三極の出会い2
「顔も知らない今は亡き両親よ。先立たれたあなたたちの元に行こうとも思うたが、どうにも生きながらえてしまったようだ」
顔も知らない両親に何を言い訳しているんだろうか。と言うか死んでるかどうかも知らない。まあいいや。死んでることにしておこう。
重い。頭が重い。そのせいで体を起こすのにも億劫になる。どうやら眠っていたみたいだ。
窓から差す光が朝だと告げている。記憶が正しければ意識がある時は夜だったはず。この朝日……寝落ちした、と言うことか。
ただ、寝落ちしたのはいいけどだけ。起きてからどうにも腑に落ちないことがある。寝落ちしたってことは結局課題は出来ずじまい。そのまま朝まで直行コースなのもわかる。
だけど、タオルケットを用意した覚えは全くない。たとえ寝落ちして、寝ぼけていたとしても、脱衣所に干していたこのタオルケットを被って寝ていたなんてことは絶対にあり得ない。
この事実から導き出される答えはただ一つ。誰かが家の中に侵入したんだ。
腰を下ろした状態で静かに壁に背を預ける。できるだけ他人の視界に入らない角へと移動し、部屋を見渡す。
何かを取られた様子はない。中央部がやたらと開いていて物が隅に追いやられている。
「すでに出て行った……鍵を確認した方がいいか? でもタオルケットを掛けるなんてあり得るのか?」
兎に角扉に鍵がかかっていないか確認しようと思った矢先、突然だが音がした。
その音の方に目を向ける。何の音だ。方向的に台所だがカウンターに挟まれているため何の音かは視覚的には分からないが、おそらくこの年季の入った軋む音は冷蔵庫の開く音。
誰かがいる。そしておそらく、その誰かが何故か寝ている僕にタオルケットを被せたんだ。
どんな意図でこのタオルケットをかぶせたかは二の次だ。まずは、誰なのかを確かめる。
神聖なる憩い場である我が家に狼藉を働く無法者は誰なのか。冷蔵庫を漁っているのなら腹を空かせた強盗の類か? でもそんなことも気にしてられない。僕は図太い心臓を持っているんだ。
静かに移動し、誰かいますかー?
「ダメですネ。ダメですネこれ。野菜しかないですヨ。栄養バランス偏りまくりですタンパク質が皆無ですヨ。ペットボトルで魚取ってきた方がいいかもですネ」
いたぁ。誰かいたぁ。何だあの白い塊。
そう、白い。比喩をする必要が無い、白と言う言葉のみで全てが表現できる純白さ。
後ろ姿でしゃがんでいるから全体像はハッキリしないけど、高めの両結びでそれを首の後ろで一つに結わいでいる真っ白い完璧なる純白の宝石髪。
夏の兆しを思わせる通気性のよさそうな肩出しのワンピースは白米も裸足で逃げ出す程の白さ。
そして極めつけは柔らかそうな肌。これもまた美しい雪国出身者と思わせるほど白い。モデル顔負けの肌の白さだが逆に健康面にどこか不良があるんじゃないかと思えてしまうほど白い。
そんな……多分少女だろう。少女の後ろ姿。見た感じ、強盗の類とかではなさそうだ。大方……不法入国者が路頭に迷って腹空かせて家屋に浸入して冷蔵庫を漁って………強盗じゃないかもしれないがコソ泥には変わりない。
日本語をしゃべっているので意思疎通は可能だと思うけど……よし。見た感じ、年下っぽいし、優しいお兄さんをイメージして声をかけよう。
「あー、君。人の家で何をしているのかな。僕はベジタリアンだから肉の類は、」
一瞬だった。一瞬の振り返り。眼光からの一閃。獲物に飛びかかる猛獣。一言を漏らすことすら許されない一瞬だった。
視界が赤く染まる。冷たい!? これは……この味は冷蔵庫に入れておいた、熟したトマト! まさかトマトを顔面にぶつけられたのか。
「ぶぉあ! この、ふざけた真似を、ん゛ん!?」
肩にかかる重圧。何だよこの重さ。まるで岩に乗り上げられて、必死に持ち上げているような重さ。
重たいけど……それと一緒に首回りをくすぐる少々温い布ざわり。なんかくすぐったいし、柔らかいし、いい匂いが……しない!
何か、すごい薬品の臭いがする!
しかし、これはもしかして……肩車している状態か? いったい今の状況はどうなっているんだ? 顔面トマトまみれでどうにもわからない。
僕の肩に不法侵入者が乗っているのか? 乗っているというなら視界は赤いけどとりあえずその顔を拝んでやる。なんて上を向こうとしたら突然肩を極められた。
痛い! 何だこれ? どうやってか、二の腕を掴まれて後ろに引っ張られて決められているみたいだ
「いててて! な、何だってごぉっ!?」
息ができない。今度は少女が足を使って首四の字をかけてきているみたいだ。
嘘だろ。本当に強盗の類なのか。息ができない。空気が欲しい。でも、生唾を飲もうとするとさらにきつく絞まっていく其の様はまさにアリジゴク! どうにもなんねぇ!
両腕も極められタップもできないし。肩から体全体に体重がかかる。と言うか滅茶苦茶重てぇ。まるでバネを押しつぶし、跳ね上がる直後のような圧迫感だ。
ああ、死ぬ。上に乗っかってる子の顔は分からないけど、締められたせいで柔らかモチモチな太ももが顔の横に。太ももに挟まって幸せのまま死ぬってこのことだろうか……いや、挟まれて死ぬなんて無様すぎる!
マズい。酸欠で視界がぼやけてきた。
もういい。もう観念する。
僕は体の力を抜いて流れに身を任せるつもりだったのだが、そのあとどうにもアクションが起きない。と言うより首の絞めが緩まってきた?
すると赤かった視界が急に開いた。トマトが剥がされ、眼前には赤いトマトとは正反対の碧い眼球が飛び込んできた。
おでこが下で唇が上にある。どうやら少女が肩車の状態で体をくの字に曲げて逆さに目を合わせてきているみたいだ。
ああ、後頭部にふくよかさを感じる。
「……………………………………………………………………………………ゴトゥディン?」