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コックリさんとラブコメ

作者: 甲田ソーダ

――コックリさん、コックリさん……。


日が暮れ、薄暗くなり始めた教室の中で一人。


自分の机で、紙の上に置いてある十円玉に指を置いている少年がいた。


紙の上には鳥居のマークと、『はい』『いいえ』、『数』と『五十音』が書かれている。


「コックリさん、コックリさん」


少年が意を決したように呟いた。


していることはオカルトでも、少年の目は真剣そのものだった。


「今の僕が千早ちゃんに告白しても大丈夫でしょうか?」


そう少年が言うと、少年の指が十円玉に引っ張られる感覚がした。


十円玉が、ゆっくりとすすっと動いて『いいえ』のところへと向かった。


『いいえ』で止まった十円玉を見て、少年は悲しそうに、しかし、わかっていたかように小さく笑った。


「そう、だよね……」


少年の沈んだ指が鳥居へと戻ろうとしたとき、少年が何気なく呟いた。


「僕ってやっぱり魅力がないのかなぁ……」


鳥居まであと数センチのところで、十円玉がピタリと止まった。


「……コックリさん?」


少年が首を傾げると、十円玉が鳥居から遠ざかっていく。そして、『いいえ』の文字でピタリと止まった。


「……()()()()()()()()()()


これはコックリさんではなく、自分の無意識が否定しただけだ、と少年が首を横に振って、鳥居まで戻そうとしたときだった。


鳥居の方向へと確かに力を入れているのに、十円玉がまったく動かない。まるで誰かに押さえつけられているかのように。


「……みっともないって」


それでもその事実を自分のせいにしていると、十円玉がやっとピクリと動いた。


だが、それは鳥居ではなく、


『みりょくはあるよ』


という文字を順番に動いていった。


「え……?」


そこでやっと、少年はこの現象が自分の力ではないことに気付いた。


『ただみりょくにきづかれていないだけ』


少年を励ますような十円玉に、少年は思わず言ってしまった。


「僕には何の魅力もないよ。頭もよくないし、顔だってよくない。それに比べて千早ちゃんは……」

『いっぱいあるよ』


十円玉が鳥居へと戻らずに、必死に何かを訴えかけようとする。


『きみにはゆうきがある こうやってわたしをたよるのもりっぱなゆうきじゃないの』

「コックリさんに頼るのが勇気なわけないじゃないか」

『わたしにたよるってことはのろわれるのとおなじじゃないの』

「それは違うよ。僕達の質問にちゃんと答えてくれるコックリさんを、僕は呪いと思ったことがない」

『かわってるね』

「そうかな?」


いつの間にか少年は十円玉と話すのが普通だと思い始めていた。


「……コックリさん」

『はい』

「コックリさんはどうやったら千早ちゃんが僕を見てくれるようになると思う?」

『いじめる』

「えっ」

『じょうだんです』

「ビックリした……」

『こうするのはどうですか』


少年の前には誰にもいないはずなのに、机を挟んで誰かが相談してくれているような気がした。口に出すのが恥ずかしいからと、代わりに十円玉で話してくれているようで少し面白かった。


『どうですか やってみますか』

「うん、やれることはやってみることにするよ」

『がんばってください』

「ありがとうございます! コックリさん!」


少年はそう言うと、忘れずに鳥居へと十円玉を戻した。


すると、自分の前にいたはずの誰かが消えたように感じた。


「……よし!」


胸の前でグッと握り拳を作ると、少年は立ち上がって机の横の鞄に紙と十円玉を入れた。


「次に会うときは期待していてください!」


少年は覚悟を決めたように教室を出て行った。


――――――

――――

――


少年はそれから人が変わったように活発に動くようになった。


運動を始めたとか、そういう意味ではない。


積極的にクラスの女の子に話しかけるようになったのだ。


最初はあまりの変わりように話しかけられた女の子も驚いた様子だったが、月日が経つほどに、それは過去のことになり、気付けばすっかり前からずっと友達のような関係になっていた。


そして、またある日の夕方。


「コックリさん、コックリさん」


少年は一人紙の上に十円玉を乗せて、名前を呼んだ。


十円玉は前のようにすすっと動いて『はい』の文字の上へと移動した。


「千早ちゃんとついに友達になりました。前みたいに遠くから見ているだけの関係じゃなくなったんです!」


嬉しそうに話す少年の指は『はい』の文字を離れると、


『しってます みてましたから』


という文字を表した。


「これもコックリさんのおかげです!」


少年は笑顔でそういうが、十円玉が前に言ったのはそこまで難しいことではない。


今まで、遠慮してきたものをやってみてはどうですか。


と、言ったに過ぎないのだ。


自分から話しかけるようになってはどうか、人がしたくない仕事を自分がしてみてはどうか。本当は勇気がある少年にはどれも簡単なことだ。


「これからどうすればいいですか!?」

『どう とは』

「今の関係じゃまだ早いっていうか何て言うか……」

『なるほど』


それなら、と十円玉が動く。


『きゅうじつにあってみてはどうですか』

「休日に会うって……もしかしてデート!?」

『はい』

「だ、大丈夫かなぁ?」

『むりとはいわないんですね やっぱりゆうきがありますね』

「それはちょっと違うかな」


少年は照れるように頭を掻きながら、十円玉に言った。


「コックリさんのこと信じてますからね」


少年がそう言うと、不自然な間が開いてから、


『そうですか』


と、文字を移動した。


その間を少年は少し疑問に感じたが、すぐに気にすることではないな、と頭の隅へと追いやった。


すると、珍しくコックリさんから尋ねてきた。


『きみはちはやちゃんのどこがすきなんですか』

「千早ちゃんの? う~ん」


少年は少し悩む素振りを見せると、


「全部、かな?」


と恥ずかしそうに頬を染めながら言った。


「顔も可愛いけど、やっぱり優しいところが一番好きかな。テストでね、僕が消しゴムを落としちゃって、でも恥ずかしくて先生に言えなかったときがあるんだけど、そのとき隣の席だった千早ちゃんが僕に消しゴムをくれたんだ」

『そうですか』


そうしていると、少年はふと教室の中も暗くなり始めていることに気付いた。そろそろ帰らなければいけない時間だ。


「今日はここまでかな?」

『はい』


十円玉は一瞬動かなかったが、少年がどうしたのだろう、と思う前に鳥居へと移動した。


「おやすみなさい、コックリさん」


そのまま鳥居の中へと入っていくように十円玉は何かの気配を消した。


少年は何かがいなくなった十円玉をジッと持ち上げると、その何かを心配するように見つめた。


――――――

――――

――


さらにそれからというもの。


少年は何かをしようとする度に、コックリさんを呼び出してアドバイスや相談を受けていた。ときには、何の用もないのにコックリさんを呼び出してはたわいない話を続けていた。


だがあるとき。


そのいつもの教室の光景を見られたのだろう。ある噂が少年の耳に入ってきた。


少年の頭がおかしくなってしまったのではないかと。


いつも自分以外誰もいない教室で楽しそうに話す少年は、それはおかしく見えたことだろう。そういう噂が流れてもおかしくはなかった。


しかし、少年はそういう噂に対して何も言わなかった。


おかしいと思われようとも、それは結局は噂の範囲での話。


何より、コックリさんと話している自分がおかしいことなど多少の自覚はあったのだ。


だから何の気にもせずに。


「コックリさん、コックリさん」


と、噂のことなど気にせずにコックリさんを呼び出していた。


すると、突然十円玉が、


『もうわたしをよびださないほうがいい』


と言ってきた。


「何を言ってるの? どうして?」


少年がそう尋ねると十円玉は、


『わたしといるときみはおかしなひとだといわれてしまう』


と、移動すると、少年は指を十円玉に預けたまま勢いよく立ち上がった。


「そんなの関係ない! 僕は確かにおかしな人かもしれないけど、僕はコックリさんと離れたくないんだ!」

『でも』

「僕はコックリさんのこと好きだよ?」

『  』


少年の言葉に十円玉が不規則な方向へと素早く動いた。


『な なにをいって』

「コックリさんは僕のことが嫌い?」

『そ それは』

「僕はコックリさんとすっと友達でいたいから!」

『    そうですね』

「……何か今怒らなかった?」

『いいえ』

「そう?」

『はい』


怒っているようにしか思えない少年だったが、文字以外にはコックリさんの感情を読み取れる方法がないので、コックリさんがそう言うならそうなのだろうと、無理矢理自分を納得させた。


「あ、そういえば今日さ――」

『かえります』

「え、えぇ~……」


十円玉が鳥居の中へと入るのを、少年は呆然と見送るしか出来なかった。


――――――

――――

――


「もしかして霊が見えてるの?」


少年は前から好きだった女の子にそう言われた。


「霊、ではないかな?」


少年の中では、コックリさんはもはや完璧に存在しているものとなっていた。


存在があやふやな霊とは違うはずだ、と少年は境界線を引いていた。


「でも、最近おかしいよ?」

「え、どこがかな?」

「一緒に帰ろうって言っても用事があるって言うし」

「それは……まぁ」


少年はそこで初めて自分の不可解な行動に疑問を持った。


コックリさんと話すのはこの少女との関係を発展させるためと言いながら、少女の誘いを断ってまでコックリさんと話そうとするのはなぜなのだろうかと。


「あれ?」


そんな少年を少女は心配そうに見つめる。


「大丈夫、だよね?」

「それは問題ないって」

「何かあったら私を頼ってね?」

「うん」


話はそれっきり打ち切られたわけだが、少年の中には何かが刺さったままだった。


「――ということなんでけど、どう思う?」

『わたしにききますか』

「だってコックリさんは何でも知ってるじゃん」

『  そんなのわたしが』

「……?」


文字から文字へと移動していると、突然十円玉が何かを急に思い出したかのように向かっていた文字の方向から逸れた。


『なんでもないです』

「え、今何言おうとしてたの?」

『わかりません』

「いや、だって――」

『ぷん』

「え、今度は何? 怒ってる、みたいな?」

『おこってます』

「怒っている人がそんなこと言う?」

『うるさいですね』

「なんか今理不尽な目に遭わされている気が」


最近のコックリさんは前とはずいぶんと変わってしまったような気がした。


少年としてはむしろ今のコックリさんの方が気兼ねなく話せて楽しいのだが、なぜ、どのように変わったのかと言われるとどうも答えづらい。


何か気まずい空気が流れた教室で、少年が思い出すように話題を変えた。


「そ、そうだ! いつ告白すればいいと思いますか?」


少年がそう言うと、止まっている十円玉がさらに止まったような気がした。


だが、少年はそれに気付かず、


「もう大分近くなった気がするんですよね。千早ちゃんも僕のことすごく気にかけてくれているんですよ? 何かあった頼ってね、って」


頼って、という言葉に十円玉がピクリと動いた。


『わたしをしんじてないんですか』

「え? 何を言ってるの?」

『わたしはずっとこうやって』

「コックリさん?」


少年の言葉は聞こえていないとばかりに、十円玉があっちこっちに動くと、突然ピタリと動きを止めた。


そして。


『こくはくをいつにすればいいかのはなしでしたね』

「え、あ、うん」


結局何を言いたかったのかわからなかった少年だが、質問に頷くと十円玉はすすっとある方向へと向かった。




『いいえ』




「え、それは一体どういう意味?」


少年が尋ねるが、十円玉はそれには答えず鳥居の中へと戻っていった。


それが一体どういう意味であるのかに少年が気付いたのはもう少し後の話だった。


――――――

――――

――


あれからコックリさんを何度も呼び出そうとしたが、コックリさんは現れなかった。


その間、少年はコックリさんの最後の文字の意味をずっと考えていた。


その結果、導いた答えが、


「告白はまだしない方がいいってこと、だよね?」

「また考え事?」


少年の隣には昔は遠かった少女が当たり前のようにいる。


少年を心から心配するような目で見ていて、少年としては今から告白しても大丈夫ではないだろうか、と思うほどずいぶん仲良くなったと思う。


「けどなぁ」

「……?」


コックリさんが言うのなら、と従うべきだろうかと初めて少年は疑問を持った。


「悩みがあるなら相談してほしいな」

「えっと……それなら」


その疑問のせいか、少年は今まで噂にされても決して自分から何も言ってこなかった事実を言った。


いや、言ってしまった。


「コックリさんが最近おかしいんだ」

「えっ……」


少女は突然の話にピタリと足を止めた。


「……? どうしたの、千早ちゃん?」

「大丈夫って言ってたじゃん」

「あ……」


そこでやっと少年は自分の秘密を誰かに話してしまったことに気付いた。


だが。


「だ、大丈夫なのは本当だよ!? コックリさんは優しいんだ。僕の相談にいつも乗ってくれてっ」

「コックリさんって何!? 私じゃダメなの!? どうして私を頼ってくれないの!?」

「ち、違うよ。そういう意味じゃ――」

「そんな変なものに頼ろうとしている時点でもうおかしくなっちゃってるってどうして気付かないの!?」

「コ、コックリさんは変なものじゃない! ちゃんといるんだって!」


少年は必死に説明しようとするが、少女にはそれがおかしくなってしまったようにしか見えなかった。


「本当に信じてよ! 本当にいるんだ! コックリさんは!」


少女は少年に可哀想なものを見るかのような目を向けると、少年の手を優しく握った。


「私、私ね。前からあなたのことが――」


――――――

――――

――


日が暮れ、薄暗くなり始めた教室の中で一人。


自分の机で、紙の上に置いてある十円玉に指を置いている少年がいた。


紙の上には鳥居のマークと、『はい』『いいえ』、『数』と『五十音』が書かれている。


「コックリさん、コックリさん」


少年が意を決したように呟いた。


していることはオカルトでも、少年の目は真剣そのものだった。


「僕ね。告白するよ」


少年はそう言ったが、十円玉はピクリとも動かなかった。


けれども、少年は口を動かすことをやめなかった。


「今日さ。千早ちゃんにバレちゃったんだ。コックリさんのこと」


十円玉はそう言われても全く動かなかった。まるで、少年を拒絶するかのように。


「でもね、千早ちゃんはコックリさんはいないって言ってきてね。僕はいるって言ったんだけど、僕がおかしくなってしまったってずっと言ってきたんだ」


――でもね。


「私がずっと一緒にいるからって。コックリさんの代わりに私がずっといるからって言ってきてくれたんだ。ずっと好きだった女の子にそう言われて、すごく嬉しかった」


少年はそこでゆっくりと深呼吸すると、十円玉に力を入れた。


横や縦に動かすのではなく、思いを込めるように、力強く押した。


「そこで僕決めたんだ。告白しようって」


緊張からか、少年の指はひどく震えているが十円玉だけは何かに支えられているかのようにピッタリと固定されていた。


「だから」


少年は指をゆっくりと放して立ち上がった。




「好きです。僕と付き合ってください」




コックリさんをやっている最中に指を放してはいけないのはわかりきっていることだった。


呪われるというのなら、むしろ呪ってほしいという少年の想いがあった。


「確かに千早ちゃんのこと好きだったけど! でも、僕はコックリさんをいないものとして扱われたのがすごく悔しくて、悲しかった! コックリさんの代わりになるってことは、コックリさんを捨てるみたいで嫌だった! 僕、気付いたんだよ。僕は誰よりもきっとコックリさんが好きなんだって!」


指が放された十円玉は動かない。動くはずがない。


それでも少年は純粋に十円玉に叫ぶ。




「僕はコックリさんが大好きです!」




他の誰もいない教室で叫ぶ少年を誰かが見たらきっと滑稽に思えるだろう。ましてや、十円玉に向かって。


それでも、少年は思いの丈を込めて叫んだ。おかしいと思われようともはやどうでもよくなっていた。


「~~~~!」


誰も聞いていないとわかっていても、コックリさんが聞いていないとわかっていても、少年の顔は耳まで真っ赤に染まっていていた。


あまりの恥ずかしさに思わず手で顔を隠していると――


すすっ。


と、何かが動くような音がした。


少年がゆっくり手を顔から外して、目を開けると、指も何も置いていなかったはずの十円玉の下には――






『はい』






彼の目には十円玉がさぞ輝いて見えたことだろう。

感想20件、評価ポイント500越えたら、短編集として連載するかも。

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