006.二番弟子
「はぐっ……はぐっ、ふぐっ……はぐ……ふはぁーー」
余っていた焼き魚の1匹をエルフ族の少女に手渡すと、彼女は息も着かぬままに骨ごと貪り食った。
最後の尻尾をしゃきりと咀嚼して飲み込み、満足げな顔で刺さっていた串を咥えたその少女は、一息ついてからヴィクトルの前で土下座をした。
「ありがとう、助かった。ここ2日、禄に飲まず食わずでもう少しで死ぬところだった……!」
「は、はぁ……」
彼女の感情に呼応するかのように金髪のポニーテールが後ろでふりふりと、犬のように揺れていた。
「自己紹介が遅れたね。アタシの名前はシルヴィア。名字はまだ与えられていない。それと、見ての通りエルフ族の末裔だ」
「……ヴィクトルだよ。ともあれ、君が満足してくれたようでなによりって感じかな」
ヴィクトルが応答すると、エルフ族の少女、シルヴィアは「うん!」と快活に頷いた。
「いやー、ししょーもめちゃくちゃな課題出してきやがるぜ……」
乾いた服を一度振って、羽織ったヴィクトルの耳に聞こえてきたシルヴィアのちょっとした愚痴。
「課題? シルヴィアは何かの課題の途中なのか?」
ヴィクトルの問いに、シルヴィアは「んー……まーな」と背伸びして答える。
「ここら辺一帯には『ビッグマウス』っつーふざけた盗賊集団が陣取ってるアジトがあるらしくてな。そのアジト壊滅するのがアタシの今回の課題だ」
「それで……何であんな感じに、死にかけてたんだよ」
「アジトっつーから山の中にあるんじゃねーかと思ってそこら中を探し回ってたんだが、それが全く見つかんなくってよ。餓死寸前だった所に美味そうな魚の匂い嗅ぎつけてここまで来たってとこだ」
――盗賊集団、か。
ヴィクトルは心の中で小さく呟いた。
確か、ヴィクトルが最初にルーシーに出会ったときも盗賊団の一味に追われていたな、と思い出す。
あの時はイノシシやらヴィクトル自身も脱出した直後だったことやらでうやむやになっていたが、よくよく考えてみると盗賊団のアジトがこの近くにあるってことも満更嘘というわけでも無いのかもしれない。
「ま、まぁ……シルヴィアが元気になってくれたらなら、良かったよ。ぼくはちょっと急ぎの用があるからここらで失礼するよ」
ヴィクトルの声に、シルヴィアはぴくぴくと尖った耳を動かした。
「急ぎの用か。そいつは引き留めて悪かったな。ってか、さっきからそこらを見回してたのと関係があるのかい?」
「うん。ちょっとね。さっきまでここにぼくと一緒にいた女の子がいたんだけど、突然いなくなっちゃったんだ。本当、ルーシーどこいったのかなぁ」
「ルーシー……? そいつはもしかして、藍色の長い髪で……いかにもお嬢様って感じの服装の奴か? そいつならさっき、男2人組に担がれてどっか行ってたけど」
「……もう一回、言ってくれない……?」
ギギギと、首が音を立ててシルヴィアを向いた。
シルヴィアは「ん?」と素っ頓狂な顔で笑う。
「いや、お姫様みたいな奴なら、さっき口に拘束具つけて、担がれて連れてかれてったぜ。今の時代にあんな古典的なプレイする奴もいるんだなーって思ったよ。ここ数百年でも五本の指に入る面白さ――」
「っていうかそれだよ! ぼくが探してたルーシーって子だよ!」
「……マジで?」
「大マジだよ!? 多分ここらの盗賊団ってのもそいつらのことじゃないか!」
「ってことはアタシの獲物すぐ近くにいたのか!? 嘘だろ!」
「普通それ見て攫われてるって思わないかな!?」
「あんただってみすみす仲間連れ去られてんじゃねーか! 何してたんだよ!」
「うっ……」
先ほどまでルーシーがどこか側に居ると思っていたヴィクトルにとって、盗賊団の一味に再び攫われたとなると悠長にしている時間は無かった。
出会った時も攫われそうで、逃げた先でも攫われてととんだ災難持ちである。
「と、ともかく! 近くにアジトがあるって分かったならアタシがソッコーでそいつら始末してきてやるよ。そのついでにあんたの連れとやらがいたら助けときゃ良いんだろ?」
だが、こんな時に限って――ヴィクトルは極めて冷静だった。
「でも、君はここらを3日さまよって結局見つけられなかったじゃないか」
「今なら見つけられる……気がする!」
とは言ったものの、シルヴィアは冷や汗をたらりと流していた。
そんな中で、ヴィクトルは辺りの景色を見つめて小さく呟いた。
「……そうと分かれば、ぼくは多分……ルーシーの居場所が把握出来ているかもしれない」
ヴィクトルの言葉を戯れ言と受け取ったシルヴィアは「はぁ?」と自身の頬をぽりぽりと搔いた。
「そのルーシーって子が盗賊団に攫われてアジトに連れてかれたとして、あんたはその子と何か連絡手段か合図でも持ってるってのか?」
「それは、ないよ」
「じゃぁどうやってこんなとこからその子の居場所をはかるんだ? アタシでさえ3日間さまよった森の中だぞ」
シルヴィアの言い分はもっともだ。こんな広い森と河に囲まれた地形から盗賊団のアジトを見つけ出すことは容易ではない。
それこそ、シルヴィアが歩き回って3日は彷徨うほどに――。
「ぼくなら出来る。多分だけど……何というか、ルーシーの何かがぼくを呼んでいる気がする……というか、なんというか……」
「いまいちはっきりしねーが……お前の行くところにアジトがあるってんなら、アタシも付き合うぜ。アタシはお前ほど急ぎの用ってわけじゃねーからな」
エルフ族の戦闘少女は腰に据えた剣を柄から抜きだした。
「どうやらアタシの目的とあんたの目的は幸いにも一致してるようだ。その意味分からない賭けに乗ってやっても、アタシは構わん」
「ぼくもその方が助かるかな。ぼく1人で盗賊団のアジトを制圧できるとは思わないし……。腕は信用してもいいかな?」
「もちろん。なんつったってアタシは、『剣神顕現』カルラ・イーグルの2番弟子だからな!」
彼女は不適に笑みを浮かべた。
IN
【剣神顕現】2番弟子、シルヴィア
OUT
焼き魚




