004.ルーシーの不運
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 色々こないでくださいーーーーーーーーーッ!!」
煌びやかなフリルの服装に、藍色のロングストレートと目尻にいっぱいの涙を溜めた黒い瞳。
全力疾走していても乱れない髪と服装や走り方でさえ、どこか気品を感じさせる物がある。
端から見れば、どこかの育ちの良いお嬢様が盗賊に身ぐるみを剥がされようとしている所を逃げているように見えるだろう。
「た、た、助けてくれぇぇ! 何でこんな獣までこっちに来るんだ! 来るな! 来るなぁぁぁ!」
「き、キルギス兄貴、たす、たすげ……ッ へうぶっ!?」
「ご、ゴルドォォォォォォ!!」
だが、その盗賊3人の後ろにいたのはイノシシ4頭の群れ。
逃げ遅れた1人がイノシシの猪突猛進により背中に激しいタックルを喰らい、あえなく撃沈した。
1人の少女を追いかける盗賊……を追いかけるイノシシ4頭という謎の構図を目の前にしてヴィクトルは
「ら、ライド、ぼく達も……!」
「ビヒィッ!!」
ヴィクトルは咄嗟にライドの鬣を引っ張って方向修正を試みようとした――が。
「わ、私が誰だか分かっての狼藉ですか!? 来ないでください! 来ないでくださいーッ!」
「もうお前なんか知らねぇよ! 俺たちだって逃げてんだからな!?」
「フンゴォォォォォォォォォォッッ!!」
謎の構図を前に、ヴィクトルは頭をかきむしった。
『――あの女子と一緒にいれば、あなたは更に世界一の幸福に近付けるでしょう』
それが、瞬時に【天の声】だと分かったヴィクトルはにやり、不敵な笑みを浮かべる。
「でも、残念だったね! ぼくは最初からそのつもりだよッ!」
「やッ!」と小さく馬に蹴りを入れると同時に、こちらへと逃げてくる少女に片手を伸ばした。
「……はぁッ! はぁ……も、もう……ダメ……――」
「フンゴッ!」
「あ、あにぎぃ……!」
「フンゴゴォォォォッ!!」
少女を追っていた盗賊は全てイノシシのタックルにより吹き飛ばされ、残るは少女1人。
「捕まって! はやく!」
偶然にも盗賊が倒れた際にヴィクトルの頭上を舞った剣を腰に提げてイノシシを睨み付けると同時に、少女が伸ばした手を強く掴んだ。
「ライド! このまま一直線だ!」
騎乗は慣れているのか、ひらりとヴィクトルの後ろにまたがった少女は、息を切らしながら腰の服に捕まった。
ライドは、ヴィクトルの意思を完璧につかみ取ったかのように走る速度を上げて、横一線で向かってくるイノシシを華麗に飛び越えた。
「ンゴ……ッ!!」
タックル相手がいなくなったイノシシが困惑する間に一本道を駆け抜けていくライド。
ようやくイノシシの軍団が見えなくなり、ライドの走る速度もゆっくりになった頃、少女は小さく呟いた。
「そ、その、このたびは本当にありがとうございました……! あ、あなたは?」
「ヴィクトル。今までちょっと下僕みたいなものだったんですけど、諸事情があって逃げている最中で……」
「そんな大変なときに、私を助けてくださったのですか……。ほ、本当に、ありがとうございますっ」
息を整えて、藍色のロングストレートをふぁさりと梳いた少女は、後ろを向いているヴィクトルにぺこり、お辞儀をした。
「私、アストレア家が次女、ルーシー・フォン・アストレアと申します」
「アストレア……? って、ここら一帯を統治しているって、あのアストレア?」
「そのアストレアです」
凜とした表情で問答に答える少女――ルーシーには、そこらの人とは違う気品のようなものが感じられた。
アストレア家。その名前を、ヴィクトルも知っていた。
村長もよく、
「アストレア家に粗相があってはならん! アストレア様は寛大なお方だからこそ~~」
等と言っていたのを覚えている。
「……それにしても、そのアストレアのご令嬢が何でこんな所に?」
「先日、15歳の誕生日を迎えたんです」
「ほうほう」
「教会で女神さまから何かのスキルを貰った瞬間に教会が突如崩れて……何とか助かったんですけど」
「……ほうほう」
「それでも、15歳を迎えたからということでお父様、お母様、姉様と一緒に誕生日にイノシシ狩りをしていたら私が1人になった途端、3人組の盗賊に見つかって、逃げている内に4頭のイノシシにも狙われて……現在に至ります」
――災難だな……。
つい、苦笑いを浮かべるヴィクトル。
一本道は終わりを告げて、目の前にはトート村を抜ける2本道が現れる。
道と道との間にある崖から下は大滝が流れ、トート村の主な水源、ファラル河がある。
「そういえば、えっと……ルーシー様はこれからどうするんですか?」
「ルーシーでいいですよ。年も近いでしょうし、敬語もいらないと思います! 私は今からこの小袋の中に入っている魔法結晶からお父様へ位置情報を送信します。遭難していることは既にしれていることでしょう。直に迎えの者も来てくれるはずです……」
「へぇ。そんな便利なものがあるのか……」
「この中にはお父様から直々に頂いている金貨5枚と、白金貨3枚があります。帰ろうと思えば、いつでも帰れるのですけどね」
「は、白金貨!? 白金貨って……ど、銅貨1枚の……」
あまりにも信じられない額に目を回していたヴィクトルだったが、ルーシーは何も気にすること無く小包を天に掲げた。
「私が助かった際には、謝礼も渡させて貰いますっ。私を助けて頂いた恩、決して忘れることは――」
「クワァァァァッ!!」
天に掲げた小袋を。
上質の餌にとでも勘違いしたのだろうか。
一直線にルーシーの頭上に降り立った一匹のワシが小包を掴んで、空へと大きく羽ばたいていった。
チャリチャリチャリチャリチャリ……。
掴んだ衝撃で破れた小袋から、白金貨が、金貨が、魔法結晶がぽろぽろと眼前の崖へとあえなく墜ちていく。
「わ、わ、私の連絡手段がーーーーーーーーっ!?」
白金貨が、銅貨の何万倍もの価値を誇る白金貨があっけなく目の前から消えていく光景に一時呆然とするヴィクトル。
2本道の分かれる寸前、崖の下の河へぼちゃぼちゃと墜ちていく金貨を見て顔面を真っ青にするルーシー。
「え、ちょっと、どうするの!? あれがないとルーシー、帰れないんじゃないの!?」
「ヴィ、ヴィクトルゥ……」
二人して崖の下を見下ろしていた、その時。
ピキピキ……ピキピキ――ゴスッ。
崖の分かれ道が突如崩落。
巨大な岩と共に下へ落ちていく浮遊感が2人を襲った!
「……ビヒィ?」
偶然にもライドは近くで牧草を食べていたためにその被害を被らずにはすんだらしいが。
先ほどまで崖の上で談笑していた瞬間が嘘のように。
「いぃぃぃぃぃぃぃやぁぁあぁぁぁぁぁぁ!?」
「……何だ、これ」
先ほど出会った少女と2人、ヴィクトルは崖の上から真っ逆さまに河へと落ちていった――。
IN
【不運】な少女ルーシー・フォン・アストレア
OUT
馬
盗賊から奪った剣
大金と連絡手段の入った小包