001.幸せへの第一歩
少年――ヴィクトルは極貧の真っ只中にあった。
両親は物心が付く前に死んでいる。その後、親の伝手だということで4歳くらいから村長の家に預けられたが、とつぜんよそから来た子供の世話などまともに見るわけもなく、奴隷ほどの扱いでしか無かった。
村長の持つ馬小屋の側で、馬と共に暮らす生活が10年続いていた。
藁と小汚いハエに塗れた馬小屋の中で、ヴィクトルは小さくため息を吐いた。
「明日で、15歳なんだってさ」
ヴィクトルは、芦毛色の馬――ライドに話しかける。
「ぼくでも、教会の女神様からスキルがもらえるんだ。ちょっとでも強いスキルがもらえればこの生活もちょっとはよくなるかもね」
毎朝日の出る前から働き、日が落ちてからも辺りで狼が遠吠えをするほどまで働かされ、飯も寝る場所も着るものも禄に与えられてこなかったヴィクトルはガリガリに痩せこけている。
夜空に浮かぶ満月を見て一息ついているそんなときだった。
「ヴィクトル! 貴様、ワシの家宝の魔法結晶を壊したというのは誠かッ!?」
憤怒の表情と木の棒を携えて馬小屋近くにやってきたのは村長だった。
でっぷりした腹と薄汚く肥えきった顔は大きな口を開けてヴィクトルに詰め寄った。
「な、なんのこと……ですか?」
「とぼけるなよッ! 今朝貴様が魔法結晶を壊したというのを倅のイヴァンが見たというではないか! あれにどれだけの大金を叩いたと思っている……! 金貨100枚! 貴様など、銅貨1枚の価値もないくせにッ! 引き取ってやった恩を仇で返しやがって! 『お仕置き』だ!」
バキッ、ドガッ、ボギッ――。
それなりに太い木棒で殴られるのも、もう慣れきっていた。
村長が殴り、それを馬小屋の隅で気付かれないようにヴィクトルを監視して嘲笑うかのような笑みを浮かべるイヴァンの顔も。
おおかた、イヴァンが何らかの形で村長の魔法結晶を壊してしまったのだろう。イヴァンは自分の罪を隠すために、ヴィクトルに罪を着せたのだ。
そしてそれすら、村長は知っているのかもしれない。
だが、何らかの形で追求しなくてはならないからこそ、矛先を――誰も悲しまない、死んでも困らないヴィクトルに向けたのだろう。
ヴィクトルは小さく拳を握って、身体を丸めた。
木の棒が容赦なく背中に、足に向けて叩かれるが、ここで反論をしたらもっと殴られることを知っていた。
ヴィクトルが出来ることは、身体を丸めて急所を狙われないようにしつつ、村長の気が収まるのを待つだけだった。
汚い罵詈雑言と棒叩きが終わる頃には、庭の鶏が朝を知らせていた。
鶏が朝を告げると同時に終わった『お仕置き』と共に思い出したように村長は言った。
「あぁ、そういえば貴様も15歳か。今日は1日働かんでもいい。その代わり教会に行って『スキル』貰ってこい。一応それがないと、ワシがまた変に疑われてしまうからな……。いいか、逃げることは許さん。そのまま逃げ出しでもしたら、地の果てまで追ってやる」
言われたとおり、ボロボロの身体で教会へと向かった。
「……身体痛い……けど、スキル……。ぼくが、スキルか……」
痛む頭を抱えながらも教会へ着いたヴィクトルがスキル譲渡の洗礼を受けたその直後のことだった。
『あなたのスキルは【豪運】です』
教会に現れた女神さまの一言は、信じられないものだった。
『喜びなさい。あなたは世界に5人しかいないとされる神系スキル持ちに選ばれたのです。【強運】の完全上位互換であるこのスキルは、必ずあなたの人生を煌びやかなものにしてくれるでしょう――』
その日、ヴィクトルは幸せへの第一歩を踏み出すことになった――。
できるだけ毎日更新していこうと思いますのでよろしくお願いします。