オーディション
「二十二世紀に残る歌のオーディション」に集められた男女十名。
それは東京でなく、一地方、福岡県福岡市で行われた。
会場は二千人ほど。
立ち見も出るほどの盛況ぶり。
第一回にしては宣伝がうまくいったほうであろう。
応募者数三千人余り。
写真のみならず、動画、自己アピールはSNSでの活動実態など様々。
その中から書類選考を勝ち上がり、ネットによる直接の歌やダンスの審査。
面接による自己アピールなどを経て、半年がかりで入念なオーディションが行われてきた。
審査風景もライブ配信され、一般ユーザーによる投票も参照にされた。
参加は一人でという決まりがある。
グループアイドルなんかが応募しないための布石なのだろう。
とは言え、全員の顔立ちを見ると、とてもアーティスト寄りとは思えない。
ある程度のルックスで足切りがあったのではないか。
書類審査に動画審査、とにかく顔を隠しての応募はNGであったから、仕方ないことであろう。
最近はVチューバーも存在し、顔出しNGでも通用するのだが、Vチューバ―の応募は厳禁であった。
単純にミュージシャンを求めているのではなく、アイドルを募集していると感じていた。
ギターなどの楽器演奏も許されているが、オリジナルの曲はNGである。
単純に比較しやすいように、課題曲が決められ、歌のうまさは一目瞭然となる。
課題曲は「ユーチューブ、ゴーゴー」
ユーチューブで流行っている曲だ。
審査員が一般ユーザーの票数に左右されないように、数字は伏せられているが、カラオケ採点機の点数が、テレビの視聴者には見られるようになっていた。
とはいえ、これも審査員の採点には全く反映されず、ただ単にテレビ的な要素として採点しているに過ぎなかった。
結局審査員の趣味ということになるのだが、審査員はヒット作を連発する猛者ばかり。
これには新しい音楽が産まれてこないという書き込みが多数寄せられていたが、歌がうまいのに落ちた子が同情票を集め、デビューにつながるかもしれないという裏の憶測があるらしいと、自称関係者の書き込みがあり、みんながそれを信じた。
とにかく優勝者にはデビューが保証され、それ以外の者にもチャンスが与えられるというオーディションは若い層を中心に話題になっていった。
星野めぐは周りの出場者に圧倒されていた。
それぞれが歌を歌ったり、発声練習をしたりと自分の番を待っている。
会場の様子はテレビに映し出されている。
星野めぐはそもそもこんなコンテストに参加するつもりはなかったのだ。
普通に学生で、放課後の楽しみに友人とカラオケに行き、みんなの乗りで、歌のオーディションに参加したに過ぎない。
それがいきなり「面接に来てください」と郵送物。
これは怪しいと思って、ほっておいたのだが、しばらくすると、電話。
そして黒いスーツを着た女性が「オーディションに参加しませんか」と家に訪ねてきた。
一枚の名刺を見せ、一流芸能事務所のスカウトだと身分を明かし、両親を説得しに来たのだ。
両親もその熱意に押されたのか、「とりあえず、オーディションだけでも受けなさい」と言う。
後で分かったことだが、事務所のスカウトがそれぞれに気に入った子を選別し、自分で交渉をしたらしい。
自分が発掘した子が売れれば、事務所での評価も上がるため、取り合いが起こったらしく、星野めぐに、「あなたをドラフト1位に指名したのは、スカウトの4人よ。でも残り2人もあなた押しだったみたい。それでも他の人にしたのは、2番手、3番手を狙ったせいね。つまりわが事務所スカウトマン全体の一押しはあなた、星野めぐなのよ」
「えっ、でも…」
「あなたはそれでもオーディションを断るの?」
「でもあの動画はノリって言うか、冗談っていうか、まさか僕なんか…」
「あなたはまだ自分の魅力に気が付いてないの。私たちは少なくともプロなのよ。あなたが可能性を秘めた原石だって、感じてる」
「僕、人前で歌うなんて…」
「大丈夫、そうね、あなたのためにはそれも在りかもしれない」
一人納得している。
「じゃあとにかくオーディションだけ受けて…」
その日はそれで帰っていた。
「オーディションはスマホでできるから…」
「えっ、スマホで?」
そう、動画で送信してもいいし、審査員の前でスマホ越しに歌ってもいいわ。
もし希望なら、東京に出てくれば、いつでもオーディションようの動画を事務所が取ってあげる。
「そんな、分かりました、スマホで自分で撮影します」
そしてその場でスマホに課題曲が郵送されてきた。
聞き方分かるよね。
というか、CDあるかな。
「あ、あります」
CDに音源を焼いてきてるから、歌手が歌入れした音と、カラオケが入れてあるから。
なんだったら、今から歌う。私が撮影して送るけど…。
いいです。動画を撮影して、送ればいいんですね」
「ちゃんと歌ってよ。一応、コンテストに出す分だからね」
うん?
そういえば、これって事務所のコンテストじゃないはず…。
なのに、事務所のスカウトが来てるんだ。
「青田刈りってやつよ。あなたは絶対に売れる。だからうちでコンテストでの優勝までサポートさせてもらうわ」
「動画による審査が終了したわ」
「結果は合格よ」
「ただ、もう一度、ネット越しでいいから、課題曲を歌ってほしいの」
「えっ、今からですか」
「そう…」
練習もないまま、それをネット越しに歌い、オーディション終了。
ネットの向こう側にはいろんな人たちがいた。
「うーん…、歌が微妙だね、やっぱり」
「確かに」
「でも歌が下手な歌手はいっぱいいるし」
「まあ、そうだけどね…」
「一つ気になったのが、彼女、声帯があまり強くないんじゃないかな」
「どうでしょう…」
「やっぱ、君の提案を検討してみるのも仕方ないかな…」
「ぜひ、お願いします」
みんな、歌がうまい。
本当にこんなコンテスト、僕、恥をかきに来たみたい。
しかもいきなり観客の前で歌を歌うなんて、
さっき袖から覗いたけど、二千人くらい客がいる。
それだけじゃない。予選からニコニコ動画で生中継されるというのだ。
すでにニコニコ動画にオーディションように送られた動画がアップされ、個人配信もそれぞれに行われている。
とは言え、ネット上ではカメラがあって、書き込みに返事をするだけの配信で、本当に向こう側に観客みたいのがいるのか、曖昧で実感が全く湧かなかった。
しかしこの2000人の観客を前にすると、さすがに圧倒されてしまう。
星野めぐは、もう緊張で汗が止まらない。
控室で他の参加者が次々に呼ばれ、歌っている姿をモニターで見ていると、心臓が張り裂けそうになる。
星野めぐの名前が呼ばれた。
控室を出ると、袖に連れていかれた。
袖から、歌ってる姿がよく見える。
観客の顔も薄っすら見えている。
「星野めぐさん、出番です。番号が呼ばれたら、すぐに出て行ってください。
星野めぐの番。
「小便ちびりそう」
「星野めぐです。よろしくお願いいたします」と頭を下げると、曲のイントロが鳴り始めた。
星野めぐは気持ちを高めようと、ステージの出入り口の非常階段の緑のライトのみを見つめた。
課題曲は何度も聞きこんできた、カラオケ機にもすでに入っており、練習は十分とは言えないが、それなりに熟してきた。
採点機ではいまだ100点は出ていない。94点が最高だ。
そんな状態で優勝するとは思えない。
だから緊張なんかする必要はない。
いつものように。
いつもカラオケ店で歌っているように、歌えばいい。
そう、客も審査員も気にするな。
星野めぐは歌いだす。
歌いだすと、急に緊張がほぐれた。
よし、いける。いつものままだ。
後は最後までしっかり歌いさえすればいい。
歌い終えると、すごい拍手の波が襲ってきた。
ヤバい、急に緊張してきた。
司会者が近寄ってきた。
つまらない言葉のキャッチボール。
審査員のコメントも何となく聞き流してしまった。
まあ、これで事務所の人も諦めてくれるかしら。
とても優勝なんかするはずないし…。
同級生なんかにネットを見られるのが、少し恥ずかしいけど、そんなに見てないだろうし。
ネットライブだし。
まあ、編集して2週間後ぐらいにテレビの地上波で放送するらしいけど、今は自分の姿を見たくない。
一応、ブルーレイに保存はしておくけど、きっと見返さないな。
そそくさと控室へ帰ろうとすると、司会者から、あっちの席に座ってて」と言われる。
そこには歌い終えた人たちが座っていた。
みんな、優勝したがってるはずなのに、拍手で出迎えてくれた。
ああ、なんか疲れる。
私は腰を下ろし、初めて会場を見渡した。
さすがに広い。
こんな広いところで歌ってたんだ。
「これですべての歌が終わりました。審査結果を待つ間、ゲストの歌でお楽しみください」
そう言えば、ゲストって誰だろう。
あんまり芸能人のこと知らないし。
と、ゲストが出てくると、今日一番の盛り上がりを見せた。
もしかすると、みんなの目当てはこのゲストさん?
でも誰かしら…。
ギターを弾きながら、熱唱している。
みんなの手拍子に合わせて、星野めぐも手拍子。
「まずは敢闘賞、行きましょうか…」
名前を呼ばれた子は涙を流して、前に出ていく。
「それでは優勝者を発表します」
ああ、やっと終わりか。
「優勝者は星野めぐさん」
でもよく頑張ったよ。
いやいやだったけど、本当頑張ったな。
生きてきて一番頑張ったかも。
「星野めぐさん…」
「えっ、私?何?」
「あれれ、すっかり放心状態ですか」
と、みんなに押されるように会場の真ん中に。
すると大きなトロフィーが渡された。
えっ、私が優勝?
「おめでとう」
大歓声。
それらがすべて僕に注がれているのだ。
恥ずかしい。
緊張で心臓が飛び出しそうだ。
痛い、痛い。
視線が痛い。
今、僕はハートを射抜かれた。
そうだ、きっと天使に矢を射抜かれるとはこういうことを言うのだろうか。
違う、心臓が…、心拍数が…、危険レベルまで上がってる。
息苦しい。
これがいわゆる過呼吸か。
怖い、このまま気を失いそう。
もう観客の顔もよく分からない。
そこは真っ暗闇のブラックホールのよう。
僕は子供の頃から大事にしているお守りを握りしめた。
すると、力が湧いてきた。
それは遠い昔。
いや記憶の奥の奥。
まだ子供だったから曖昧にしか残されてない記憶。
すごく大きな男の人の影。
彼が僕にそれを握らせたのだ。
誰だったのか?
僕には父がいない。
とすれば父なのか。
母は父は偉大な科学者で実験中に事故で死んだというが…。
だとすれば僕の父の唯一の記憶。
課題曲のイントロが鳴り始める。
「お父さん、僕の歌を聞いてね」
知らない父。
天国にいるかもしれない父。
このお守りを握りしめたら、きっとそれは父に届くはず。
父は科学者だったんだ、死んだ人と交信できる発明品だとしても不思議じゃないわ。
お父さん、僕の歌を聞いてね。
僕は歌を歌いあげる。
その感情が乗った歌は、その場にいたみんなの心をとらえた。
思わずみんなが拍手。
立ち上がるものもいる。
採点機は九十五点台とやや低めの評価であったが、観客の、テレビの向こうの視聴者の心を鷲掴みにしていた。
「これは決まりかな」審査員の一人が漏らす。
採点マシーンの点数では星野めぐは7位と振るわない。
しかし誰にもまして曲のイメージに合っていたのも星野めぐ。
満場一致で星野めぐの優勝となった。
結果は、グランプリは星野めぐさん」
えっ、僕が優勝。
何、出来レース。
私のほうが絶対うまいのに、
突然、みんなの心の声が聞こえてきた。
振り返るとみんな笑顔で拍手している。
嫉妬を背中に浴びながら、トロフィーを受け取る。
そして、副賞。
副賞は…。
星野めぐはそこから記憶がない。
目を覚ますと、そこは狭い部屋。
ひとりぼっち。
目の前にボタンがいくつか並んでいる。
部屋にモニターがある。
突然モニターがついて、ボイスチェンジャーで加工された声が聞こえてきた。
「君は優勝者の特典として、選択権を得た。
今から聞く歌声を聞いて、自由に採点してもらう。」
突然、スピーカーから声が聞こえてくる。
「1番、歌います」
えっ、この子、確か。
スピーカーから歌声が聞こえてくる。
その星野めぐには歌声に聞き覚えがあった。
名前は思い出せないが、顔が朧気に思い出せた。
「さあ、採点をしてくれ」
「採点って、どうやって」
「100点満点で好きな点数をつけてくれ」
えっ、点数をテンキーで入力して、OKボタンを押すんだ。
僕、採点なんかしたくないんだけど」
「いいかい、これは君の歌声を選ぶコンテストだ。
君がどの声を自分の声としたいか、点数で判断するんだ。
「どういうこと?自分の声って」
「早く点をつけた前、じゃないと、彼女は失格になるぞ」
「えっ!」
星野めぐは大慌て。
まままあうまい。
89点くらい、いや、93点…。なるべく高くつけといたほうが…。
「ずいぶん評価が高いね。」
「私の採点は70点だ、しかし、これは君の歌声を決めるオーディションだから、君が好きな声を選べばいい」
「やっぱり意味が分からないよ」
「今の声が基準になる。上と思えば94点以上をつけるんだ」
「僕の声って何?」
「デビューしたら君の声になるんだからね」
「2番、歌います」
どいうこと、僕の声って…、ゴーストってこと?
2番の子も声に聞き覚えがある。
顔は…、浮かばない。
「質問していい?」
「優勝した子は僕の歌声のゴーストになるの」
「そうだ」
「どうしてゴーストなんか。僕は僕で歌いたい」
「君の思い上がりにも驚いた」
「君は自分で歌がうまいつもりか。
「いえ」
「ほら、点をつけた前、失格になるぞ」
「えっ、ああ、誰だったんだろ、今の歌。いや、ちゃんと聞いてなかった。
でも点をつけないと失格。じゃあ」
「九十三点。さっきと一緒だね。まさか君はずっと同じ点をつけるつもりじゃないだろうね」
ばれた
僕には選べない。
「もし全員同点なら、全員失格だよ」
「三番、歌います」
「あっ、この子、うまい、覚えてる。小っちゃくてかわいい子。声も可愛い」
「きっと、小学生の子だ」
「九十四点」
「ついに落伍者が出たね」
「しょうがないじゃない。僕が悪いんじゃない。それに、ゴーストなんて、本当に幸せなのかしら。いっそ選ばれないほうが幸せなんじゃ」
「君に教えておいてやろう。君が選ばれた理由は歌がうまいからじゃない。会場に来た審査員には顔やスタイル、雰囲気だけでスターになりそうな子を選ばせた。
つまり君が選ばれたのは他の子より、可愛いからだ。
ただ、歌はいただけない。
君は出場者の中で一番歌が下手だ。
だからゴーストが必要なんだよ」
「4番歌います」
歌声が聞こえてくる。
「この子、ハスキーだ。かっこいい、そう、ボーイッシュな格好のあの子。僕はこの子が優勝すると思ってた。」
「92点」
「うん、ずいぶん低い点だね」
「彼女は覚えてます。僕は彼女が一番だと思った。だから僕のゴーストなんかより、別のオーディションを受けて、実力で歌手になってほしい。
「君は甘ちゃんだね。そんなんじゃ、厳しい芸能界を渡っていけないよ」
「5番、歌います」
この子も覚えてる、アニメ風の声。わざと出してるのかと思ったけど、本人は地声だと楽屋で話してたっけ。
「88点」
「なるほど…」
「やっとちゃんとオーディションを審査する気になったみたいだね。
「あのー、僕は優勝を辞退したいんだけど」
「ダメだよ、君は選ばれたんだから。すでにテレビで放送されてる。
君が辞退したら、イベント自体がパーになる」
「でも僕」
「6番、歌います」
「ああ、一番アイドルっぽい歌を歌ってた子。僕この子の歌声、嫌いじゃない。心が温かくなる」
「97点」
「うん、ずいぶん高いね。彼女に決めたのかい」
「出場者は全部で10人。もし、あの中から選ばれるとしたら、あと、3人」
「7番、歌います」
「ああ、ロックが好きな子。うまいけど、僕にあうのかな」
「94点」
「8番、歌います」
「思い出せない。この子は分からない。でもダンスのうまい子が確かいたっけ。彼女かな」
「94点」
「ついに最後の一人だ」
「9番、歌います」
もう心は決まってる。97点つけた子が優勝だ。
「9番の子も、確かにうまい。でも僕のゴーストとしてはどうだろう」
「94点」
「結果は出たようだね」
「はい」
「じゃあ、優勝した子にそのことを伝えてくるよ」
「はい」
「ああ、それと一つ、言い忘れたことだけど、不合格者は全員死んだから」
「えっ、死んだ」
「最初に言っておくべきだったかな…」
「この歌合戦は,命を賭けたゲームだったんだよ」
「だからみんな実力を発揮できなかったのかもね
そう言えば、声が出てない子がいた。
声が震えてた子も。
みんな、命がかかってることを知ってたんだ。
だから緊張で思うように歌えなかったのだ。
なんてこと、こんなの嫌だ。
僕が8人を殺したようなものじゃない。
モニターに映像が。
そこには血まみれで倒れてる女の子たち。
それはまるで古戦場のようであった。
みんなの背中に矢が刺さっていたのだ。
その中でただ一人、女の子がマイクを握って立っていた。
「どういうこと、何、この映像」
「今のオーディション風景だよ。君が点をつけ、落伍者は弓矢で射抜かれていったんだよ」
だからだったのか。なんかみんなが声が震えてる気がしてた。
緊張が伝わってくると思ったのは、死への恐怖だったのだろう。
そんな中で歌を歌わせられたなんて…。
最後に1本の矢が少女の前に突き刺さる。
「優勝だ」
「矢文を見た前」
矢文には「君にはこれからゴーストとして生きてもらう」と書いてある。
「嫌だ、こんなの」星野めぐは目の前の機械を叩く。
僕の採点でみんなが死んだのよ。
「大丈夫、君はこの日起きたことをすべて忘れてしまうから」
途端、頭がボーとして、
「じゃあ、これからスター街道を駆け上がってくれた前」が聞こえた。
眠りから目覚めると、うちに帰っていた。
目の前にトロフィーが。
「ああ、優勝したんだ。夢じゃなかったんだ」
採点機自体はまったく審査に関係ないと書いてあり、歌は自分の個性を最大限引き出せる歌い方でお願いしますと女の人から言われていた。
カラオケの採点に縛られた歌い方をしても、予選落ちしている人がいっぱいいたからだ。
予選落ちした人の中には100点の歌を動画で上げて、自分がオーディションに落ちたのはおかしいと主張するものが数人いたからだ。
「ああ、ついつい落ち込むとわかってて、エゴサーチ」
そりゃ、私なんかが優勝じゃ、文句も言いたくなるわよ。
そんなことは分かってる。
でもさ、私だって別に優勝したかったわけじゃないんだし…。
落ち込むなあ…。
「星野めぐ、お迎えに来ました。
今日から一週間レッスンのために山小屋で生活してもらいます」
「はい」
そこに行くと、7人の女の子。
「さあ、これからレッスンで己の能力を磨いてほしい」
「ただし、デビューできるのはこの中からただ一人」
「えっ、デビュー、決まったんじゃないの」
「君たちが勝ち上がってきたのは地区予選だ」
各地で優勝した精鋭で切磋琢磨してもらう。
「星野めぐ様は福岡出身なので、ここでは九州と呼ばれます」
さあ、この8人で競ってもらいます。
九州、四国、中国、近畿、中部、関東、東北、北海道と出欠を取る。
男子も結構残っている。
ニコニコ動画などのネット中心のオーディション形式は、一般票は男性には圧倒的に不利だと思ったが、意外とそうでもないようである。
男子も交じってることから考えると、やはりアイドル系よりもアーティスト寄りのオーディションなのだろうかと思った。
それにしては楽器を演奏したり、オリジナルの曲をアピールする機会もなく、いまだに何が優勝するために必要とされているのかがよく分からなかった。
星野めぐはまだ自分がなんでここにいるのか、迷いの中にいた。
物心ついた頃には母が一人で私の面倒を見てくれていた。
母は父親については高名な科学者で、父の論文が載っているネーチャーの記事などを見せてくれたが、本当にそれが父親なのかといった単純な疑問を払しょくできずにいた。
一番疑わしい点は、父親が実験中の事故で姿を消したということだ。
姿を消した。
つまり行方をくらましたということ。
実験中の事故で父親が死んだわけではないという点。
そう、母に言わせればタイムマシンの実験中に姿を消したというのだ。
母は今頃、過去を彷徨っているというのだ。
「謎の失踪という週刊誌の記事を図書館で閲覧した時、母が言うことに間違いはなく、確かに父親は過去に行ったのかもしれないとも思った。
ムーのような雑誌を見ると、たまにマッドサイエンティストとして記事になっていたりする。
なぜそういうことになっているのか。
それは実験の立会人が4人もいたのに、いきなり姿を消し、死体すら残っていなかったからだ。
しかし手品のトリックみたいのを使って、姿を消し、姿を消したのかもしれない。
じゃあ父親は私たち家族を捨てたというのだろうか。
それとも本当に過去を彷徨っているのか。
父親がもし失踪していたとしたら、どこかで見ているかもしれない。
父親探し。
それが私の目的なのか?
そうじゃない。何か目的がないととても今の自分を受け入れられないだけだ。
普通の日常が送りたいだけなのに。
なんでこんな毎日を過ごしてるのだろう。
歌が好きな誰かが優勝すればいいだけなのに。
もしかしたらこういった思考さえ刷り込まれてしまっているのか?
なんて、この前見た実験のドキュメンタリーのせいだ。
なんか、情報を遮断され、山小屋に…なんて、密室殺人か何か起きそうなシチュエーションだ。
まあこの小屋にはあっちこっちにカメラがちりばめられ、ネットの向こうでいろんな人たちが見ているらしいのだが。
まあ、さすがにそれじゃ、密室殺人なんかおきやしない。
ほんと、楽天ときたら、目立ちたがり屋なんだから。
カメラに向かって、いちいち愛想を振舞っている。
まあカメラを意識してアピールするのが正解なんだろうけど、私にはとてもできそうにない。
あと、テレビカメラが入ってるので気にはなるでしょうが、生配信の時は前もって知らせます。
一応、録画した後、編集して、毎日2時間ずつ、配信しています。
それらをみんなが見て、推しみたいのを決めたりすると思うので、よろしくお願いいたします。
ただ過激なアピールはすべてカットされるので、普段の自分でいるようにお願いします。
「その動画は我々も見れるのでしょうか?」
「見たいですか?」
「はい」
「じゃあ、みんなで一緒に見ましょう」
「ネット配信なので、動画を見ながら、それぞれが意見を出し合う番組形式にしましょうか」
もちろん、動画は生中継後も残ります。
まず、18時台に、ドキュメンタリー風の日課報告映像を流し、20時からは同じ映像を見ながら、みんなでクロストークという形でいいですか?
彼女は誰かと話をしている風だ。
誰かに意見を求めてるのだろう。
まあ、普通に考えれば、主催者というところか。
さて、それぞれ2000人程度の会場でコンテストをニコニコ動画などでライブ配信してきたと思います。
それは今もネット上に上がっていて、再生回数も審査の基準となっています。
ちなみに現在ダントツ一位は九州地区予選。
そうか、その映像を見れば、僕がなぜここにいるかが分かるかもしれない。
「ちなみに各地方のコンテストの模様が見たい人は申し出てくれれば、映像をテレビで見れるので、そこで見てください」
「これは当事者が再生数をあげるために繰り返し視聴することを避けるためです」
「ちなみに映像は一地区90分に編集してあるので、自分が見たいシーンがカットされてる可能性もあります」
僕は全地区の映像を借りることにした。
特に自分が出ていた九州予選を繰り返し、見た。
しかし何度見ても思い出せないのだ。
自分が歌ってる姿を見ても、一切あの時の記憶がなくなっている。
「さて、合宿期間中は本名を捨ててもらいます。けして他人の本名を聞かないように」
「なんで本名じゃだめなんですか」
「芸名をつけられたとき、それに対応できるかを試したいからよ」
「じゃあ、ラインとかメールとかきけないよ」
「グループラインは原則禁止です。オーディション中に個人批判が起こると困るから」
あと、そう、スマホ、携帯は没収です。
だからどちらにしても、できないですけどね」
「個人配信に関してはそれぞれの部屋にブースがあります。そこでカメラに向かって話しかけてください」
「ファンの誰かから返信があるかもしれません」
「ただ会話はすべて把握されてるので、悪口が拡散したりすると、減点になるので注意してください」
「あのー、医者に診てもらえないでしょうか?」
「どうして?」
「実は記憶がなくなっているというか、変な子と思うかもしれないんですけど、私、自分が出てるコンテストの記憶がないんです」
「なるほど…」
星野めぐは医師と看護婦が現れ、簡易な保健室みたいな場所で、診察をうけた。
診察を受けてる途中、僕は寝てしまった。
目を覚ますと、僕は自分の部屋のベットの上にいた。
「うーん…、ここは…、そうか、オーディション中だった」
「ダンスレッスンで疲れて寝てしまったんだ。
ああ、なんか、頭が痛い。
「そうか、今日は歌の…、違う、私だけ踊りがうまくないんで、個人練習だった」
なんか一人で練習していると、仲間に差をつけられてく気がする。
一人、ダンスレッスンを受けながら、みんなのボイスレッスンが聞こえてくる。
「僕、歌があまりうまくないし…」
差がつくばかりだ。
さすがに今度ばかりはダメかもしれない。
それがスケジュールだ。
ボイスレッスン。
「課題曲については今から一度だけ聞かせる。もちろん誰も聞いたことがないはずの曲だ。
この曲を一度だけ聞いて、自分でイメージを思い浮かべて、一人ずつ、ダンスをしてもらう。
つまり一回だけ聞いた曲を2回目にすぐに踊ってくれと言うわけだ。
この曲はレッスン用にかかれた曲で、ある歌手のコンペで採用されなかった没曲だ。
曲が流れる、みんな、一生懸命に曲を覚えようとしているもの。
ダンスのイメージを即興でつけてる風にも見えた。
「じゃあ、それぞれ今から20分でダンスをイメージしてくれ」
20分がたった。
そもそもどんなメロディーだったかすら覚えていない。
まして歌詞は最初から削除している。
じゃあ。踊ってみて」
考えてもしょうがない。そもそもどんな曲かも曖昧なのに。
即興でダンスを始めた。
「それは今フリをつけたね」
「そうです」僕は隠すつもりはなかった。そもそも曲覚えは悪いのだ。
1回聞いただけですべてを覚えられるはずもない。
しかも曲は転調が多く、難しい。
「わかりました」
判定A。
他のみんながどんな踊りをしたのかは分からなかった。
でも星野めぐは自信を無くした。
じゃあ、それぞれに今の音源を渡します。
明日までに歌詞もメロディーも記憶しておくように。
まあ、一曲だけだから、簡単でしょう。
歌詞を聞いてみた。
なんともつまらない詞。
没になったというからだろうか、いい曲とも思えない。
ただ好きだとか、会いたいとか連呼するばかりで、深い意味が隠されてるとも思えない。
タイトル「本気トーク女子」
恋人のダメな点を批判しつつ、結局は好きなんだけどとか、今すぐ会いたいとか、なんか作詞家が背伸びをして書いたような詩である。
男の作詞家じゃないかと星野めぐは思った。
ボイスレッスン。
「あなた、自分で音が外れてること、理解してる?」
「はい」
「歌って」
「いい、手を叩くからそれに合わせて歌ってみて」
「違う、最初から」
「あなた、お腹から声が出てないわよ」
「体幹もしっかりしてないし…、それじゃ、ダンスもうまくないでしょ」
「
ダンスレッスン。
さあ、みんな、私のふりについてきて
ああ、みんな食事よ。
食事の前に、プロテインが濃縮されてるカプセルを飲んでね。
みんな、カプセルを飲む。
さー、食事はケータリングよ。
好きなだけ食べていいわ。
でも太り過ぎにだけは気をつけてね。
これもオーディションの一環だと思ってね。
自己管理できない子はマイナスだからね。
さすが全国大会のケータリングだ。
寿司、ハンバーグ、いわゆる何でもありと言う種類の多さ。
でもこんなにたくさん、なくなるのかしら。
あなた、食事取らない気
「ええ、私、すこし太ってるし」
「少しは食べないと明日のレッスンについていけないわよ」
「ええ、でも食欲が…」
「無理強いはしないけど、ちゃんと食べることも必要よ」
「プロテイン、もう一錠もらっていいですか」
「だめよ。あれは一日一錠と決まってるから」
「私、お菓子しか食べなんですけど」
「あなたのバック、お菓子ばかりだったわね」
「はい、主食ですから」
「まあ、別にそれでも構わないけど」
男子と女子の壁は高く、2名しかいない男子は2人で固まってるし、女子は女子で男子を無視していた。
みんな、下手に仲良しになって、付き合ってるみたいに思われるのが怖いからだ。
星野めぐはそういった意味では男子からも女子からも避けられていた。
そう、男子にも見えるし、女子にも見える。
しかも自分のことを僕と言うところも警戒された。
「ねえ、星野めぐさん」
「何?」
「あなたって、男?それとも女」
はて、私はどっちだっけ?」
「何とぼけてるの、ついてるかどうかで分かるでしょ」
「そう言えばそうだった」
「星野めぐはズボンの隙間から股間を覗き込んだ」
「で、男なの、女なの?」
「秘密」
「なにが秘密よ」
ああ、面倒くさい、女子同志のグループ付き合い、
すぐに仲間外れにするし、私みたいなオタクは一人でいたいの。
いつの間にか、女子の間には仲良しグループが出来上がっていて、リーダー的存在も現れた。
星野めぐはそのせいで完全に孤立していた。
関東は、
でもさ、課題曲って、みんなどう?
どうって?
私はあんまり好きじゃないのよね。
実はさ、私も思ってたの。
単純にいい曲だと思えない。
踊りにくいし、なんであの曲が課題曲なんだろうね。
良く言えば、最近はやりの曲って言うか、ありきたり。
なんか、ほら、有名なミクルとかが歌ってる曲っぽいし、もしあれがデビュー曲だったら、売れるのかしら。
2番煎じって感じがするし。
なんか大々的にオーディションして、あれじゃ私はうまくいく気がしないのよね」
ダンスレッスンは過酷だった。
「全員が揃うまで休めないわよ」
「全員って、そもそも一人しか選ばれないのに意味あるのかな」
結局夜中になっても揃わなかった。
いや、揃うの基準が高すぎるのだ。
何度か、今度こそうまくいったというやつがあった。
それでもNGだ。
これじゃ、揃いっこない。
いや、日頃何もやってないせいだろう。
「もう、僕、足がパンパン」
仕方ないわね。西日本と東日本に分かれて、明日、続きをやるわよ。
先に揃ったほうが、評価されるかもね。
「課題曲だが、この歌は将来君たちがデビューした時の曲になると思ってもらっていい」
「えっ、あの曲がデビュー曲なの?」
少しざわついた。
「なんだ、不満か…」
「いえ、没になった曲ですよね」
「ああ、あれは嘘だ。この曲は君たちのために書いてもらった新曲だ」
「へえ…」
「作詞はビックリジャガー、作曲はぶらりメイ、編曲は本条Bと君たちも聞いたことがあるだろう有名人ばかりだ」
有名人ばかりだ。
その名前を聞いたとたんみんなの目がキラキラし始めた。
単純…。実に分かりやすい。
言われてみれば、曲はぶらりメイっぽい。
詞がビックリジャガーと聞いて少し驚いた。
らしくない。
恋愛ソングをあまり書いてないせいだろうか。
トニー真っ赤かと思った。
「まあ、彼らの名前を借りて、注目を集めるという安易な方法ではあるが、今はまだ君たちは無名なアーティストに過ぎないので、我慢してもらいたい」
「我慢だなんて…、そんな一流のアーティストを用意してくれるなんて」
なんという安易さか、ヒットメーカーの名前を聞いたとたんに、みんなのモチベーションが上がっているのが分かった。
単純にいい曲か、どうかなどと言うことはどうでもよくなってしまってる。
「何度も聞いてると自然と愛着がわいてくるね」
私はそうは思わなかった。
ずっと同じ曲ばかり聞かされて、さすがに飽き飽きしていた。
次の日、西と東で競うことになった。
はっきり言って、足を引っ張ってるのは星野めぐだ。
歌も踊りもレベルが下がる。
「楽勝ね、相手には九州がいるから」
みんな、僕が一番踊りが下手だと思っていた。
実際そうだから、西日本チームは落ち込んでいた。
予想通り、東が先に揃い、ダンスレッスンは終わった。
最後に全員での合同練習。
そして歌合戦。
九州の個人レッスンのプログラムの中に、歌のレッスンがない。
毎日ダンスのレッスンばかり。
あれ、どういうこと、最終試験は歌合戦って、ダンスレッスンの意味は…。
「でも僕には歌のレッスンがありません」
「こんにちわ。あれ、誰だっけ?」
星野めぐは昔会ったことがある気がしていた。
「私、あなたに一度負けたのよ。で、別の地区予選から勝ち上がってきたの」
覚えてない。でも…。
「へえ、ボーイッシュでかっこいい」
「ありがとう」
「でもあなた、本当にかわいい」
一番、歌います
九十四点.
ああ、最初から高得点。
2番歌います。
九十三点.
残念、彼女は失格か。
でも彼女が失格じゃ、僕は絶対無理ね。
2番、1番の点数、九十四点を下回りました。
残念ですが、ここでオーディション終了です
と、突然、2番は血を吐き出した。
えっ、大丈夫」
「死んでる」
「人が死んでるわよ」
じゃあ、オーディションを続けます。
3番の方、歌ってください
何言ってるの。人が死んでるのよ。
早く警察を。
3番の方歌ってください。
私、どうしたら…
歌わないと失格になりますよ
「でも…」
「失格になると、あなたも2番の人と同じように死ぬことになりますよ」
「えっ、どういうこと?」
「取り敢えず、言われた通り歌って」
「えっ、でも私歌えない。
「3番、歌います」
音程が外れてる。
「91点」
「私…。」と血を吐き出した。
「どういうことだよ。いったいなんで死んじゃうんだよ」
「4番、歌ってください」
「運営、中止しろよ」
「4番の方、死にたくなかったら、歌ってください」
「88点」
「また死んだ」
「つまりこの歌合戦は優勝しないと、死ぬってことか」
「さあ、歌って」
「5番、歌います」
「5番、96点、本日の最高得点です」
1番の方、失格です。
1番が血を吐いて死ぬ。
いったい何だ、なんでみんな血を吐いて死ぬんだ。
食事に何か混ぜたのか?
「さあ、6番の方、死にたくなかったら、96点以上を出してください。
そうか、96点なら、もう誰も死なないのか。
「96点を出してくれ」
「そんなの無理だって、点数は自分じゃどうにもならないんだから」
「九十六点、同点です」
「やった、生き残った。
「全員、九十六点を出すんだ」
「7番、歌います」
「九十二点」
「ああ、死にたくない」と血を吐いて死ぬ。
8番
「ちなみに、全員がこのまま九十六点だった場合、全員失格となります。優勝者は一人だけです。
「どういうこと。つまり九十六点の私たちはもう死ぬってことなの」
「そんな、私、この部屋から出る」
「8番八十八点」
「9番、歌ってください」
「畜生、何もできないのか」
ボーイッシュは歌を歌う。
九十七点.最高点です。
二人が同時に血を吐き出した。
そして最後、僕、
10番、歌います
「ごめん」僕は口をふさがれた。
そして歌うことができない。
「どうせ、どちらかが死ぬんだ、我慢してくれ」
10番、百点です
「どういうことだよ」
「不正行為は失格です」
「つまり10番一人になったので、10番が優勝に決まりました」
「これであなたのデビューが決まりました」
おめでとうございます
「僕、歌えない。こんなの」
「大丈夫です。あなたの記憶はすべて我々によって書き換えられます」
7番の子が目を覚ました。
血を拭きとる。
薬を飲む前に解毒剤の錠剤を呑んでいたから助かった。
プロテインのカプセルが毒であった。
最終日以外は中身は普通にプロテインであったのだが、最後の日のカプセルに一人だけ解毒剤が混ぜてあった。
歌を歌い始めると、マイクから毒がゆっくりと噴霧され、しばらくすると吐血するようになっていた。
ただ最初から解毒剤を飲んでいた7番は血の代わりに血のりを吐いたのだ。
さて、誰に解毒剤を注射しよう。
ボーイッシュな彼女、一度命を助けてやったのに、しょうがない、誰が忠誠心が強いかしら。
と後ろから首を絞められる。
「死ね」
畜生、油断した。
「二度も同じ手を食うわけないだろう」
「確かに毎回薬を飲んでたはずなの…」
「お前と同じ解毒剤を飲んでたんだよ」
しめ落とした。
「解毒剤が一本残ってる。これで誰かを救うか?いや、ここは自分用に取っておくか」
取り敢えずこの女にとどめを刺さないと。
鋭利なものを探した。
すると、ちょうどナイフがあった。
ナイフを胸に突き立てた。
血があふれ出し、絶叫とともに、絶命した。
返り血で真っ赤になっている。
死体の服を脱がして、着替えた。
目を覚ますと、僕は記憶をなくしていた。
「思い出せない。
「うん、あれ、ボーイッシュな彼女、かっこいい」
でもあの子、VRアイドルだっけ。
ほんと、普通の人にしか見えない。
でも、なんか思い出せない。
ああ、VRアイドルか。
僕もアイドルになりたい。
僕アイドルオタクなのかな。
部屋中、アイドルのポスターばかり。
もしも僕がアイドルだったら…。
でも顔出しはちょっと恥ずかしいし。
Vチューバ―か。
でも僕って、学校に通ってるのかしら…?
引きこもり?
友達って誰かいるのかな。
なんかいろんなことが思い出せない。
「テレビ局にはやりすぎだという苦情が殺到していた。
歌手デビューのために命を賭けさせるなんて。
そのせいで、星野めぐのデビューは中止になった。
顔があまりにも知られ過ぎたのだ。
殺し合いの勝ち残りというイメージが強すぎて、デビューすれば叩かれることは間違えなかった。
そこで、事務所はVチューバ―として、再起を図ることを決定した。
テレビはすべてはやらせであると、謝罪し、解毒剤で、ボーイッシュを助けた。
そしてボーイッシュは歌手としてデビューした。
同じ参加者なのに、被害者イメージがついたせいで、判官びいきもあり、ボーイッシュは歌手として成功していた。
そしてゴーストシンガーになるはずだった7番もデビューが決まり、星野めぐの再来と持ち上げられ、成功を治めていた。
星野めぐは正確な情報を与えられず、Vチューバ―として活動していた。
顔を隠しても輝くものがあったのか、人気がじわじわ沸いてきていた。
ただ二人に共通していること、それは彼女たちはバーチャルアイドルだってこと。
そう、彼らは人間の素顔を一切さらしていないのだ。
だから声を聴いた人たちがあれはあの時のオーディションの子だと、噂になってヒットをしたのだ。
そしてさらに驚いたことに、死んだはずの1番の子がバーチャルアイドルとしてデビューしたのだ。
それは記憶をなくした星野めぐにも聞き覚えのある声。
この声、なんか聞き覚えがある。
2番がデビューした時も同じことを思った。
なんで聞き覚えがあるんだろう。
もしかしたら、有名な歌手がゴーストで声を出してるとか。
3番がデビューし、実に1から3番まですべてが大ヒット。
まさにバーチャルアイドルの時代の到来と思われた。
なんだろう、このもやもやした気持ち。
矢文が飛んでくる。
文には「君は人殺しだ」と書いてある。
「人殺し?私が…」
4番、5番がデュエットを組んでデビュー。
6番7番8番9番に1番2番3番が加わり、7人組を結成。
グループ名は
矢文には「なにか思い出した?」
「なんだろう、全員の歌声に記憶がある…」
バーチャルアイドルの向こうには普通に人がいて、踊ったり歌ったりしているはず。
Vチューバ―と理屈は同じだ。
「ねえ、何か思い出した」
そして新メンバーが加わり、実に1から9番までが全て揃った。
9人すべての声に聞き覚えがある。
声だけ抽出して、バーチャルアイドルに喋らせているのだろうか?
なぜ、そんな疑問を持ったんだろう…。
星野めぐは1から9番までのメンバーが生きている気がしなかった。
声を合成したのか?
なぜそう思う。
なぜ1番から9番までが死んでると…。
星野めぐはテレビを見ない。
すでにネットの世界にしか生きていない。
だから気が付かなかったのだ。
その頃、ネタ晴らしをされた会場では、騙され続けてる星野めぐが映し出されていた。
ネタ晴らしは合宿が終わるとすぐにテレビで明かされた。
死んだはずのみんなが一斉に生き返ったのだ。
いや、演技をやめたのだ。
そしてハイタッチ。
その様子は全世界に配信され、テレビでもゴールデンタイムに放映された。
有名な司会者が登場し、さあ、世界最大のオーディションにして、世界最大のどっきり。
いかがでしたか。
これからはターゲットを星野めぐだけに絞ってお送りします。
ドッキリの仕掛人の皆さん、実は彼らも途中からドッキリと明かされたのです。
「じゃあ、その時の驚きの表情を」
「彼女たちはもちろん」
ただのドッキリ仕掛人ではありません。
彼女たち、全員には歌の才能も有り、まあ、ドッキリだけですが、演技の才能もあると思われます。
そう、ここにいる全員、合格です。
これから歌手として皆さんに歌をお送りしていくことになります。
それを初めて聞かされたみんなはそれぞれに喜び、涙した。
さて、落ち着いたところで、これからのドッキリをみんなで楽しみましょう。
今記憶を消された星野めぐ、1番から順にヒットを飛ばすと、いったいいつ過去を思い出すでしょうか。
これからもモニタリングしていきましょう。
こうして1番がデビューすると、その話題性もあってか、バーチャルアイドルにも関わらず一気に大ヒット。
続く2番、3番も立て続けにヒットを飛ばし、週刊誌のように、毎週毎週ヒットを飛ばしていった。
1から9番までは地区予選映像が流れているせいで、顔ばれしているのだが、みんなは素直にバーチャルアイドルとしての彼女たちを受け入れた。
男性も普通に認知され、あたかも一つのグループであるかのように扱われていた。
続いて、全国大会のメンバーもバーチャルアイドルとしてデビューを飾っていく。
中国地方代表、チャイナドレスを着て歌う。
九州、四国、中国、近畿、中部、関東、東北、北海道
四国、近畿、中部とヒットを連発。
1から9番までのチームとは別のチームといった感じでヒットしていく。
なのに星野めぐはまだ気が付かない。
テレビを食い入るように見ながら、なんでだろう、彼女たちを見ていると何かを思い出しそうなのに思い出せない。
「ねえ、いつまで続けるの?」
「そろそろネタ晴らししたほうがよくない」
星野めぐは血まみれになってる自分の姿が…。
近畿が歌を歌ってるのを見ると、突然、彼女が血を吹き出している姿を思い浮かべてしまう。
ハッと我に戻ると、近畿は歌を歌っている。
なんで…、なんで、みんなが血を吐く姿が思い浮かぶの…。
星野めぐは頭を壁に打ち付ける。
血まみれになった星野めぐ。
思い出せない。
何がある言うの…。
SNS上にバーチャルアイドルたちが素顔を明かす自撮りがアップされ始めた。
そして、「素顔のままで」と題された全国ドームツアーが開催されることが決まった。
そして福岡ドームで素顔を明かしてライブが開かれ、その中継は話題となった。
そして会場から、「九州さん、いえ、星野めぐちゃん」と関東が呼びかけた。
「えっ、私のこと?」
「と同時に星野めぐの部屋が巨大ビジョンに映し出された」
星野めぐは自分が映ってることに驚く。
「私たちのリーダー、星野めぐちゃんを今からこの福岡ドームへご案内します」
すると、部屋に女の人が現れる。
「さあ、みんなが待ってるわよ」
「えっ、私…」
「みんな、星野めぐちゃんがくるまでライブ会場を温めとくわよ」
「星野めぐは車に乗せられ、福岡ドーム方向へ。
ドームにつくと、星野めぐ見たさでひとが集まっていた。
出入り口から入場する星野めぐ。
と一人の男の人が
そして着替えをさせられ、会場に連れ出された。
圧倒される星野めぐ。
と、一人の男性が現れる。
「それじゃ、みんないい。カウントダウンして」
「5、4、3」
ビジョンには星野めぐが催眠術師に催眠を賭けられてる姿が映し出される。
「あなたは今まであった出来事を思い出せなくなる」
「そして、5,4,3,2,1のカウントダウンを聞くと、記憶を取り戻し、自分が優勝者で自分のライブ会場に客が集まってることを認識する」
「2、1」
星野めぐは目覚めた。
「えっ、何。嫌だ、ライブ中なの。そうよ、星野めぐ、みんな、あなたの歌を聞きに来たのよ」
と、音楽が鳴り出すと、星野めぐは途端に我に戻り、歌を歌い始めた。
「みんな、ライブ楽しんでる」
催眠術師が指を鳴らすと、星野めぐは眠りに落ちた。
「催眠を時、ダンスレッスン、歌のレッスンをする姿が映し出される。
そして、レッスンが終わると、指を鳴らす。
すると、星野めぐは再び眠りに落ちる。
星野めぐは熱唱。
と、同時に、みんなが星野めぐに抱き着いた。
「ドッキリ大成功」
「ドッキリ?」
「まだ分かってないみたいね」
「とにかく大成功なのよ」
最後に催眠術師が、トラウマを取り除き、ライブは成功を治めた。
「ねえ、私、途中からしか記憶がないんだけど…」
「だいじょぶよ、ライブは大成功だし、まだ、ドームツアーは始まったばかりよ」
ドームツアーは大成功を治め、星野めぐは今までのいきさつをすべて知った。
「さあこれからよ」
「星野めぐはそれから時々行方不明になります。でも必ず朝7時になるとVチューバ―としてライブを配信します。行方不明になるのはトラウマのせいだというのですが、それでも気が付くと、現地に現れて仕事を続けます。
「ねえ、歌うの好き?」
「うん、大好き」
星野めぐが歌を嫌いにならない限り、引退は…。
「引退?どうして、私、こんなに歌うのが好きなのに、やめるわけないじゃない」
と答えるのでした。