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005.誘拐

「はぁ……私、これからどうなってしまうんでしょう……」


 小石で溢れかえる河原に座って、ルーシーは小さくため息をついた。

 パチパチと火の粉を巻き上げる小さなたき火に手を翳すルーシーの表情は重いものだった。


「――ひっくしっ」


 小さくくしゃみをしながら、ルーシーは河の浅瀬で小石を握るヴィクトルへ声を掛けた。


「ヴィクトルさーん、風邪、引いてしまいますわよー」


 ヴィクトルはというと、上半身裸になってじっと河の中を見つめていた。


 ――とはいえ、【天の声】曰く、4発はどんなところに投げても百発百中で獲物を仕留めることが出来るらしいが。


 ……ひょいっ、ひょうっ、しゅっ、しゅぅっ。


 ――ヒット! ヒット! ヒット! ヒット!


「ヴィ、ヴィクトルさん凄いですね!?」


「あ、あはは……」


 石が当たってちょうど水面に浮いてきた4匹の川魚を難なく回収したヴィクトルは、たき火に手を翳して身体を暖めるルーシーの元に駆け寄った。


○○○


 ヴィクトルが獲得した4匹の川魚を仲良く分けた2人。

 ルーシーは、唯一回収できたというボロボロの小包を持って苦笑いを浮かべる。


「私、ここ最近ツイてないんですよねー……」


「……見たら分かるかも」


 出会ってまだ数時間ほどしか経っていないだろうが、ヴィクトルでさえもルーシーの不運さには苦笑いを浮かべるしかなかった。

 とりわけ、ヴィクトル自身が【豪運】というとてつもない強運の持ち主となったからこそ、余計に感じるのもあるだろう。


「で、これから連絡手段をなくしたルーシーはどうするんだ?」


「そうですねー……。ひとまずは、このファラル河を下流に沿った場所にある冒険者ギルドに顔を出してみようと思います。アストレア家の統治管轄帯ではありませんが、多少の融通は利くと思います。そこへ行けば、父様、母様への連絡手段は確保できるとは思いますし――」


「だったら、ぼくもそれに同行してもいいかな?」


 ヴィクトルの言葉に、ルーシーは目をまん丸くした。


「むしろ、1人では心許ないですし、ありがたいですっ。それに、先ほど言ったお礼の件もしなくちゃいけませんからね!」


 藍色のロングストレートを振り乱したルーシーは、満面の笑みで胸を張った。

 つい先日15歳を迎えたばかり、とのことでそんなに発達していない胸をピシィと突き出すルーシー。


「お礼もあるけど、ぼくもどっちみち行くところがないしね。トート村からも出たこと無かったし、外の世界にも疎いから一緒にいてくれると、ぼくも心強いよ」


 お互い、軽い握手を交わしていると自然と笑みが浮かんできた。


 ヴィクトルは生まれて15年間、人に笑いかけてもらったことはなかった。

 暗い馬房の中で暮らし、ほとんどライドと同じ環境で暮らしていたヴィクトル。

 だが、突然の不運でライドは目の前からいなくなった。……詳細には、いなくなったのはヴィクトルの方だが。


 そんな中で初めて人と交わした握手は、思いのほか温かく感じられていた。

 吸い込まれるような真っ直ぐな瞳で見られることも無かったヴィクトルは、なんとなく気恥ずかしく思って「そ、そういえば――!」と話を切り出した。


「ファラル河の下流にある冒険者ギルドって、ここからどれくらいなの?」


「えぇと……詳しいことは分かりませんが、おおよそ1日歩けば到着する距離かと」


「1日……1日かぁ……」


 それを聞いて、【天の声】の啓示でもないかと勘ぐってみたが、どうやら今度は何も示してこないらしい。


 1日程度ならば、トート村の村長もまだ追っては来ないだろう。

 だが――。


○○○


 それは、一瞬の出来事だった。

 ヴィクトルの思案中、突如背後から迫る気配にルーシーは気付くことが出来ずにいた。


「あなたたち、誰――」


 疑問の声すら許さずに、謎の声はルーシーの口を布で覆った。


「黙ってろお姫様。あんたが捕まりゃ、お頭も満足するんだ」


 とろんと、脳がとろけるような感覚と共に突如謎の眠気がルーシーを襲う。


「うへへへへ……こいつはいい上玉じゃぁねーか。ゴルドの奴等もこんなくだらねぇのに手間取りやがってな。起きたとき面倒だから轡でも嵌めとけ」

「へい、了解です」


 それは、ヴィクトルがルーシーから目を離した、ほんの数十秒間の出来事で――。


○○○


 村長がヴィクトルを探しにすぐ捜索し出すことも念頭に置いてみると、このままここでゆっくり休んでいる暇も無い――。

 今は、夕刻。あと2時間ほどで夜になることを考えると多少無理をしても下流に進んだ方が都合はいいかもしれない。


「ねぇ、ルーシー。ちょっと無理させちゃうかもなんだけど、もう少しだけ下流に降りる事って、出来ないか……あれ?」


 ふと後ろを振り返ってみると、先ほどまでそこにいたルーシーがいない。

 本当、ついさっきまではたき火に手を翳して暖まっていたはずなのに……?


 ふと、辺りを見回してみる。

 するとすぐ近く、ヴィクトルの後ろにある茂みの中ががさごそと動きを見せる。


「って、ルーシー!? 何で突然そんなところに隠れたりするのさー」


 差し伸べられた白い手を握って、ヴィクトルは苦笑いを浮かべた。


「さっきもそうだけど、ルーシーってちょっとおっちょこちょいな所――」


 おっちょこちょいなルーシーをたしなめるように手を引っ張って、茂みの中から出てくる人を迎え入れた。


「……お腹、空いた……」


 それは、ルーシーではなかった。

 夕日に反射して白く輝いているように見える金髪のポニーテールに、ルーシーよりも更に色白の肌。特徴的なのは、尖った長い耳。

 これはヴィクトルも噂には聞いたことがあった。亜人種――エルフ族だということは見た目からすぐに分かった。

 ルーシーとは似ても似つかない武闘系の動きやすそうな服装に、腰に帯びた直剣。左手に持った弓矢と、背負った弓筒。


「……君、誰?」


 ヴィクトルが唖然として言う中で、茂みの中から出てきた少女は河原の上でぱたりと倒れて再度、呟いた。


「なにか、なにか食べ物を恵んで……くだ……さ――」


 それはまさしく、ダイイングメッセージのようだった。

 

IN

武装したエルフ族の少女

OUT

ルーシー・フォン・アストレア

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