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第3話 女と男

 いくら何でも、なんで社長が?

「ふぁ、ふぁんで?」

 卵焼きを咥えててよかった。

 でなければきっと、動揺して二オクターブぐらい高い声で返事をしたかもしれない。


 さすがに社長の名前が出てくるので、若干声をひそめて話しはじめた。

「そんなの決まっているじゃない。”あの馬鹿!”は社長にもチョコレートをあげたのよ」

「ふぇ、ふぇもそれって、ふぉ取引先様ほうじゃ?」

 私も毎年、社長がお取引先様に配る用に、いくつか社長室へ持って行く。

 従業員と同じものをお取引先様に配るに辺り、社長の『義理一〇〇〇%』感が如実に表れているのだ。


「”あの馬鹿!”社長個人にもあげたのよ。この前の失敗のお詫びだって」

 さすがに口の中がバサバサになってきたので、”ごっくん!”する。

「そ、そんな。あのプレゼンの失敗は社長も不問に付したんでしょ? なにをいまさら……」

「営業部の考えは一般社員とは違うのよ。ほんのわずかな気遣いでも全力で行うのよ」


「し、じゃ、社長個人がアイツをおもてなすとか……」

「……それね。実は」

 慌ててもう一人の同僚が話を遮る

「ちょっと待って。ねぇ、ここじゃなんだから今日の夜空いてる?」

 なんだろう? そんなにヤバイ話なのかな?


「別にいいよ。いつもの居酒屋?」

「いや、ちょっと会社から離れた……この前行った金山(きんざん)駅の所はどうかな? あそこは個室もあるし」

「う、うん。いいよ」

「オッケー。じゃあ予約しておくね」


 別に珍しくもない。会社でのちょっとヤバめの話はいつもそこでするのだ。

 急に誰かが会社を辞めたとか。

 誰々が不倫しているとか……。


 ―― ※ ――


『かんぱ~い!』

 チューハイとビールが宙を舞い、いくつかの料理がお腹の中へ吸い込まれた。

 舌と喉を温める為、軽めの愚痴を吐き出したあと、いよいよ本題へと入った。


「うちの社長って、会社の規模の割りには秘書を置いていないよね」

「う、うん、まぁ」

 やっぱり、みんな考えることは一緒なんだな


「まぁ社長は何でも自分でやる人だし、営業もほとんど社長が先陣を切って、営業部はそれの補助的な役割だったけど、さすがにここまで大きくなるとね」

「今まではそれでよかったけど、これからは株主様や他社の事まで気を回さなくちゃならなくなったわけ」

「ふんふん」

 先日、社長が内紛や乗っ取りのことを口に出していたのはこのことかな?。

 でも、さすがにこれは胸の内にしまっておこう。


「それでね、あくまで噂だけど、新年度、四月から『秘書室』を置くみたいなの」

「ふぅ~ん」

 ま、あたりまえだよね。

「「……」」

 あれ? 

「どうしたの? これで話は終わり?」

「はぁ~」

「ここまで気を使ったあたし達が馬鹿みたいだわ~」 

「え? えっ?」


「つまり! 誰が社長の秘書になるかって事よ!」

「それって総務部の誰かがなるんじゃないの? 秘書室って、よその会社は大抵総務扱いだし……」

 あれ? 二人の顔が……何かを溜めているような……。

『『”あの馬鹿!”が秘書になるかもしれないのよ!』』 

 ほへ?

「なんで? なんで営業のアイツが……秘書に? ……あれ?」

 

 なんだろう。

 言葉で言い表せない。

 なのに、体から血の気が引くような感じ。


「ようやくわかったみたいね」

「むしろ、頭より体の方が理解しているみたい」

 二人はんで含めるよう、私に向かって説明を始めた。

 馬鹿な私の頭でも、だんだんわかってきた。

 いえ、今まで目をそらしていたかもしれない。

 

 もとよりこの会社の仕事のほとんどは社長が取ってきたと言っても過言ではない。

 営業部も、実態は社長の営業の補助と化している部署だ。

 その中で”ある社員”がプレゼンをこなし、仕事を取ってくる。

 そして、会社での評価が上がれば、自然とその社員のことが社長の目や耳にも入ってくる。


 やがて社長も、その社員を気にかけるようになる。

 そしてバレンタイン前のプレゼンだ。

 表向きはライバル会社に取られた形だけど、実は十中八九までいかなくても、七割方はライバル会社に決まっていたみたい。

 だから他社も二の足を踏んでいた。


 そこへアイツが単身、くさびを打ち込んだ!

 実際は大敗したけど、うちが参入したおかげで、クライアントはライバル会社にさらなる契約の見直しを求め、ライバル会社は赤字にはならなくともトントンの契約を結ばざるえなかったみたい。


 そして商工会や業界の集まりで噂になる。

『あの女社長の会社には、少しでも隙を見せると食い込んでくる、一番槍の営業がいるぞ』と。

 もとよりあのプレゼンは、契約が取れたらもうけもの。ダメでもうちにはダメーズはない。

 それが結果的には会社の名を高め、他のクライアントも、例え当て馬であろうともウチの会社に目を向け、見積もりを要求するようになったそうな。


「そ、そうなんだ」

 この言葉しか思いつかない、口には出せない。

 それからはたわいのない話で宴の幕は下りた。

 ネタがなくなったのか。

 私に気を使ってくれたのか……。


 体は火照った帰り道。なぜか頭の中は冷めていた。

 ウジ虫とののしっていたアイツがハエではなく蝶となり、大きく羽ばたいていく。

 やがてアイツは、何かしらの役職に就くだろう。

 異を唱える社員はまずいない。

 社長の後ろ盾はもとより、それ以上の行動力と実績がある。


 ……なにより二人は、社長と秘書である前に女と男だ。


 イカンイカン。思考が変な方向へ向かいだした。

 気分転換の為、本屋へと足を運ぶ。

 この前のレディースコミックは影も形もなくなり、代わりに平台に並べられていたのは、ちょっと年上っぽい淑女が椅子に座り、その足先を若いイケメンがキスをしている表紙。


 何よりキャッチコピーとして

『淑女のペット特集』

『若い燕から醜い豚までよりどりみどり』

の文字が躍っていた。

 もういっそ、ペットコーナーに並べた方がいいんじゃないか?

 酔っているせいなのか、淑女が社長、若いイケメンがアイツに見えて仕方なく、つい手に取ってしまった……。


 翌朝。二日酔いもなく、気分はまぁ普通だ。

 何よりあの本が”使えた”せいかもしれない。

 もしかして、私ってS属性!? 

 確かにアイツをウジ虫呼ばわりしたけど、それで体がゾクゾクした覚えはない。

 おっと、朝っぱらから変なことを考えていると遅刻してしまう。


 お昼休み。同僚からアイツをおもてなす飲み会のお知らせが掲示板に貼られたと聞かされた。

「二人とも参加するの?」

 ごく自然に口から出た。

「う~ん、あんたが出席するんなら、それにかこつけて行こうと思っていたけどね」

「当の本人が乗り気じゃなけりゃ”暴れても”仕方がないし、何より社長の目もあるしね」

 ヲイ、なに人を肴に憂さ晴らししようとしていたんだよ。


 退社時間になり、掲示板の前で足を止める。

 見た目はごく普通の飲み会の案内だ。

 ご丁寧に、社長の張り紙の真横に張ってある。

 さりげなく、社長公認をうたっているのだろうか?


 目線は掲示板に釘付けだけど、頭の中は別のことを考えている私。

 何人かは足を止めるが、三十秒と立たずその場を去っていく。

 そんな光景が幾度となく繰り返された時、ふいに嗅ぎ慣れた”匂い”が私を包み込む。


「あ~これかぁ~」

 耳にタコな声の次は、見飽きた顔が私に向けられた。

「おう」

「おう」

 つい先ほどまで心と体を満たしていた男に向かって、私は色気もクソもない挨拶を返したのあった。

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