第八話・香る樹(前編)
第八話・香る樹(前編)
この話は俺のじいさんがガキの俺に話してくれたものだ。
じいさんがまだ若く、戦争の真っ只中であったころの事らしい。俺の家系はもともと藩お抱えの今でいう工場のようなものだったようだ。そのつてで明治以降からも政府から注文があったらしく、よく背広姿の男たちがひいじいさんと話し合いをするのをその時でも憶えていたと。ただ、その話し合いの時に、桃のような匂いがする時があった。その時、決まってひいじいさんは話し合いを断ったり、はぐらかすことが必ずあったようだ。小坊になったじいさんは、工場で休憩していたひいじいさんに匂いのことを聞いたんだと。そしたら、ひいじいさんは、怒るような表情をし、じいさんに誰にも話してないかと低く小さい声でじいさんに言い、じいさんは泣きベソをかきそうになりながら首を大きく縦に振った。その後、ひいじいさんは安堵した後、じいさんを連れ、防空壕の中へと入り、そこにある隠し棚からひいじいさんが、風呂敷に包まれた流木を見せてくれたんだとよ。この流木は、先祖が山で遭難した時に、杖と棒倒しのため、適当に拾ったらしく、大きな危険が迫っているときに桃の香りがするようで、家宝として大切に保管していた。
戦争も激しくなり、じいさんの住んでいる地域にも空襲警報が鳴るようになってきた。いつものように防空壕の中へと身を潜めていたが、プロペラの音が大きくなるのと同時に桃の匂いも強くなっていった。