三極の選定天子4
「へぇ。まだ倒れていないんだ。こんなにしぶといのはプライマル時代にもいなかった。潰しがいがありすぎるのも困りものだなゼクトォ」
心なしかその声は嬉しそうだ。と言うより、何か、のめり込み過ぎている。
その物言いと言い。まるで自分が武力を持った圧倒的強者と……いや、圧倒的強者なのだけど。まるで役作りが過ぎると言ってもいい程だ。
精神がこの異常な環境に対して変化しているのか。
それよりゼクトだ。その姿はもはや立つことにすら無理を強いているようだ。体は大きく傾き、肩は激しく上下し、端々から血痕が滴り零れている。
満身創痍。その一言に尽きた。
拙い息遣いから大きく口が開かれる。
「やら、せない……! ゴトゥディンを、我が主をやらせはしない」
「もう、いい……いいんだ! これ、以上は! やめるんだ!」
「サカナは騎士! その身を刃と変え盾と変え、主たる主人公を粉骨砕身を持って守護することを使命とする! 我が主を害する憎懐の化身であるカミ子。アナタが……邪魔だぁ!」
ゼクトは叫び、かぎづめを模した手をカミ子に突き付け『詠唱』した。
「エネルギア-ラストルナド『ディーン』!」
新たらしい言現?
新たなる詠唱だけど、何も起こらないのか不思議そうにカミ子は首を傾げた。それも無理はない。だってカミ子の見えない所、僕たちとカミ子の間の空間にそれは発生しているから、見えていないんだ。
空中にバチバチと帯電状態で敷かれた陣。まさに発電。今にでもカミ子に飛びかかるのではないのかと思えるほど、まるで意思を持っているように狙いすまされた新たなる三立。
バチバチしてるってことは、確実に電撃が発生するよな。つまり、カミ子に電撃が喰らうってことだよな?
いいのか? 僕はこのまま彼女に声もかけずに見ているだけで。確かにカミ子を止めなきゃいけないけど、かと言ってこのまま黒焦げになるのを見てるだけでいいのか。
声をかけるべきか、そうでないべきか。
「カミ子君、後ろ!」
考えている間に声が刺される。
静吉の呼びかけに反応しカミ子はこっちを向いた。そして僕の予想通り陣から電撃が発生し襲い掛かるもカミ子は鉄円柱を召喚し、電撃を吸収した。
おそらく帯電率の良い純度の鉄を召喚したんだ。
よかった。僕は心底胸をなでおろした。
盾は雷ごと消滅し、珍しくカミ子に安堵した表情がのぞいたと思った矢先、今度は向こう側。ゼクトが後ろを向いているカミ子に飛びかかっていた。
フェイクだったんだ。電撃は防がれることを前提に発動したんだ。
そして何よりその手にまかれた凶悪なほど巨大な鋼の腕装。僕の胴体ぐらいあるぞ。あんなもので殴られたりしたら生身の体じゃ耐えきれるはずがない。
それこそカミ子の身体なんて一瞬で消滅するほど。
「止まるんだ! 死ぬぞ!」
「え?」
気づいて、振り返った時にはもう遅い。
「アナタは強い。サカナよりずっと。だけど勝たなくてはならない。サカナは『武装錬金』をもってして、アナタの首を刈ります!」
振り被られた腕は豪快な音を立てて空を切る。
そう、『空を切った』んだ。その剛腕は間違いなくカミ子に向けられていた。しかしその腕は、いや、ゼクトは体ごと僕の目の前に現れた。
まるで元いた場所に巻き戻されたように。形容するならそのまんま瞬間移動。
振り抜いた勢いでゼクトは転んだ。これもゼクトの三立か? いや、居場所が変わったことをゼクトも不思議がっている。ゼクトの仕業ではないようだし、する意味がない。もちろんカミ子にもそんな三立があるとも思えない。
ならば、行き着く先はたった一人。
そいつの手には昨日の夜に使ったインスタントシールが握られていた。
「静吉……お前?」
「カミ子君! 君は負けていたわよ!」
静吉の叫びが廊下に響く。それはまるで煽るようだった。
「何言ってるの? 私は今立っている」
「いーや。君はウチの助けがなかったらゼクト君に紙屑のようになぎ倒されていた! 分かんないかな? 君は負けたのよ! 今ね!」
本当に煽る。人の突いてはいけない部分を容赦なく傷に塩を塗るように。
「ごめんねゼクト君。決着を付けられちゃ困るから、陰から二人のサポートをしてきたのよ。戦い続けてもらわなきゃならないからね」
本当に……何を言ってるんだ。静吉……何をやっているんだ。
「負けてない。私は負けてない!」
「でも勝ってもいない! どうするの? どうあがいたって君は負けていた! それを脳の片隅に置いて、きーちゃんを倒そうって言うの? 汚点を残して事を為そうとするの!?」
「うるさい……! うるさい! 黙れぇ!」
「『ディーン』!」
スキを突いたゼクトがカミ子の後ろに陣が敷かれまたしても電撃が襲う。今度は即座に反応し体を反転させてあっさりと雷撃を吸収した。
先ほどの再現だ。ゼクトが後ろを向いたカミ子に飛びかかり、今度こそ拳をカミ子に振り抜いた。
ゴンッ! と軽快な音が響く。背面のまま陣を敷きゼクトの拳を防いだ。しかし一撃で盾は砕け散る。
「まっ……だぁあああああああ!」
ゼクトは手を緩めなかった。拳を何回も突き出し、まるで弾幕のように攻め立てる。これはいかなるカミ子でも防ぎきれない。そう思った。だけど尋常ではない光景を目の当たりにした。
それは一つ一つは小さなものだった。しかし一秒間に何十発ともいえるゼクトの拳を寸分の狂いもなく小さな盾を召喚して、攻撃を防いでは壊れを繰り返している。
背中を向けている状態なのになぜ、ああも正確に陣を敷けるんだ。何の行動も起こしていないのに陣を敷けるんだ。
まるで召喚陣そのものが意志を持っているみたいだ。
拳の弾幕が降り注ぐ中でカミ子は悠然と振り返り、流れる水のように拳銃を模した手を突き出し、鉄円柱を打ち出す。
顔面に撃ち込まれた! でも無事そうだ。
どうやら撃たれる瞬間に後ろに跳んだおかげで避けられたようだ……いや、鉄円柱を握り込んでいる。あの距離で鉄円柱を握り込んだんだ。
後ろに跳んだおかげでゼクトは今僕の傍に居る。それに休んだおかげで何とか動ける。
「一端引くんだ! これ以上は君の体もうわっ!? 何だ? バチッとして……静電気?」




