情報
日が半分以上隠れたころ、とある滝下の川辺に影浦達の姿があった。。
「今の時代になっても日が落ちてからの山中移動は危険だ。今日はここで再び日が昇るのを待つ。予定より早く着きそうだが、明日の調子にもよる。早めに休むと言い」
影浦はそれだけ言うと滝横の崖の方へ向かおうとした。
「師匠、いったいどこで寝るんですか?」
志野蔵が訊いた。
「この滝下はやや開けた場所だ。滝が見える場所ならどこでも構わない」
彼らがいる場所は砂利や小石ばかりが地面に広がっており、とても寝そべって休めるような場所ではない。因みに彼らの所持品は刀以外何もなく、夕食も自然の恵みのみであった。
影浦が持っていた箱の中のものは刀と槍以外何があるか2人は知らない。
「あ、あの」
東雲が口を開いた。
「何だ?」
「夜はこのままだと冷えると思うのですが・・・」
「知っている」
「だから、その・・・」
「まさかとは思うが、刀以外何も持ってきていないのか?・・・そう言えば刀の事以外何も言ってな
かったな」
これは申し訳ないと呟きながら、地面に置かれた箱を影浦は漁った。そしてやや大きめの布を2枚取り出し二人に差し出した。
「すまない。野宿をすると伝えてなかったな。これを使うと良い。寝冷えしない程度には温かい」
2人はそれを受け取って一礼した。
「あ、そう言えば師匠」
ふと思い出したかのように志野蔵が言う。
「昼間の質問ですが、何故あんなに沢山の武器を持っているんですか?」
「2人の予想は?」
「これから行く場所が鍛冶屋とかだからでしょうか」
東雲は小首をかしげながら答える。
「志野蔵は?」
「重さで体を鍛えているとか?」
志野蔵の答えを聞くと影浦は頭を抱えた。
「俺をなんだと思っている」
溜息をつき、また言葉を続ける。
「今回に限ったことを言えば東雲の回答が正解の一部と言えよう。だが、普段のことを言えば正解に
ならない。」
再び箱を漁り、影浦は刀と槍を2本ずつ取り出した。紅い刀と蒼い刀。黒い槍と朱い槍。紅い刀は2人も見た事がある。刀と槍の長さが違うのは当然だが、刀と槍、それぞれで比べても長さが違う。蒼い刀より紅い刀、紅い刀より朱い槍、朱い槍より黒い槍の順番で長くなっている。刀同士の差は手のひら一つ分くらいあるだろうか。
「一番大きな理由は戦う相手、戦う場所、戦う時間によって不利にならないようにするためだ。ずるいと思うかもしれないが、戦う相手は剣士や槍兵だけじゃなくてな」
喋りながら影浦は滝つぼに向かって立ち、腰紐に挿した蒼い刀に手を添えた。
「暁刀弐型『蒼雷』、抜刀」
鞘からその刀身が露わになる。それと同時に影浦の周囲の空気が歪む。以前二人が柊彗寺で手合わせをした時に影浦が使っていた『火煙』は、刀身から黒煙が流れ出ていたがその時には感じられなかった何かが『蒼雷』にはある。次第に空気の振動が大きくなり蒼白い閃光が刀の周りを走る。
「轟け、速刃走電昇雷っ」
影浦は刀を自身の前方左斜め下から、右上に振り上げ、刀身が地面と水平になったところでピタリと腕を前に伸ばし切って制止させた。その瞬間、蒼白い光が滝へ一直線に走り、滝にぶつかるギリギリの所で直角に曲がり、天に向かって突き刺さった。それは一瞬の出来事である。日が暮れている事もあり、とても眩しく感じられた。影浦の持つ刀を見ると、刀先は真っ直ぐ滝へと伸びており、刀が帯電しているかのようにビリビリと光を纏っていた。
「・・・・・」
志野蔵と東雲は2人して言葉が出なかった。志野蔵は口を開けて固まり、東雲は目が点になっていた。阿吽像の様だ。
「水辺だと大抵この刀を使う。絶対ではないがな」
刀を鞘に戻した影浦が2人の下に来て言った。2人はまだ放心状態だ。光の塔は既に輝きつくして消え、辺りは元通り闇に包まれた。火を焚いていたのだがそれも今ので消えてしまっている。
「火も消えてしまった事だし、もう休むと言い。他のも少し見せてやろうと思っていたが、続きは岩木山に着いてからでも良いだろう。むしろそっちの方がゆっくり説明できる」
そう言って、影浦は刀と槍を箱に戻し、2人の肩を叩いた。
「いつまで放心している。明日も長い移動だ」
叩かれ2人は我に返った。
2人が寝る体制になったのを見届け、俺は滝横の崖を上り、そこに立っていた人に声をかけた。
「お待たせしました、冷亜さん」
声をかけた相手は俺と同い年くらいの女性だ。暁冷亜それが彼女の名前だ。因みに俺の刀の『暁』は彼女の父が俺の刀を打っているためについた名だ。
「いや、良いものを見せてもらったから構わないさ。それより、この間、刃辻ちゃんが戦った奴らだけど、殺されたよ」
「そうでしたか。殺した人はどなたです?」
「驚かないのね。・・・この顔に見覚えはある?」
質問に対し、1枚の写真を見せてきた。そこには50代後半くらいの紳士風の男が映っていた。その顔には見覚えがある。忘れるはずがない。名前も顔もはっきりと覚えている。
「自分の集落を襲った人の中の1人です。確信はありませんが主犯かと。彼は当時集落の中の1つの村を治めていた貫興家の当主、貫興石也です」
村長なので彼の治めた村が裏切った村なら連中の指揮をとっていたはずだ。
「そう、そりゃ覚えていて当然か」
冷亜は溜息をついた。
「何か問題があるのですか?」
「いや、ただ辛い事思い出させちゃったかなって思って」
「気遣い恐れ入ります。ですが別に構いませんよ。今更何をしたって生き残りが自分1人って言う事実は変わりませんから」
正確に言うなら俺が知る範疇ではと言うだけだ。俺はあの時弟と妹2人、計3人を逃がした。その3人が生きているかは知らない。もしかしたら一生知る事ができないかもしれない、・・・と、思っていたのだが、
「あー、そのことも話さなきゃなんだけれど・・・」
「はい?どのことです?」
唐突に何かを思い出すように言いだした彼女に問う。
「だから刃辻ちゃんの村の他の生存者の件よ。でもそれより先に。この写真の男だけれども、今彼らは君の村の跡地を拠点にしているよ」
「⁈今何と?」
俺は自分の耳を疑った。
「貴方の村跡にいるのよ。成人総数50人越え」
「彼らは自分があの村の生き残りと知って自分を狙っていると考えてよさそうですね」
目的もある程度目星がついている。だが、できればその目星が外れて欲しいと思っている。しかも集落全体を襲った時と比べ、明らかに人数が増えているのだ。貫興の治めた村の村民は当時23人だった。
「後回しにした情報と言うのは何です?」
「驚くかもしれないけど、彼ら、あの村の子よ。しかも貴女が知っていなくてはならない子達」
冷亜はそう言うと志野蔵と東雲を指さした。2人は1本の木の裏表に寄りかかりながら寝ている。
「そうでしたか」
「あまり驚かないのね。もしかして気付いてた?」
「えぇ、彼らあの村の人、特有の目をしていたので」
冷亜は首を傾げどんな目か尋ねている。
「あの村の人々は凄く気を付けて見ないと判らないほどのオッドアイでして。自分も同じです。しかも、年齢も合致します。ただ、名前も名字も変わってまいすけどね。それは自分も同じですが」
そう俺が言うと彼女は俺に近づいて俺の目を覗き込んだ。こんな間合いを詰められたのは初めてだ。そもそもここまで誰かを自分に近づかせたりしない。だが今のこの人には小さな悪戯心すら感じ取れない。いや、ほんの少しだけ悪戯心がありそうだ。
「んー、何が違うの?全然判らないわよ?」
こんな至近距離でしゃべられると流石に顔がムズ痒い。
「こんなに暗ければ見えないに決まっていますよ」
「あ、そうか。早く言ってよ」
頬を膨らませて言う。そのくらい気付いてほしいものだ。これで離れてくれると思ったがまだ離れようとしない。あと、手を少しずつこちらに近づけているような。目が悪い目笑みになっている。ゆっくり顔を後ろに引き始めようとした時、彼女の手が速さを増して俺の顔に伸びてきた。なのでさっと後ろに身を退いた。
「ちぇっ」
小さな舌打ちプラスほっぺたプクー。個の人今何を何しようとしたと思う⁉言いたくもないことだよ!多分。
「あーあ、そんなことするならさっき曖昧にした情報、教えてあーげない」
「自分は冷亜さんの悪戯心を感じて身を退いただけですよ?」
「気付かれたか」
何とも絵に描いたようながっかりした様。
「そのくらい判ります」
「そう。詰まんない」
更にほっぺたを膨らませた。ハムスターか?ジャンガリアンなのか?そもそも何のアピール?
「まぁいいわ。それより、どうして彼らがあの村、いや、集落にいるかが分からないのよね」
「それについては心当たりがあるのでご心配なく」
「そう、ならいいのだけれども」
冷亜は崖に近づき東雲と影浦の方を見た。
「あの子達には打ち明けるの?貴女と家族だって事」
とても優しい口調で尋ねてきた、さっきまでと別人になったかのように。
「2人は5人の兄弟、姉妹から2人いなくなったと思っています。だったらなるべく早くその悲しみを軽くしてあげるのが長女としてやるべき事でしょう」
「そう。因みにもう1人の妹さんの所在は知っているの?」
「えぇ。もう既にそちらの家に来てもらえるように手配しています」
「解ったわ。じゃあ、引き続き貴方達の護衛に戻るわね」
崖から振り返り俺の方へ歩き出し、そのまま横を通り過ぎ最後にこう言った。
「・・・私達も刃辻ちゃんの家族同然なんだから、いつでも頼ってね。あと、無理はしないで。」
彼女の方を向いたとき、もう彼女は森に姿を消していた。
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人物名
暁 冷亜 (あかつき れいあ)
貫興 石也 (かんおき せきや)