新しい出会い・細刀
俺は玄奘殿の部屋を後にし、居間に戻った。
「あらあら~、刃辻さん、主人との話は付いたのぉ~?」
居間に入ると、座椅子に座っていた輝香様が俺に気付き話しかけてきた。
「いえ、本格的な事はもう少し後にとなりました。今は玄奘殿の手が離せないらしく、待っている間に、
この子らを皆に合わせてあげて欲しいと頼まれましたので、一度戻ってきた次第です」
この子らとは当然、刃月と刀里の事である。
「あらあら~そうなのぉ~?それは良いわねぇ~。じゃぁ、早速みんなに会いに行きましょうか」
輝香様はゆったりと立ち上がり、
「じゃぁ、刃月さんと刀里さんにもちろんレイちゃんも行きましょう?」
三人はゆったりとお茶を飲みながらくつろいでいた。と言っても刃月と刀里に関してはここに始めて来たので、失礼の無い態度をとろうと身体がガチガチになっていた。既に疲れが溜まっているのに更に疲れてしまいそうだ。普段落ち着いている刃月ですら、肩が上がっている。少し声をかけてやるか。
「刃月、刀里、そんなに緊張しなくてもいい。ただでさえ移動で疲れている身体なのに、それでは更に疲れるだろう?しばらくここに泊まるのだから、もう少し肩の力を抜け」
「は、はい」
駄目だこりゃ。
暁家と憧堀家の家が持つ屋敷はそれぞれの小家族に一戸の主生活の建物と倉庫がいくつかある。たった三家族だが、所有している土地はかなり広く、領地の端から端まで歩いて20分はかかる距離だ。建物と建物をつなぐ道以外は畑や川、森、草原だ。3家の子供たちは草原で駆け回り、刀や槍などの武器を持つようになってからは領地全体のありとあらゆる自然物を使い、身体を鍛え、自分の家の庭で武器を扱う練習をし、組手は領地中央の道場で行うことが多い。
それではお家の人同士会うのが大変なのではと思うかもしれない。実際、暁家の屋敷から出た時に刀里に訊かれた。しかし、それに答えたのは俺ではなく、輝香様だ。
「心配いらないわよぉ~。見ててちょうだ~い」
外に出る際、輝香様は弓と一本の矢を手に取っていた。矢には大きく長い赤い紐と謎の固形物が結び付けられている。
「いくわよぉ~」
彼女はそれを空に向かって撃ち放った。すると、音が鳴った。笛のような音。笛付き打ち上げ花火の音にそっくりである。
「これでいいわぁ~。少し待ちましょ~う」
しばらくすると、辺りが賑やかになってきた。あちらこちらから若者が集まり出したのだ。若者と言っても13歳から21歳までの幅だ。先ほどの矢は言わば、狼煙代わりのものだ。あの音で呼びかけ、色で内容を伝える。携帯電話やスマートフォンなるものは使っていない。必要がないからだ。
「みんな忙しかったぁ~?そしたらごめんねぇ~。でも~、刃辻さんに弟子入りした子達が来たからぁ~、紹介しようと思ったのぉ―」
相変わらず、寝たくなるような、おっとりとした口調で、輝香様が集まった人達に説明をいている。計7人、それが暁家、憧堀家の子供達だ。21歳の成人済の人もいるが。
「えーとぉー、一番大きい子がぁー、うちの長男のー、」
この口調ではいったい何分かかることやら。
「暁家長男、滝隆です」
あ、割り込んだ。流石、滝隆殿。
「暁家次女、氷保です」
「憧堀本家、父は久茂母は雪枝、長女、鈴南です」
次々に暁家と憧堀家の子らが自己紹介をしていく。因みに滝隆殿は21、氷保さんは18、鈴南さんは17だ。
「憧堀分家、父に夜須波流母に桐華を持つ、長男吉成です」
彼は15歳だ。
「憧堀本家次女、咲菜です」
「憧堀分家長女、智恵です」
この2人は確か13歳だったはず。
「師匠」
6人全員が自己紹介をし終えたところで刀里が小声で俺に話しかけてきた。
「どうした?」
「俺たちはどちらの名を名乗ればいいのでしょうか?」
好きな方でと言いたいところだが、暁家だけでなく、憧堀家も俺が渦牙羅の人間と言う事を知っている。しかし、今は刃月と刀里に俺が渦牙羅の人間だと言う事を知られる訳にはいかず、もしこの二人が渦牙羅を名乗れば今集まった人達の誰かが俺が渦牙羅だと言ってしまうかもしれない。
「今現在の戸籍上の名前を名乗りなさい」
「解りました。霧刃、先に名乗ってくれて構わない」
「はぁ。では、・・・私は東雲霧刃と申します。つい3、4日前に影浦様の下に弟子入りいたしました。どうぞよろしくお願い致します」
相変わらず丁寧な事だ。
「俺は志野蔵弥沙里です。霧刃同様、影浦様の下弟子入りをしました」
二人も他の人々同様に自己紹介をした。後は適当な時に玄奘殿が来るのを待てばいい。
鉄を打つ音がする。一定の間をあけて2回、3回、4回と数を重ねる。その音に一切の違いはなく、その空間に響き渡らせている。
音だけならものがものではあるが安らぐかもしれないが、そこに水をさすのが熱気である。窯から流れ出る熱気と人の汗かく熱気。
そう、ここは暁家の鍜治場である。それなりの広さはあるものの大きな窯や冷却水の桶等、多くのものがそこら中にあり、狭く感じられる。
その鍜治場には幾人かが鉄を打っている。一方で、一人だけ一本の刀を手に取り見ている。先程まで書斎にいた玄奘だ。周りで鉄を打っている人は全員暁家の使用人且つ玄奘の弟子的存在だ。
玄奘が今持っている刀は玄奘自ら創り上げた逸品だ。彼は元々、渦牙羅領の鍛冶職家、阿嘉儀の長男だったのだが、家督を彼の弟に譲り、憧堀に嫁いだ。故、鍛冶の腕はかなりのものだ。刀の他には槍、矛、鉈等、近接戦闘武器を主に作っている。その延長線上として農具も彼が作っている。
彼の手の刀はひたすらに細く、細く、細い。美しく反る刀身は1本の美しい棘の様だ。
「細いな。これでは少し横に力を入れれば折れてしまいそうだ。しかし、貫通力はピカイチだろうね。さて、どうしたものかな」
玄奘は小さく唸りながら、手に持っている刀を鞘に入れた。その刀に鍔はなく、鞘と柄の境を遠目から確認することは難しいだろう。
鞘の装飾は爪痕のような線が美しく彫られている。鞘の先端から柄との境まで小指3本分の間隔を開けながら7カ所、両面にそれらはある。
「刃辻君はどう見るかな」
玄奘はその言葉と共に鍜治場を出た。
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人物名
暁 輝香 (あかつき てるか)
暁 滝隆 (あかつき たきたか)
憧堀 久茂 (どうほり ひさしげ)
憧堀 雪枝 (どうほり ゆきえ)
憧堀 鈴南 (どうほり すずな)
憧堀 咲菜 (どうほり さな)
憧堀 夜須波留 (どうほり やすはる)
憧堀 桐華 (どうほり きりか)
憧堀 吉成 (どうほり よしなり)
憧堀 智恵 (どうほり ともえ)