2章 6話 死屍累々
「なぁ……これ生きてるんだよな?」
オレはマリアがボコしたチンピラを軽く小突きながら問いかける。
どうやら死んではいないようだけど、反応がない。ただ、このチンピラ以外がそうだとは限らない。もしかしたら、死んでいる奴がいるかもしれない。
そんな判断が見て出来ないほど、この裏路地には死体もどき……もといチンピラが倒れている。
「一応な。お前もこれくらい慣れておけ」
「は、はぁ……」
こんな死屍累々な状況でそんなこと言われても……オレにはマリアのようにこんなチンピラを数十人相手に殲滅が出来るほど、肝は座ってない。
そもそも、最初に話しかけてきたチンピラ……そのたった一人にすらオレはかなうだろうか。そこからだ。肝が座ってるかどうかとはそれ以前の話だ。
あくまで、オレは一般人……異世界に来た時点で一般人と言っていいのか疑問だが、オレとしてはまだ一般人のつもりだ。
「そんなことより、さっきの見てたか?」
オレもいづれはこの状況に慣れるのだろうか、こんなことが出来るようになるのだろうか。そんなことを考えて、自然と目を閉じてしまう。
もし慣れたとして、もし出来たとして、その時、オレはオレでいれるのだろうか。そんな不安がオレの頭の中を駆け巡る。
「おい、聞いてるのか?」
「ッツ!!」
オレの様子を見てか、大声を上げるマリア。その声により、オレの意識は強引に現実に引き戻される。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ……」
不安はある。正直、悩んでないといえば嘘になる。ただ、この先どうなるかなんて、なるようにしかならない。たらればの話で不安になっても仕方ない、今はそう自分に言い聞かせる。
「……まぁ、いい。それよりもさっきの戦闘をちゃんと見てたか?」
「いや、全然……」
そういえば、斬り込む前によく見ておけとか言ってたな。全く見えなかったが。
「さっき私が使ったのは“ライズ・ディ・イル・スピード”。光魔法の中級魔法だ」
「光魔法……」
光魔法と言えば、付与魔術とかに分類されるって言ってたな。スピードとか言ってたから、速度上昇ってところか。
アリアの“シェル・ディ・ウィンド”も含め、どうもこの世界の呪文は英単語として聞こえるみたいだ。ライズは上昇、スピードは速度、シェルは砲弾、ウィンドは風といったところか。
結構、まんまだな。間に挟まっている“ディ”だの“イル”だのはよくわからないが、そのうちわかるだろう……きっと。
「おそらく、お前も修行すれば使えるようになる。覚えておいて損はない魔法だ」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「お前が今後どういう生き方をするのかは私にはわからん。お前が決めることだ。
師匠のように魔法のみで戦っていく、私みたいに短刀術に魔法を織り交ぜたスタイルで戦っていく、そもそも戦わないという選択肢もあるだろう。
そのどれにおいても、付与魔術……特に、さっきの魔法は強みになるはずだ。
私みたいに殲滅戦に対する付与魔術の強みは言わずもがな。完全な魔法職だったとしても、戦闘中に相手の攻撃をかわすためにある程度のスピードは必要になる」
「戦わないを選択したら?」
そもそも戦闘職に就くかどうかなんてわかったものじゃない。
「逃げる時に役に立つ。相手より遅かったら逃げることも出来ない」
「なるほど」
立ち向かうにしろ、逃げるにしろ、足の速さは武器になる。触れることの出来ない速さはそれだけで脅威だ。
どこかの漫画でそう言ってた気がする。要するに、そういうことだろう。
「もちろん、相手も同じことをすれば意味のないことだが……お前には闇魔法にも適性がある。合わせて覚えれば、お前に追いつけるものはいなくなるだろう」
「やっぱりさっきの闇魔法使ってたんだ」
「はい。“エリア・ロウ・ディ・イル・センス”です。さすが師匠です!!」
法則がわかれば、呪文を聞いただけで何となく効果がわかってくる。
ロウは低下、センスは感覚、エリアとか言ってたから、範囲攻撃のようなものか。
つまり、範囲内の感覚の低下。感覚と言えば視覚、聴覚などの五感が真っ先に思いつく。
でも……
「速度低下じゃなくて、どうして五感なんだ?」
自分の速度を上げて、相手の速度を落とせば、その差は絶対的なものになる。感覚を鈍らせるよりも効果的だと思うんだが……
「目的が逃走じゃなくて殲滅だからな。それに私は暗殺者だ。暗殺は相手の認識の外から始末するのが基本だ。
それに万一、相手が予測などで私のスピードに追い付いて力と力の押し合いにでもなってみろ。女の私が、あんなむさくるしい男に勝てるわけないだろう」
確かに自分の速度が上がって、相手がそれを追う目の機能が衰えたら、消えたようにも見える。聴覚が衰えたら、音もなく背後に移動することも簡単になるだろう。
速度を落とすだけだったら、マリアの言う通り予測で追いつくことも不可能とは言えない。だから、マリアはその予測すら許さなかった。自分に入ってくる情報が少なくなれば、どうしても反応が遅れる、どうあっても予測すらできない。
マリアのしたことが、理にかなってることはわかった。その上で……
「もしかして、オレたちもその魔法の効果受けてた?」
「それは、その……悪かったな」
マリアが言いづらそうに肯定する。
そんな予感はしていた。普通、人間が視界から消えるほどの速度で移動したら、音もなくというのがまず不可能だろう。マリアは文字通り“視界から消えた”。視界から外れたんじゃなくて消えたんだ。そんな速度で移動しようとしたら、音速を越えるはずだもの。
近くで見ていたオレ達に被害がないわけがない。衝撃波で吹き飛ばされるとかあってもよかったと思うし、チンピラたちもそんな速度で攻撃されたら、ナイフの峰で叩いたとしても確実に撲殺できる。間違いなく首の骨が折れてるはずだ。
つまり、消えたように見えたのは、マリアの速度が上がったというのもあるが、オレたちの目の機能が、耳の機能が衰えてたってことだ。
というか、こいつ……見てろって言った割に、見せる気なかったな……
あのセリフ、ちょっとかっこいいと思ったのに台無しだよ、まったく……
「とにかくだ。要するに、お前がどんな道を選択するにしろ、さっきの手法は覚えておいて損はない」
「まぁ、確かにそうだが……」
こっそりオレたちに魔法をかけたことは、この際置いておいて、周囲に倒れているチンピラを見渡す。
この死屍累々の状況をこんな小さな女の子が作った思ったら、付与魔術というのも捨てがたい魅力を感じる。
「だよねぇ……ボクも最初それをされた時ビックリしたし」
しみじみと昔を思い出すかのように、アリアがボソッとつぶやいた。
「そんな昔の話を掘り出さないでくださいよ、師匠」
「それもそうだね」
「ありがとうございます」
アリアが口を紡ぎ、それに対してお辞儀をするマリア。そういえば……
「それって、昔マリアが……」
確か、アリアのパーティを襲ったとか言ってたな……その時も同じことやったのか。
「お前までそれを言うのか!?」
「へぇ……」
「師匠、どうかしましたか?」
「いや、マリアがその話をしたのも珍しいなって思って」
「それは、その……私と師匠の関係を他の者に知られるわけにもいかなかったので……」
「本当にそれだけかな? ボクにはそうは見えなかったけど」
マリアが言葉に詰まっていると、アリアが面白そうに突っかかる。
こういう雰囲気で話しているところを見ると、師匠と弟子というより、姉と妹のようにも見える。
ほほえましい空気だ。
「うっ……」
「やっぱり二人とも仲良くなってると思うんだけど、どうかな?」
「そんなことありません!!」
「そうかな?」
アリアがニヤニヤしながら、さらに追撃をする。
「この大人数を殺さずに無力化する方法なんていくらでもあったはずだよ。それこそ下級の雷魔法でも出来たはずだし、そっちの方が簡単だったよね」
「うっ……」
「それでも、そうしなかったってことは……」
「た、単純に私はナイフの方が手っ取り速いと思っただけです。それ以上もそれ以下もありません」
マリアが慌てながら、アリアの言葉を否定する。
「ふふふっ……なら、そういうことにしておこう」
「そういうことも何も……」
「ユート君」
マリアの否定を無視して、アリアが話を続ける。
「キミにその気があるのなら、やっぱりキミはマリアに魔法を教わるべきだ。もちろん適性云々もあるけど、どうやらキミはマリアに好かれてるようだからね」
「そうか?」
「し、師匠!! 私はこんな奴……!!」
「本人はこう言ってるけど」
「ま、本人はこう言ってるけどね」
アリアが苦笑いしている。最初に出会ったころよりも幾分か評価が変わってはいるだろうけど、好かれているかどうかといわれたら疑問が残る。
最初の暗殺未遂だってマリアにはマリアなりの事情があったわけだし、短い間とはいえ、マリアと旅をした。オレの思うにそこまで悪い奴ではないと思う。オレのマリアに対する心情が変わったことは認める。
とはいえ、その逆がどうかと言われたらオレにはわからない。
むしろ、さっきマリアが口ごもった理由が謎だ。オレ、ここまで何もいいところなんてなかったと思うけど?
「マリアがこの話をしてるなんてなかなか見ないものだから、ボクとしては、ちょっとばかり期待してしまう」
「そんなこと……ありますかね?」
「ボクがそう思ってるだけかもしれないけどね。キミにとっても、ユート君にとっても、プラスにはなると思うよ」
アリアが諭すようにマリアに言う。マリアも首をかしげながら、その言葉を聞き入れている。
「さてと、その話は後でするとして……隠れてないで出てきてくれないかな?」
「うっ……」
その言葉と共に、マリアを挟んで反対側の路地の曲がり角から、ちょこんと顔をのぞかせこちらの様子をうかがう子供が一人。
見たところ、髪はぼさぼさで、いかにもな浮浪児といえる。
年齢は……おそらく小学生くらいか。全体が見えないから何とも言えないが、かなり年齢は低い方だと思う。
「いったい、いつから……」
その子は、バツが悪そうにゆっくりと話し始める。
「いつからって、キミの住処はそこの角曲がってすぐじゃないか。すぐにわかったよ」
「はぁ……まったく、人の島で暴れやがって」
観念したのか、ゆっくりと曲がり角から出てくる。
出てきた子は、服もボロボロで髪も全体的にボロボロ。見た目からは性別がわからないが、喋り方からしておそらく男の子。声は女の子っぽいのが不思議で仕方ないが。
長くて茶色いその髪は、整えて長いのか、単純に切ってないだけなのか。その辺はよくわからないが、恐らく後者だろう。前髪で顔が隠れてしまって、表情が読み取れない。
「いいだろ。厄介ごとをお前の代わりに引き受けたんだから」
「まぁ、それに関しては感謝する。事情は聴いてたしな。裏取りはこっちでやって置く」
腕組をしながら、礼をする男の子。その腕には、両手に枷のようなものがついていて、それから伸びる金属の鎖が腕全体に巻き付いている。
それに、よく見るとその細い足にも同じように鎖が巻き付いている。この身なりで両手両足に鎖……元奴隷か何かか?
「あぁ、そうしてくれ」
そんな様子の子供を目の前にしても、動じることもなく何食わぬ顔で対応するマリア。
この手の異世界物だとよく奴隷が出てくるが……それもどうも様子がおかしい。
テンプレ展開だと、ここで奴隷を助けて物語が進んだりだとか、幼女ハーレムものなら主人公大好きってなるが……
どうも、この元奴隷……元奴隷にしては……
「なぁ、このガキ……なんでこんなに偉そうなんだ?」
このくらいの子供の元奴隷であれば、見るものすべてに恐怖を抱いてるっていってもおかしくないと思うんだけど。もしくは、世界に絶望して死に場所を探してるとか。
故にオレを見て怯えてるって言うのであれば、納得もしただろう。人に興味を示さないと言われたら納得しただろう。しかし、こいつはそうはならなかった。
「というか、そもそもこのガキ一体何者だ?」
「そりゃ、こっちのセリフだ、あんちゃん。マリアたちと一緒にいるってことは、悪いやつじゃねぇとは思うが……」
今の言い回しで確信した。こいつもアリア同様、見た目と年齢が一致しないタイプだ。
しかも、明らかに商店街とかにいそうなおっさんの話し方なのに、声は完全に幼い女の子だから、ギャップがすごい。
「まぁまぁ、互いの自己紹介は中に入ってからってことで。行こうか“銀龍の拳”のアジトへ」
アリアが仲裁に入ることで、頭が冷えた。オレがそう思ってるだけで、実際には子供かも知れないし、周囲から見たら小さな子供と喧嘩しているようにしか見えないし、大人げ……
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…………ちょっと待て。今なんつった!?
誤字脱字の報告、感想評価お待ちしています。
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