三極の選定天子13
僕は無責任ともいえる情報の口走りを終えた後、ハータスの襟首を鷲掴み持ち上げる。
「ハータス。アンタは僕の師匠であり父親だ。だけど僕の気持ちを利用して、計画にねじ込み、机上の空論を召喚しようとして、そして崩街を起こした。その罪、他の誰でもない僕が許さない」
「ふ、ふはは。言うようになったじゃないか源次郎。崩街を起こした原因が私だけだと言うのか? 違う! 崩街は、机上の空論を召喚したのはお前の根底に存在した考えを肥大化させただけだ! お前が本来持っていた考えに触れただけだ! 机上の空論は自分では慣れない、机上の空論は偶像召喚により召喚しないと生み出せない。自分にはその責務があるという考え! 原因は! お前にあるんだ!」
みっともない。師として、父として尊敬して、弟子としてハータスの期待に応えられる成果を出そうと考えていた過去の自分を殴り飛ばしたくなるほど、目の前の男は小物で、小悪党で、カッコ悪かった。
「だけどアンタの希望通りになったじゃないか。今の僕がどんな存在かわかるか? アンタの言っていた魔術、錬金術、召喚術の机上の空論じゃないけど、また違う三つを極めた三極の狂走頁になり得たんだ。アンタのせいでなぁ!」
「そう、だな。まさにお前は人類の至宝だ。そうだ。崩街なんぞ! 新たなる世界を創るための尊い犠牲に過ぎないんだ! お前はその重圧に耐えきれなかった! 静!」
劈くような叫びでハータスは静吉に呼び掛けた。
「こいつを止めろ! 父の言うことを聞くんだ! 今すぐこいつの赤ん坊のころの記憶を再生して止めるんだ!」
「自分の娘をどれだけ愚弄したら気が済むんだ! アンタは画策した! 静吉と俺に成った自分で子を産み、その子にも自分の記憶を植え付け、未来永劫生き続けると言う邪悪を形容したようなどす黒い、糞みたいな計画を! それがアンタの、自分のためだけのネクスト・プライマル計画。静吉はお前の愛玩動物じゃないだぞ。ハータス。覚悟はできているんだろうな?」
五分前までは過去の記憶を美化して、とても尊敬できる父親像だったのに、今となっては見るに堪えないほど邪悪な存在に見えてしまう。
人の考えってのはこんなにも簡単に変わってしまう物だったなんてにわかに信じられないけど、それでもハータスの顔を見るに堪えない自分がいるのは確かだ。
「覚悟? 私を消そうってのか? 長年お前の頭の中にいた。無色透明の龍を抑え込んでからお前に数値がなくなったせいで身動きが取れなかったが、それもいいかもな。どうせ消されても本体がいれば問題ない。私の計画は止まらない」
私の計画は止まらない、本体がいれば問題ないか。
脳内にいたから知らないのか。さっきの話を聞いていなかったのか。無色透明の龍を封じ込めてから眠っていたのか。どれに当てはまるかは知らないが、とにかく僕が召喚したハータスは知らないみたいだ。
だったら、教えてやらないとな。僕は静吉に目を配ると、意図を察してくれたのか頷いてくれた。
「父さんは死んだのよ。昨日、三本柱の研究施設の事故に巻き込まれて」
その言葉に、ハータスはあからさまに表情を変え、言葉を失った。
サーっと血の気が引いてると思うけど、僕は手を追従の緩めなる気はない。
「アンタのオリジナルはもういない。今いるアンタだけ。僕と一緒に裁かれるべきだ」
「待て……待て! オリジナルが死んだだと? し、静! 止めろ、こいつを止めるんだ! 父の言うことを聞くんだ! 静ゥ!」
本当に、今度こそ本当に無様に、滑稽に余裕もなく喚く、叫ぶ、恐怖を覚えた姿を晒す。
ハータスはもうさとっているんだろうな。もうすぐ僕の手でこの世界から完全に消滅することを。
「父さん……」
「静……! わかるだろう? 父さんだぞ」
「父さん……あなたは許されないことをして、世界を不幸にした。それに父さんは昨日死んだ。なにより、あなたはきーちゃんをいじめた。あなたは……許されるべきじゃない」
もう、目も当てられないほどに絶望していた。実の娘に突き放され、オリジナルの自分が死んで、僕に召喚されたハータスには何が残っているのか。いや、何も残ってなどいない。
ハータスにはもう、彩る鮮やかな色は存在しなかった。
「大丈夫だハートアス。僕も後を追う。全てを終わらせてからな」
「待て、待つんだ源次郎! この世界はまだ私を必要としているはずだ! 昨日私が死んだばかりなら、三本柱を導いていくのにまだ静は幼い! ここで私が死んだら世界はどうなるか! 私はまだ、この世界の行く末を見届けてはいないんだ!」
「死んだ心配なら大丈夫だ。アンタはすでに昨日死んでいるんだから」
ハータスに手を翳す。必死で逃げようとするハータスだけど、逃げられないだろう。召喚する際にそう設定してあるからな。
だけど手が震える。確かに屑野郎だった。僕を自分の計画のためだけに引き取り、自分の娘すら歯車にした屑野郎だったけど、それでもハータスと一緒に過ごした日々を楽しくなかったと言い切るには難しい。
だけど、もういないんだ。ハータスはもう、死んだんだ。
「『消滅情報』」
悲しみも込めた別れの言葉と共に、ハータスの存在は目の前から音もなく消滅した。
この世界に痕跡を残さず、消しゴムで消した文字のように、消滅。悲しくなんかない。僕は涙を流さない。だが見せないだけで僕は心で泣いていた。
「さよなら、父さん」




