひとまず、言えることといえば……


「そんな大事なことはお前が真っ先に気付けよ」


「うっ……し、仕方ねぇだろ」


 まぁ過ぎたことをとやかく言っても仕方ない。


「どうする? さっきのところ戻るかい?」


 この後のことを考えていると、アリアがそう提言するが、マリアがそれを制してみんなの前に出る。


「ったく……仕方ありませんね。私が行ってきます」


「お前が?」


「あぁ。他にいないからな。そうそう、大人数で相手を刺激するわけにもいかないからどこか端の方に隠れてろ」


 マリアがやれやれと言わんばかりに手を振りながら、オレ達を置いて例のメイドのところに一人で行ってしまった。仕方ないので、オレたちはマリアの指示に従って、近くにあったぼろいテントの影に隠れる。

 マリアと件のメイドが接触し、何かを話し始める。遠目で何を話しているのかわからないが、いきなり揉めるといったことはなさそうだ。話してる内容は気になるが……まぁ、任せて大丈夫だろう。


 一安心したところで、今度は残されたオレ達の沈黙が気になってしまった。


 えっと……何か話題……


「ところでさ……今更だけど、こいつ誰だ?」


 そんな今更なことをアリアに問いかける。


「あんちゃん……ホント今更だな」


 この場にいた全員のジト目がオレに向けられる。仕方ないじゃん、他に何も思いつかなかったんだから!!


「こっほん。俺の名はレオス。もしくは、ライカでもいいぞ。あんちゃんは?」


 そう言って、自己紹介を始める男の子……もといレオス。


「オレは、葛城裕斗。ユートでいい」


「そうか、ユート。よろしくな」


「よろしく」


 レオスが握手を求めてきたので、それに応じる。そして、感じた違和感を聞いてみる。


「んで、名前がふたつあるって言うのはどういうことだ?」


 どちらも、本名……いや、偽名の可能性も捨てきれないが、少なくとも通称ということはないだろう。

 こんなナリで、貴族ってわけはなさそうだから、レオス=ライカというわけでもあるまい。

 そう考えると、名前を二つ名乗った理由がわからない。名前を二つ持っている理由もわからない。違和感だらけだ。


「まぁ、詳しく話すと長くなるから、それはまた今度な」


 そう思って聞いたのに、答えは帰ってこず、苦笑いではぐらかされてしまった。


「それで、あんちゃんたちはこんなところに何しに来たんだ?」


「えっと……諸事情に諸事情が重なってというか……」


「簡単に言うと、マリアがまた暴走しちゃってね……」


 オレたちがこの街にきたのは、“契約魔術”にあやかりにきたから。とはいえ、オレとしては付いてきただけだから、この裏路地にその魔術師がいるかどうかはわからない。

 返答に困っていると、アリアが苦笑いで助け舟を寄越してくれる。


「あれか。お師匠様大好き病」


「その言い方やめてくれないかな……まぁ、キミの想像しているもので間違いないよ」


「ははぁ~ん……つまり“契約魔術”が目当てなわけだ」


 その謎の病名だけで、アリアの言いたいことを理解したレオス。この様子だと、マリアのアレ……一度っきりじゃなさそうだ。


「ご名答。ということで、後で一つ頼まれてくれないかな」


「それは後で詳しい話聞いてからだな。今はまだ何とも言えねぇな」


「わかった。今はそれでいいよ」


「ひとまず、あのメイドをどうにかしてからだな。話はそっからだ」


 マリアの方へと目を向けると、未だにマリアとメイドが話を続けている。

 相変わらず、話している内容が聞こえてこないが、何を話しているんだろうか。用件を聞くだけであれば、そこまで時間がかかるとも思えないし、それ以外のことも話してるってことだよな……


「そういえば、あのメイド。お前に用事があったんだよな?」


「あぁ。用件を聞いても『本人に会ってから話す』の一点張りでよ。目の前にいるのが“銀龍の拳”リーダーのノー・フェイスだって何度も言ってんのによ」


 レオスが隣で不貞腐れながら愚痴をこぼす。しかし、聞き捨てならない言葉が聞こえた。しかも、さも知ってて当然みたいな空気を出しながら、ボソッと呟いた声が。


「おい、ちょっと待て」


「なんだよ」


「今“銀龍の拳”リーダーとか言ったか?」


「あぁ、そうだよ。何か問題でもあんのか?」


「確認だけど、さっき襲ってきた連中ってお前の部下だったりするの?」


 さっきの連中。自らを“銀龍の拳”と名乗っていた。もしそれが本当なら、今こうして仲良くしてるのも危ないはずだ。


 原因を作ったのがオレ達だったとしても、街中で襲ってきたのは事実だ。あんな連中のリーダーと仲良くできるわけがない。


「アレは違うぞ。さっきも言ったが最近、俺たちの名をかたる偽物が出始めてな。迷惑してたんだ」


 レオスがそこにあった木箱に頬杖をつきながらため息混じりに、愚痴を吐くかのようにそんなことを言った。

 そう言えば、そんなことを言ってた気もする。今思えば、マリアたちもその辺はなんとなく察してる雰囲気だったから、この言葉は嘘じゃないだろう。


「そうか。他にも『こんなナリでリーダーってマジなの?』とか聞きたいことはあるけど、一旦置いておいて……」


「あんちゃん、もしかして俺のこと馬鹿にしてんのか?」


 レオスの声のトーンが落ちる。顔が見えないから、憶測でしかないが、レオスの機嫌が悪くなったんだろう。

 オレとしては、馬鹿にしてるつもりはないんだが……まぁ、今はそんなことはどうでもいい。


「もしかして、あのメイド……『レオスに会わせろ』じゃなくて『リーダーに会わせろ』みたいな感じだったんじゃねぇのか?」


「人の話聞けよ……ったく。あぁ、そうだよ。よくわかったな」


「はぁ…………」


「あぁ……なるほど」


 レオスが自分の話を無視されて半ばやけくそ気味に返答する。その返答を聞いて、オレとアリアの二人が同時にため息をつく。


「お、おい。どういうことだよ。俺にもわかるように説明しろよ!!」


 二人して事情を察した空気を出したため、未だに理由がわからないレオス一人が困惑している。


「あのさ……単純に信じてもらえなかったんじゃねぇの。こんな子供がリーダーなわけがないみたいな感じで」


「…………」


 その言葉に、レオスが息を飲んだ。顔は見えないが、きっと驚いた顔をしてるんだろうな……


「それに、その格好で会いに行ったんだろ。リーダーなんだから、その辺にいるやつと違う格好してるって思ってたのかもしれないし」


 あくまでオレの主観でしかないが、ギルドのトップというと、傷ありのボウス頭の色黒のおっさんか、いかにも成金といった感じのデブのおっさんかっていう二択なんだよな。


「……マジか」


 少なくとも、今のレオス……ボロい服や切りそろえてない髪、手枷に鎖、子供みたいで男女の判別すらつかない体型、言い方は悪くなるが、女の子の声で話すおっさん……とても一介のグループのリーダーには見えない。

 人を従えるというよりも、人に従わざるを得ない人物像をしている。


 そりゃ、こんなところに来てこんな子供がリーダーって言われて、信じられるかって言われたら無理だな。悪ふざけも大概にしろってキレてもいい案件だ。


「多分、そうだと思うぞ」


「キミ……リーダーなんだから、もうちょっとその辺考えようよ……」


 前髪のせいで、顔が隠れているせいで表情は読み取れないが、無言で俯いてる様を見る限りレオスも少なからずショックを受けているようだった。



誤字脱字の報告、感想評価お待ちしています。


次回更新は、7/20の18時頃を予定してますー( * ॑꒳ ॑*)

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