夢に戸惑う心
夢を見た。夢の中に、どことなく師匠に、影浦刃辻に似た少女がいる。彼女は1枚布で作られたワンピースを着ている。白のベース生地に下から空色と黄色の線を首元にいれた半袖の服。裾は足首上まで。履物は藁の様なもので作られたサンダルみたいな靴。場所はどこかの村。建物は彼女の服の色と同じような色の建物ばかりが山の斜面に沿って並び、その村中が燃えている。斜面上の森との切れ目、中央に他の建物と少し変わった形の、だけど配色は同じ建物がある。他の建物は一階建て立方体みたいな形をしているのに対してその建物だけは円柱の塔があり、天辺は鳥かごみたいな形をした鉄柵で出来ていた。その鉄柵の中に少女はいる。村中は逃げるようにして斜面を駆け下りる人しかいない。そんな中で少女は塔の柵の中で胸の前で手を組み、天に祈るようにして佇んでいる。まるで、生贄の巫女みたいだ。
俺はその村の中央に立っていた。1人で。気付いたときにはそこにいた。俺はどうすれば良いのだろうか。そう思う内に、火の手が少女のいる建物まで削ろうとしている。それが見えた瞬間、俺は走り出していた。彼女のいる建物の方へ。坂道を全速力で駆け上がる。塔までは結構遠い。向かっている間に火が塔に燃え移る。少女はそんな事お構いなしに祈り続けている。村が燃えている為、ものすごく暑い。おまけに坂道を全速力で登っているのだから余計に暑い。
やっとの思いで塔にたどり着いたときにはもう既に火は少女の足元まで来ていた。塔のある建物は塔を中心に斜面の同じ高さの場所で横に伸び、両端で斜面上方向に直角に曲がっている。入り口は塔の下にあり、入ると壁に沿って螺旋階段が上に向かっているのが分かる建物の中まで既に火が入り込み、壁が崩れ落ちていた。建物があとどのくらい耐えるか分からない。俺は螺旋階段の一段目に足を掛けた。その瞬間頭上から火を纏った壁の一部がいくつか落ちてきた。それらは階段を壊して床に落ちた。幸いにもまだ登れそうだ。俺は思い切って階段を駆け上がり始めた。途中、何度か火を纏う落下物に当たりそうになった。
しかし、塔の真ん中まで来た時、ついに塔が耐えきれなくなった。今脚が乗っている段が崩れた。俺はそのまま落下していく。俺に恐怖が降りかかった。死ぬ恐怖。しかし、それよりも強く悔しさが込み上げた。また救えないのかと。目から涙が流れた。俺は思わず叫んでいた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ」
「・・・さり・・・やさり・・・」
声が聞こえる。
「弥沙里・・・志野蔵弥沙里」
「っはっ・・・。夢?」
夢の中だけでなく、現実でも叫んでいたらしい。東雲が俺の肩を揺すり、起こしたみたいだ。
「わ、悪い」
東雲は深く息を吐いていた。俺は辺りを見回した。まだ薄暗いが東の空に濃い橙色光が見えていた。師匠はいな、
「影浦様なら上です」
いと思ったのだが東雲が頭上を指さす。俺と東雲が寄りかかっていた木の枝の上に師匠はいた。
「・・・そろそろ日の出だ。・・・・・行くぞ」
師匠は枝から飛び降りた。そして、俺が借りていた布を取り、箱に畳んで入れた。あの夢は一体何だったのか。ただの夢とは思えなかった。
「朝食はこれだ。それを食べたら行く。良いな?」
渡されたのはリンゴ1玉とブドウ1房。
「弥沙里、先程はどうされたのですか?」
食べている途中に東雲が小声で訊いてきた。東雲も同じく朝食中だ。
「解んない。変な夢だ。気にしないでくれ。俺もよく解んないからな」
「そう・・・ですか」
今はまだ話さないでおこう。こちらも訊きはしない。志野蔵は一体どんな夢を見たのやら。強気な志野蔵の心は案外脆いのかもな。やはり、あいつを目の前で殺されたからか。それよりも、早く着くことを優先しないとか。そう思いつつ、俺は2人を見た。すると、ちょうど東雲と目が合った。
「どうされましたか、影浦様?」
「・・・食べ終わったか?」
「えぇ、二人とも大丈夫です。」
「なら行く」
俺は例の箱を背負い、2人を連れて滝場を離れ、再び北上した。
とてもどうでも良い余談だが、冷亜はつい寝てしまい、影浦に起こされた。しかも、彼女の半身が滝上の川に浸かっており、身体が冷えたため、現在影浦にもらった布に身体を包みながら自分の任務を遂行している。因みに任務内容は影ながら3人の護衛だ。
その夜は森吉山北西の森吉四季美湖のほとりにて野営する事となった。夕食を軽く済ませ、昨晩と同じく影浦が俺らに布を貸してくれる。どうやらこの布は影浦の持つ武器と武器が箱の中でぶつかり合い、鞘や持ち手に傷がつくのを防ぐためのものらしい。故に2枚だけでなく、10枚近くはあるようだ。
俺は昨日の夢が気になっているものの、影浦に訊けずにいた。師匠も師匠で何も訊いてこない。しかし、師匠と何か関係があるはずだし、夢の中の街並みに何かを感じた。見た事があるようなないような、そんな曖昧な感じなのだが。気になるのは確か故、訊いてみる事にしたのだ。
「霧刃、師匠はどこだ?」
師匠が見当たらない。東雲に訊いてみるもただ首を横に振るだけ。仕方なく、辺りを少し歩き回る。湖畔、森林、車道。どこにも見当たらず、結局東雲のいる湖岸に戻る。
「影浦様は見つかりましたか?」
東雲の問いに無言で首を振る。さっきと逆だ。しかし今度は東雲が言葉を続けた。
「何か急ぎの要件なのですか?」
「・・・」
彼女に話しても良いのかどうか解らない。しかし、彼女に全く関係のない事ではないような気もしていた。
「昨日の朝の事であろう?」
いきなり声がしたかと思うと、影浦が湖の中から歩いてきた。顔や手などの露出した肌と長く下された髪にはどことなく湿り気があり、水滴も目に見えるくらいには付着している。それであって服には一切濡れた様子がない。とは言え肩には髪の毛からの雫が落ち、点々と濡れていそうだ。
「何をなさっていたのですか?」
「水浴びだ。とてつもなく綺麗かどうかは微妙なところだが、浴びられない訳ではない」
見れば片手に手拭いを持っている。
「話を戻そう」
影浦は適当な場所に腰を下ろし、話し始めた。
「志野蔵、昨晩何を見た。話したくなければそれでいいが、そうでもないのだろう?」
「私は外しますか?」
東雲が尋ねる。勿論俺への問いだ。
「これは恐らく、東雲にも関係ない事ではない。そうであろう?志野蔵」
「はい」
お読みいただきありがとうございます。
今更なのですが、この話に出てくる地名は基本現実にある場所としています。例外も出てきます。