1章 1話 夢
「ねぇ……ねぇってば……」
「うっ……」
「あっ、気がついた?」
ひんやりと冷たい床、肌寒い空気。ゆさゆさと揺らされ、知った女の子の声で起こされる。
「んんっ……ふぁぁぁっ」
「そんな大きな欠伸なんかして、のんきだなぁ」
「んんーーっ……って、神崎か」
寝ぼけ眼でも、明らかにジト目を向けられてるのがわかる。
綺麗な黒髪に、黒い瞳。学園の制服を着ていて、目立った装飾といえば、黒縁のちょっとおしゃれなメガネだけ。
字面だけ見れば“地味ないじめられっ子”のレッテルを張られそうなやつだが、中身は別物で明るくてクラス委員も務めている奴だ。
出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
結果として、男たちからは羨望のまなざしを向けられることが多い。
「裕斗君、気づいたら隣で倒れてるんだもん。ビックリしちゃった」
ビックリって……
「ホント、よかったぁ……死んじゃってるのかと思ったんだから」
神崎は、横髪を耳にかかるようにかきあげた。
これは、神崎がよくしている仕草だ。この仕草の意味は知っている。
「人間そう簡単に死なねぇって……で、そんなことよりここどこだ?」
見渡す限り、真っ白。天井も壁も何も見当たらない。
強いていうなら床だけは触れている感触がある分、存在していることがわかる。
もちろん、こんなところに覚えもなければ、来てもいないし、ここにいる理由も知らない。
「ゴメンね。私も少し前に気がついたから、何もわかってないんだ……」
「そっか……」
女の子と謎の空間で二人っきり。
男としては、喜ばしい状況なのかもしれないが、相手は神崎だしなぁ……
何故残念がるのかって?
単純だ。こいつが親の顔よりも見た幼馴染ってやつだから。
しかも家も隣とか言う、どんなテンプレの幼馴染ヒロインだよってツッコミを入れたくなるくらいに幼馴染している。
一応言っておくぞ。ゲームやアニメでよくいる幼馴染ヒロインなんて存在しない。実際にいる幼なじみは結構めんどくさい。
なまじ成績がいい上に、家事も出来る。それ故に、オレよりオレの家族の信頼を勝ち得ている。そのせいでウチのセキュリティは神崎の前には無き物に等しいし、おかげでオレのプライベートの時間も減るわで……
「裕斗君は何か思い出せない? この場所のこととか、この状況とか……」
「ないな」
「いや、そんな即答しなくても……ちょっとは考えようよ」
「つってもなぁ……最後に教室で話してたのが最後だな」
教室でオタ仲間と今期アニメの話をしていたところに神崎が乱入してきて、急に眠気がして……
「でもやっぱり、可愛いは正義だと思うんだよな……」
「まだ、そんなこと言ってるの?」
確か、今期アニメの異世界物の話をしていたはずだ。
レビューサイトでは評価が真っ二つに割れていて、仲間の一人がそのことを話題に出して議論に発展したはずだ。
その議論の途中で、神崎が乱入して、場をわきまえろとかそんなことを言ってたような……
「いや、確かに異世界物としてはチープで安直な内容だったと思うけどさ。それを差し置いても、イラストが良かった。それだけでもみる価値があったと思うんだよなぁ。神崎もそう思うだろ?」
「裕斗君、いい加減現実を見てよ!!」
またしても、横髪をかきあげ、耳にかける。流石に怒って、耳も真っ赤だ。
「あの水着回でのポロリシーンだけでも、見る価値が……」
「裕斗君!!」
神崎が悲鳴に近い叫び声をあげる。あまりにもふざけすぎたか……
「……とは言ってもなぁ」
神崎の顔を見ると、目尻に涙をため、今にも泣きだしそうな顔をしている。これ以上ふざけてると、本当に泣き出しそうだ。
もはや、気持ちを隠す気がないのか、髪をかきあげる様子がない。
「裕斗君、なんで……なんで、こんなに落ち着いていられるの!?」
悪かったと思いつつ、泣くのを堪えてる神崎に頭を撫でてやる。
以前、近所の小さな女の子が泣きじゃくっているときに“女の子は頭を撫でてあげると不安がどっかに行くんだよ”とか神崎が言ってたし。
決して、こんなことするキャラじゃないと思ってたんだけどなぁ、オレ。
「いや……慌てても仕方ないって言うか……状況をうまく呑み込めてないから、ひとまず夢ってことにしてる」
「夢って、ちゃんと触った感触だってあるし、この真っ白な空間だって……これが夢だって言うの?」
「神崎、胡蝶の夢って知ってるか?」
「夢で蝶になって飛んでたけど、それが果たして夢か。もしくは蝶の方が本物の自分で、今の自分は蝶が見ている夢なのか……ってやつだよね」
「そそっ。つまり、今のこの状況は、いかにも現実に見えるけど、実際には夢ってこと。そう割り切ったら、後は目が覚めるのを待つだけかなって」
「その理屈はどこか違う気がするんだけど……」
「それじゃあ、神崎は教室で話してたオレたちがここにいる説明できるのか?」
「それは……まぁ、出来ないけど」
「んじゃ、考えるだけ無駄。きっと疲れてて話してる最中に寝落ちったんだろ」
「そう……なの、かな……」
言いながら思ったが、オレの言ってることが所々おかしな点があるのも事実。
話してる最中に寝てしまったとしても、そんな奴会話相手が放って置くのか?
オレなら、すぐ起こすし、ぶん殴る。
それにこれが夢であれば、神崎との会話がここまで成立しているのも不思議でならない。
話している限り、この神崎が偽物とは思えない。だが、ここでこれをツッコむのも野暮だし、実際考えるだけ無駄。考えてもわからないなら、考える意味はない。
「なんだよ、歯切れ悪いな」
「えっと……この状況って、いかにもだよねって思って……」
「いかにもって?」
「ほら、異世界物によくある神様が出てくる空間というか……」
「……………………」
「……………………」
「馬鹿だなぁ~。そんなことあるわけないだろ。成績優秀の神崎とは思えない発言だな~」
笑って、誤魔化す。
神崎の言い分に一瞬納得しそうになったが、それはあり得ないと一蹴する。いくら何でも、現実と創作の区別くらいついてる。
「だ、だよね~。ほら、授業聞かずにライトノベル読みふけってる裕斗君なら考えそうなことじゃないかなって思って」
神崎も笑って誤魔化す。
確かに授業なんて聞かずに、漫画やラノベを読みふけってたし、神崎の席はオレの真後ろでオレの行動なんてバレバレだ。
「……おい。今、暗にオレのこと馬鹿にしてなかったか?」
今の言い方、現実と創作の区別がついてない残念みたいに思ってるような発言だったろ。
「そ、そんなことないよ」
あからさまに下手な口笛を吹きながら、目をそらす神崎。確信犯だなこれ……
「おい、目をそらすな。というか、神崎の口から異世界転生の話が出てくるなんて思ってなかったんだが。アレか。実は隠れオタクとか言う分類の……」
「違うから、違うから!!」
オレのツッコミに過剰に反応する神崎。怪しい……
「そういえば……昔、勉強しろって言ってオレの読んでたラノベを没収していったことあったよな。オレの部屋から根こそぎ」
「う゛っ」
「ふと思い出したけど、なんだかんだで、あの時のラノベ返してもらってないと思うんだが……アレどこ行ったんだ?」
「そ、それは……」
言われてみれば、神崎はオレの部屋に頻繁に乗り込んでくる割に、逆はほぼない。最後に行ったのって小学生の頃くらいじゃないか?
さすがに中学生にもなると、同い年の女の子の部屋に行くなんて小恥ずかしくなってたし、付き合ってる云々の変な噂になるのも嫌だったということもあってオレから行くこともなくなっていた。
まぁ、それでもこいつがオレの部屋に上がり込んでくるせいで、付き合ってる云々の噂になって一時期オタ仲間には“裏切り者”のレッテルを張られたが。
「よし、目が覚めたらお前の部屋に乗り込んでやる」
大義名分を得たオタクは強いのだ。小恥ずかしいなんて感情は、どこ吹く風だ。
噂? 今更だ。気にしたら負けだ。
「ちょっと、乙女の部屋に勝手に乗り込もうとしないでよ、変態!!」
「変態じゃねぇよ!! もとはと言えば、お前のせいだろうが!!」
自分でもわかる茶番を繰り返す。変態とか心外な単語も出てきたが、今は気にしない方向で。
神崎の顔にも少し笑顔が戻った気がする。これでいい。
……まぁ、帰ったら神崎の部屋に乗り込むのは決定事項だが。
「あの~……そろそろ良いかの?」
そんなことを思ってたら、突如見知らぬ声が聞こる。
「……………………」
「……………………」
二人して、声を失って、ギギギとか音が鳴りそうなほど不自然な挙動で声の方に顔を向ける。
そこには、オレたちと同じ目線に合わせて、中腰の白いローブの爺さんがいた。
「「ぎゃぁぁぁっ!!!?」」
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